346話 黒杖の刀
頷くマムは、取り得ず撃ってみろと言う事らしい。迷っていても仕方ないので、おおよそ的があるであろう方向へと銃身を向けると、そのまま軽く引いた。
『"パンッ"』
普通であれば、手前の衝立に当たって終わりだろう。しかし、正巳が撃った弾はそうはならなかった。はっきり目で追えた訳ではなかったが、衝立の手前で方向を変えたらしい。
「どうなったんだ?」
それに頷いたマムが記録を見せてくれた。評価は"10"、つまり狂いなく急所に着弾したと言う事だ。衝立の向こうにあったにもかかわらずだ。
いったいどんな仕組みなんだと首を傾げた正巳だったが、それに答える形で説明があった。
「これは"誘導弾"です。今回は予め的の情報を読み込ませていた為、この様に障害物を避けて着弾する形となりましたが……本来は標的を捉えてから発砲すると、着弾迄の誤差を修正して飛びます」
取り出してみると、弾の周りを一周するようにして均等に空けられた孔があった。恐らくはこの孔が何か関係しているのだろう。
「まるで小さなミサイルだな」
何となく似ている気がしてそう言った正巳に、目を輝かせたマムが頷いた。
「さすがパパです! 聞きましたかマスター!」
それにどういう事だと振り返ると、いつの間に来たのか今井さんが立っていた。心なしか頬が赤い気もするが、きっと気のせいだろう。
「そうだね、ははは流石正巳君だ。着想は正に"小さいミサイル"から得たんだからね。少しばかり構造が複雑で、コストがかかるから流通には向かないけど……まぁ売り物にする訳じゃないからね」
「なるほど。まあ、そりゃそうですよね」
「うん、そうなんだけどね……。ところで、正巳君は僕と二人で、何か話したい事があるんじゃなかったかい? その、ほら昨日言ってたじゃないか」
何やら話し出した今井に、慌てた正巳は口を塞いで場所を移した。と言うのも、いつの間に集まったのか人だかりが出来ていた為だった。
今井さんを引きずって行く間、マムには皆への対応を頼んでおいた。
「ちょっと、何言ってるんですか。昨日俺が出た事は秘密にしないといけないのに」
少し離れた場所まで来ると、言いながら開放する。それに頷いて「そっか、そうだったね」と言う今井だったが、どうやら話は終わっていないらしかった。
「それで昨日言いかけた事。ほら、今ならちょうど良いと思うんだよね」
どうやら今井は、昨日言いかけた事とやらがよほど気になって仕方ないらしい。
言いかけた事なんてあったかと首を傾げるも、そう言えば出発する時に「戻ったら話したい事がある」と伝えたっけかと思い出した。
そもそも、戻ったら話したい事も何もソレがコレ、新たな武器や装備に関する話で、今まさにその話の最中だったのだ。
「そうでしたね。すみません、先に話を始めていました」
本来であれば今井さんを通して話すべきだったのに、悪い事をしたと思った。しかし、それに頷くわけでも無く首を傾げると、何を言っているのか分からないがと呟き始めた。
「もしかして、正巳君は僕以外にも好きな女の子がいてまとめて? ……いや、まぁこれだけの人をまとめるリーダーなんだから、それくらいの甲斐性があっても良いとは思うけど。でもやっぱりそう言うのはきちんと一人づつじゃないと……」
何やら訳の分からない事を言い始めた今井に、何となく盛大な齟齬が生じている気がして恐る恐る確認してみた。
「ええと、出発の前お願いしたのは"新しい兵装"の事だったんですが……?」
すると瞬時に思考をフル回転させたのだろう。少しばかり心の声が漏れていたものの、すぐに色々と察したらしかった。
「ええっ?! だって、二人のお祝いの為に向かって……あのタイミングで"話"がある何て言われたらそりゃあねえ、期待もするじゃないか……」
何を期待させてしまったのかは分からなかったが、タイミングが悪かったらしい。
もっとも正巳からしてみれば、まさかミンとテンに子供が生まれていて、そのお祝いのサプライズがある等とは知る由も無かったのだ。これ以上どうしようもないだろう。
しばらく肩を落としていた今井だったが、何を思ったのか歩いて行った。
その後ろ姿を見送っていた正巳だったが、向かった先にある銃を片っ端から撃ち始めた今井を見て苦笑した。そして、その様子を見たのだろう。慌てたマムがやって来た。
「パパ、いったい何をしたんですか?」
それに何と言ったらよいか考えるも、その答えを持ち合わせていなかった。
「何って言われても困るんだけどな」
「謝るのであれば早い方が良いですよ?」
「まぁそうだよな」
「ええ、そうです」
「何を謝れば良いのか分からなくても、だよな?」
「そうですね」
その後、銃を乱射する今井に謝るタイミングを探すも、結局タイミングを計る事が出来なかった。最終的に謝れたのはその日が終わる少し前だったが、その時口にした言葉に今井は納得したらしかった。
「すみませんでした。責任は取りますので、その……」
「責任って、また誤解するような言い回しだね」
「ええ、ですから誤解させないよう責任を取ります」
「それはそういう事で良いのかな?」
「(それがどういう事かは)分かりませんが、恐らく」
「恐らくってなんだい。それに分からないって!」
「いえつまり……こうして来る処まで来てしまいましたから、望まれる限りの責任は取ります」
そう言って真っすぐにその眼を見た正巳だったが、何故か途中で逸らされた目線と急に変わった話題に苦笑した。正巳もそうだが、今井自身何を言えば良いのか分からなくなったのだろう。
「えっとね、そう言えば……そう! 結局君はどの"弾"を使うんだい?」
その日は結局、丸々新兵装の調整をしていた。その中で、新たな相棒にする相手を選んでいたわけだが、それを知っていて聞いて来てらしい。
日中試した様々な種類の弾と、その性能を思い返してみて言った。
「自分で使うのは"マムの弾"くらいですかね」
「ふむ、支配の弾丸か確かに必要だね」
正巳が"マムの弾"と呼ぶ弾丸の、正式名称が支配の弾丸だ。
大仰な名前だが、その性能はそれに見合うモノがある。
何を隠そう昨夜それだと言って渡された"中にナノマシンの詰まった弾"が支配の弾丸な訳だが、その一発で戦況を変え得る力があるのだ。
人に撃ち込めば人を、機械に撃ち込めば機械を――支配する。
「他のは使わないのかい?」
そう言って聞いて来るが、正巳はそもそも基本銃は使わない派だ。
その理由は、いざと言う時に故障したり弾数に限りがあったり、簡単に殺せすぎてしまったりと難点を挙げ始めたら切りが無いからだ。
「良い近接武器が見つかりましたから」
頷いて言うと、腰から下げた黒い棒状の物を手に取った。一見杖のようにも見えるが、その中には鋭い刃が隠されている。言ってみれば仕込み刀の様なモノだった。
ベースにしたのは日本刀と言う話だが、その重さは半端じゃない。
普通の人では持ち上げる事すら困難だろう。
「大人一人分くらいはありそうなんだよな……」
足を持って振り回す想像をして苦笑するも、今井の視線に息を吐いた。
何が気に入ったのか、刀を抜く際の動きが好きらしい。リクエストに応えるように、ゆっくりと鯉口を切るとそのまま音もなく抜いた。
「あれだけ切ったのに……」
散々試し切りした筈だが、その刃には僅かな刃こぼれも無かった。
「ふふ、それは常に研がれるように出来ているからね」
話によると、刀とナノマシンを融合させ、常に刃が鋭い状態になるようにしているらしい。試し切りで切った中には金属の塊もあったが、まるでバターでも切るような切れ味だった。
他にもハク爺は曲刀、サナは双短刀の新しい物を受け取っていたが、それぞれナノマシンと融合して新たな性能が加わっていた。
中には自動で防御したり、自立して攻撃したりと言うモノもあるらしい。
「すごい性能だが、これが敵に渡ったら大変な事になりそうだ」
そう言った正巳に心配ないよと今井が言った。
「個々全ての武器が個人と紐づけられているからね、基本的に本人以外は使えないのさ。これは飛び道具も同じだからね、銃やその類も心配せずとも大丈夫さ!」
その辺りのセキュリティもしっかりと考えていたらしい。
確かに本人以外に使えないとなれば、余計な心配をしなくて済むだろう。それに流石ですねと言って感心した正巳だったが、小さく呟いたその言葉に気付く事は無かった。
「褒めるんだったらご褒美の方が欲しいかな」




