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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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350話 隠匿の策謀

 一礼した男が出て行くのを見送ると、扉が閉じたのと同時に、座っていた者の内一人が口を開いた。


「ああいうのは困りますな。万が一兵士の間に噂が広まりでもしたら、取り返しのつかない事態になりますぞ」


 指摘したのはクレン空将。引き締まった体に整えられた髭が知的に見える。


 空将が言ったのは、先ほどの大統領の発言──ミサイルの下りについてだろう。確かに、兵器の制御が奪われる可能性がある等、混乱を越えて恐怖でしかない。


 咄嗟に誤魔化したから良かったものの、もしボロが出ていたら大変な混乱が起きていた筈だ。情報が漏れないよう気を付けるべきだと言うクレン空将だったが、それを横に座っていた男が鼻で笑った。


「はっ、笑わせるな。既に取り返しのつかない事態だろうが。それに、もうそのフェイズにはない」


 声を上げたのはバウマー陸将。この男は自分の一期上の将校で歴戦の猛者だったが、クレン空将とは何かと意見が合わないらしかった。


 普段であれば二人の仲裁をする処だが、それより先に確認する事が出来た。


「フェイズと言うと、既に"次"を?」


 にらみ合う二人を放って聞くと、それに頷いた大統領が答えた。


「そうなる。次に指揮を執るのはロシアだそうだ」


 平然と答える大統領に、思わず「ふざけるな」と言いそうになる。そもそも、今回の敗北も兵士たちに情報を共有しなかった事が一因にある筈だ。


 情報を持っていながら、その危険性について十分認識しながら、それを伝えなかったのは裏切りですらある。きっと兵士たちは、ハゴロモについて『最近よく名前を聞く国』とか『最新ゲームを出して潤っている国』とかそんな風にしか見ていなかっただろう。


 確かに自分達も、その実態について正確に把握している訳ではない。しかし、ハゴロモに関する情報を精査すれば、凡そ侮ってはいけない国だと分かるはずなのだ。


 参考事例として挙げられる事の多い、ガムルスとハゴロモの戦闘では「偶然が重なって運良く」とか「ガムルス上層部が内部分裂していた」とか、そういった類の記事が出回っている。


 だがハゴロモがしたのは、偶然とか運よくとかそう言ったレベルの事ではない。そもそも、このような事態になる以前――その前段階で襲来した敵艦隊を容易に捕縛したり、撃沈させたなんて噂があった国なのだ。


 それに、その実力という面では、もっとわかりやすい事例があるだろう。


 それは、"二年と数ヶ月あまりの期間、世界の目から逃れ続けた"という事実だ。世界の国が協力し数年かけて探す事で、ようやくその本拠地を見つけられた。これは尋常なことでは無い。


 張り付いた様な穏やかな表情を浮かべる大統領に、上がって来た言葉を呑み込むとその眼を見る。一瞬、そこに渦巻く欲望を見た気がして怯むも、自分の後ろには部下たち延いては国民がいると思いグッとこらえた。


「次と言うと相手は……」


 自分に出来るのは、我が国の利益になるため尽力する事。そして、時が来たら前に出て責任を取る事だろう。それまでは、決して退場するわけには行かない。


 ハウゼンの言葉に頷いた大統領が、答えた。


「そうだ。ハゴロモの友好国にして、現状で唯一手の出せる"宝庫"だな」

「なるほどグルハですか」


「ああ、あの国を落とせば我が国にも利は大きいだろう?」


 それに答えたのは、それ迄静かにしていた財務長官にして政権の財布を管理する男だ。


「軽く見積もっても、16~18%の増益が見込まれるでしょうな」


 男が言っているのは、奪取した技術を様々な業種に転用した際の話だろう。


 その話を聞きながら呟いた。


「そうか、限られた友好国(リミテッドカウント)からか……」


 ハゴロモ(あの国)の友好国と言うと、数えるほどしかない。その中でも真っ先に挙がるのは三つの国だった。一つ目がグルハであり、最も『恩恵を受けている』と言われる国だ。


 そして、二つ目はガムルスで、つい数年前革命によってそれまでの軍需国家から大きく舵を取った国だ。この国を狙う国も多いが、いかんせん前政権時の政治的弱みを握られていたりもする。


 最後の国だが、この国は我が国を始めとした世界中の国々と友好関係にある経済大国。他の国であればまだしも、事我が国からしてみたらいつでも手を出せる。そう、日本だ。


 実を言うと、日本とは裏で"技術協力"の交渉を進めていたりする。


 グルハを攻めると言う事は、他国もハゴロモの技術の進んでいる事を知っていて、その価値についてもよく分かっていると言う事だろう。


 遅かれ早かれとは思ったが、想像したより大分早かったみたいだ。


 ハゴロモについて知ったのは、情報局から報告を受けたからだったが、同時に元老どもの命令を受けたからでもあった。あの老害共も何やら情報源がある様子だったが……。


 何にせよ、既に準備が進んでいるのであれば、それ以上どうしようもないだろう。


 最早自分は敗戦の将。


 こうしてこの場に居て立場が守られているのは、一重に大統領の意向だからでしかない。


 先ほど放り投げた資料を再び手に取ると、眺めてから言った。


「この情報を確認する上では、少なくとも血中に細工は無かったようですな」


 報告に来た兵士の前ではでたらめを言ったが、よく見ればその中身は全くの別物だと分かっただろう。そう、血液を採取したのは、健康チェックの為などでは無かったのだ。


 ハウゼンの言葉に大統領が頷く。


「そうだな、少なくとも検知できるようなサイズのマシンは確認できなかったようだ。データの改ざんがされた可能性もあるが、一先ず体内に入り込むようなナノ兵器(ダクター)の可能性は排除して良いだろう」


 報告にあった混乱を聞いて、真っ先に疑ったのは薬物(ドラッグ)による幻覚だった。


 しかし、専門家からその可能性が限りなく低いと報告を受けた後で考えたのは、体内に入り込むサイズの機械による何らかの作用。要は、ナノマシンによる人体侵入疑惑だった。


「そうなると、考えられるのは現実かと錯覚するほどリアルな……」

「ホログラム?」


 言葉が見当たらない様子だったので、報告に度々出て来た"技術"を口にした。すると、それに頷いた陸将が「そう、それだ」と言ってから「そんな事が可能なのか知らんがな」と続けた。


 それにそうだなと頷きながら、心の中では(あるんだろうな)と呟いたハウゼンは、机の上に肘を乗せ手を組んだ大統領に、視線を向けると言った。


「今回我らが軍はどの位置に?」

「後方支援だ」


「は?」

「後方支援」


 どうやら他国に封じ込められたらしい。


 大統領の言葉に忌々し気に唸る面々だったが、身を以ってその得体の知れなさを感じていたハウゼンは、かえって良かったのではないかとすら考えていた。


 それこそ、次の戦闘時どういう展開をするのか知らないが……もし我々のように、近代兵器を用いない戦い方をしないのであれば、今度こそ大量な戦死者が出るかも知れない。


 その後、国益に関する会議を行った。主にどの程度の財政出動を行うか、国民への報道規制はどうするかなど細々とした事があった。


 長官らが退室した後は、軍部中心での各国の配置や作戦に関する会議を行った。


 途中で通知があり中継を繋いだが、「相手が友好国であってハゴロモ自体でない事から通常戦闘を行う」と聞いて、どうやら他国でも先の戦闘で死傷者が少なかった事から、楽観視している幹部が多いらしいと知った。


 ただ、一部でハゴロモの危険性について口にした幹部が、例外なく更迭されていると聞いて(何やら裏で動いている勢力があるな)とも思った。


 何者かは知らないが、戦争を起こす事で利益を得る者がいるらしい。


「いや、犠牲を払ってでも潰したいだけなのか?」


 一歩引いて俯瞰していたハウゼンだったが、何となく呟いた言葉に苦笑した。


「そんなわけ無いか……」


 何処から見ていたのか、会議が終わりすっかり散った面々の中、一人残った男がいた。


「大統領は戻らないのですか?」


 それに顔を上げた大統領だったが、その顔を見たハウゼンは一瞬後ずさるほどギョッとしていた。その顔は普段見せる顔と違い、感情的でいて何処か人間的だった。


 ――普段のっぺりと仮面を着けて見えるが、それがかえって印象を強めたのだろう。


「ああ、私は少しやる事があるらな」


 それに頷くと、退室しようとしたハウゼンだったが、扉の前で立ち止まるとふとある資料の事を思い出した。それは先日の戦闘の際、上がって来た報告の一つだった。


 あの戦闘、確か"記念出兵"があったな……そう言えば、つい最近大統領の息子も軍に入隊したと聞いたが……まさかな、いや流石にそれは無いだろう。


 自分が指揮を執った作戦なのだ。もし自分の知らない所で無理やりねじ込めるとしたら、それこそ大統領自身か、それより上の奴ら(・・・・)だろう。


 それにしたって、一言くらい報告が入るはずだ。


 首を振ってその考えを否定したハウゼンは、そのまま扉を抜けると歩き出した。


 ――後日、もう一度現場の状況を聞きたいと、報告に戻った男を呼び出させたが……どこを探してもその名前は無く、在籍していたという情報すら消えていた。


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