351話 出撃
正巳視点に戻ります。
捕虜と面会してから数日。
予想以上に遠慮のない捕虜たちと、その希望に苦笑していた。
「あいつら、今度は最新型のVRを設置してくれって言って来たぜ」
呆れた様子で入って来る先輩に笑って返す。
「それだけリラックスしてるって事でしょうね」
「いや、し過ぎだろ。もう少し……こうなあ?」
「捕虜らしくですか?」
「そうそう、捕虜らしくしてくれないと」
言いたい事は分かる。
初めは確かに"捕虜"だったのだ。それが、いつの間にかリラックスしてくつろぎ切っていた。こうなってしまった理由は大方予想が付くが、大元を辿れば正巳の指示が原因なのだろう。
解放した後の事を考えて、「良い待遇を」と指示した正巳だったが、それに応じたマムが"コンシェルジュ"と化したのだ。流石に、外に出るとか武器を渡すとかは却下しているみたいだが……。
何せボソッと「肉の塊が食べたいな」と呟くと、その日の夕飯には最高な状態で調理された"肉塊"が用意され、「甘い物が食べたい」と愚痴ればデザートにその通りの物が出て来るのだから。それこそ捕虜としては最高クラスの待遇と言っても良い。
悲壮感が無いんだよな、と愚痴っているも、それでも確認に来る辺り先輩らしい対応だ。これがハク爺やジロウなんかの傭兵経験者であれば、問答無用で却下していた筈だ。
先輩の後ろでデウが苦笑しているが、きっと考えている事は同じだろう。
「それは先輩の態度も理由でしょうけどね。また、会って来たんですか?」
ここ数日顔を出す先輩が、捕虜の中にいる女性目当てな事を知っている。
「な、何を言ってるんだ?」
「確か名前はジュエリー、……でしたっけ?」
わざと反応を見るようにして言った正巳に、顔を赤らめた先輩が首を振る。
「そんな名前の奴がいるんだな」
「ええ、捕虜の女性は少ないですからね。覚えましたよ。ね、先輩?」
正巳の言葉に顔を背けた先輩だったが、そのまま視線を送っているとやがてボソッと呟いた。
「だとしてもだ。少なくとも俺は、自分の立場を理解しているつもりだ。俺の肩に乗ってるのは自分の命だけじゃないからな。間違いを犯すくらいならこの目を抉るさ……」
その言葉に滲む"覚悟"が見える。
「先輩……」
何と答えようかと迷った正巳だったが、続きを口にしようとしたのと通知が入ったのは、ほぼ同時だった。控えていたマムが駆け寄って来るので、それに頷く。
「始まったか」
「はい、進軍移動を始めたようです」
「予定通りだな」
「招集を掛けますか?」
「ああ、数日以内と伝えてある。既に準備は出来ているだろう」
「分かりました。それでは、白髭部隊及び護衛部に招集を掛けます!」
そのやり取りを見ていた先輩が、緊張した面持ちに変わるのを見て言った。
「大丈夫ですよ先輩。綺麗に終わらせて、早く自由に付き合えるようにしますから。あ、それとVRですが、今訓練に使ってるのを一台持って行って良いですよ」
正巳の言葉に、頭を掻いて息を吐いた先輩だったが、肩に手を置いたデウに振り返ると頷いた。
「まあ、あれだ。頑張れよ、期待してるぜ大将!」
それに素直なんだか、そうじゃないんだか分からないなと苦笑すると、よろしくお願いしますと頭を下げるデウに頷いて歩き始めた。
マムに入った通知は、あらかじめ予測して"準備"していたものだった。
これは、"グルハへの進攻"があったと聞いた前回と繋がるが、前回がフェイクだったのに対して今回はそうではない。つまり、本当に進軍があったと言う事だ。
そもそも、前回のシミュレーションもこれを予想したもので、実際に予測される動きをシミュレートしたものだった。何処まで予測通りに動くかは分からないが、十分価値ある情報だ。
加えて、今回は事前に把握していた事もあって、既にグルハへの情報共有を終えている。
「軍備はどうだ?」
「こちらから輸送したモノに関しては、既に配置済みです」
「グルハ国内の物はどうだ?」
「周辺の村や集落に配置しています。必要数を遥かに超える数ですが」
これも前もって決めていた事だった。というのも、グルハ国内の軍備に関しては厳しい監視が置かれていて、少し移動すればすぐに知られてしまう状況だった。
もし都市部に兵器含めたあらゆる軍備を集めては、警戒されてしまうだろう。それを防ぐためにも、国内の軍備に関しては都市部と離す必要があったのだ。
アブドラの説得には時間が掛かると思ったが、話すとすんなりと受け入れて貰えた。余りにもあっけなくて少し不安になったが、それを聞くも「今更何言っている」と笑われてしまった。
ちなみにではあるが、グルハに配備したのは自立型空中旋回機。予め設定した範囲を警戒し、そのエリア内に立ち入った者を無力化する防衛機だ。それを全部で2400機貸し出した。
他にも、無人でも有人でも動かせる浮遊型の戦車など、事前に送っていた物もある。これらは認証式で権限を持っていなくては、近付く事すらできない最新兵器だ。
現地ではこの浮遊戦車に乗る事になるが、小型融合炉を動力源としているので燃料で困ると言う事も無い。それに、スピードは出ないが、空中戦をするわけでも無いのでその辺りも問題も無いだろう。
途中で合流したサナは、傍らにボス吉を連れていた。どうやらボス吉は最近になって、サナが抱えられないほど大きなサイズに変異していれば、抱えられる事は無いと学んだらしい。
何とも気の毒になる選択と判断だったが、身の丈ほどとなったボス吉に言った。
「悪いが縮んでくれ。そのままでは少し窮屈になる」
「ナ、ナオーン……」
マムの通訳はなかったものの、ボス吉が何と言ったかは分かった。
早速サナに捕まって、諦めた顔をしていたボス吉だったが、それに「すまないな、帰ったら魚を獲って来てやるから」と言うと、嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
「モフモフなの~!」
顔をうずめて幸せそうなサナに「ほどほどにな」と言うと、見回して確認する。中には緊張に強張っている者もいたが、猫のお腹に顔をうずめたサナを見て自然と緊張が解れた様子だった。
今回は前回と違い、メイン戦力として護衛部のメンバーも参加する事になる。
これは、今回の作戦が"防衛戦"である事と、実践経験を積ませておきたい事。そして、事前にあらゆる角度でのシミュレーションによって、その安全性を計り終えていた事。これが前提としてあった。
緊張するなとは言わないが、なるべく自然体でいた方がより訓練の成果を出せるだろう。
敵側がどう考えているかは分からないし、普通に考えれば圧倒的有利なのは数でも勝る連合軍側だろう。しかし、正巳達ハゴロモにとってこれは、飽くまでも「勝って当然な戦争」なのだ。
言い方は良くないかも知れないが、そう言い切れるだけの根拠があるのだ。
ぐるりと見回すと言った。
「これよりグルハ国より要請を受け防衛に出る。各自気合を入れ、故郷だと思って励め!」
それに「オウ」と返事があったのを確認すると、グルハへ向かう高速艇へと乗り込んだ。
グルハへ向かうのは全部で十二の部隊。
それぞれが、ぐるりと囲うようにして配置する事になる。それぞれが受け持つ場所に関しては、事前に仮想空間にて確認していたが、実際には訓練通り行かない事もあるだろう。
しかしこの部隊には、そのイレギュラーも含めて対処できるだけの力が既に備わっている。
マムから「全部隊員登場完了」の報告を受けた正巳は、その先にある戦場を見て言った。
「出撃!」




