342話 超人兵士
「お待たせしました」
そう言って近づくと、それまで話していた二人が振り返った。
「おう、来たか!」
「待ってたよ」
そこに居たのは上原と今井。
二人を呼び出したのは正巳だったが、どうやら思ったよりも早く来ていたらしい。二人とも一人で居るのを見るに、先輩はデウを今井さんは双子を其々残して来たらしい。
かく言う正巳も、付いて来ると言うサナを半ば騙すようにして残して来ていたが……あまり時間を掛け過ぎると、また大変な事になるかも知れない。
果たして、VRで新しく公開した新マップがどれほど持つだろうか……。
想像して苦笑すると、早く用事を済ませてしまおうと口を開いた。
「それでどう思いますか?」
二人には予め、マムを通して情報を共有していた。
情報と言うのは、敵である連合軍とその中身である参加国に関する事。
具体的に言えば、今回編成された連合軍全体における各国の比率や、指揮系統を始めとした国家間の力関係についてだった。これらの情報から、今後予測される事態とその対応について意見が欲しかったのだ。
正巳の問いに顔を見合わせた二人だったが、頷いた今井に話し始めたのは上原だった。
「確認だが、今回指揮権を握っていたのも主導していたのもアメリカ。それはこの場所を発見した実績からの流れだったが、今回の失敗が今後のパワーバランスに響くだろう……って理解で良かったよな?」
「ええ、余程の事がない限りは」
先輩が言ったように、今回の事態はこの拠点とその正確な座標が知られた事――これが直接的なきっかけで間違いないだろう。
何せ、場所が知られない限り攻めようなど無かったのだから。
そう言った点から見れば、確かにアメリカ軍の実績そして功績は大きいと言える。そして同様に、その後の詰めで失敗した責任もまた大きく……。
こちらからすれば迷惑な話ではあったが、こういう時は視点を変えて考えられる冷静さが必要となるのだ。それに、全てが終わった時その功績に応じて、きっちり賠償も引っ張るつもりでもある。勿論、勝って終わるのが大前提ではあるが。
頷いた正巳に先輩が続ける。
「であれば、次に出て来るのはロシアもしくは中国であって、俺の予想ではロシアが指揮を執るだろうな。何せ中国はロシアに借りがある」
きっと、この辺りまでは二人とも同意見だったのだろう。
「今井さんはどう思いますか?」
そう言って話を振ると、ほぼ同じ意見だねと言って続けた。
「そもそも、あれだけ多様な国が集まっているんだ。今のような形での大連合は、そう長くは持たないだろうさ。指揮権を巡って列強同士で争ってるんだからね」
きっと、その余裕があるのもこちらをしょせん……と、軽く見ているからだろう。そのスタンスからして、あたかも"連合"を組んだ時点で戦争が終わったとでも言うかのようなのだ。
舐められるのは面白くないが、こと今のような状況においては願ってもない事だった。と言うのも、こちらを下に見ている内は、全てにおいてやりやすくなる。
呆れるように言う今井に頷く。
「まぁ一枚岩となって、と言うのは難しいでしょうね」
それに、だろうねと笑った今井だったが、何を考えたのか少し顔を曇らせた。その様子に先輩へと視線を送った正巳だったが、先輩もその理由については知らないらしかった。
小首を振って"知らない"と返す先輩に、聞いてみたらどうですかと視線を送るも、返って来たのは"お前が聞けよ"というジェスチャーだった。
「何か心配な事でも?」
仕方なく伺うようにして聞くと、迷ったようだった。
「いや、それはそうなんだけどね……」
「話しにくい内容なら、無理に話さなくとも大丈夫ですよ」
何となくではあったが、その雰囲気から隠すと言うよりは、こちらを気遣ってと言う感じがする。そして、その様子には先輩も気付いたらしい。
「そうですよ、別に話さなくても問題がない内容なら無理には聞きませんから」と続ける。しかし、どうやらその言葉が後押しになったらしかった。
「そうだよね、これは先に話しておくべき内容だよね」
横目に嫌そうな顔をした先輩が見えたが、恐らく先輩は"無理に聞かない"のではなく"聞きたくなかった"のだろう。まるでお腹が痛いとでも言うように、始まる前から渋い顔をしていた。
「先輩……」
残念なものを見るようにして向けた視線。
「あぁ分かってるぞ」
ため息を吐く先輩。
その様子を見ていたのかいなかったのか、深く息を吸った今井が話し始めた。
「実は、先日とても興味深い情報が届いてね。それはある国の極秘部隊の構成員から得た情報だったんだけど……その中身は、今後の"世界"に影響して来そうな内容だったんだ」
どうやってその情報を入手したのかも気になったが、それは後回しだ。
「世界に?」
そう言って聞くと、頷いて続ける。
「そう世界――いや、目の前で言えば次の"戦場"で影響して来そうな内容だね。それこそ、これまでの様な戦場とは違う。言い方を選ばなければ"ステージが上がる"ような、そんな内容だね」
「それは……。その、先日得た情報と言うのはどんな内容ですか?」
内容によっては、考えていた計画を組み直す必要が出て来る。
「うん。それは、脳の一部に電子部品の埋め込まれた兵士と"通信"の記録。つまり、改造された兵士が存在する事実と、極秘裏に特殊作戦に実践投入されていたと言う情報なんだ」
「改造兵士ですか」
「そうだ。倫理的な問題から、各国、その気配は疎か話題すら黙殺して来た内容だ。それが、ここ数年"成果"が出始めた事から様子が変わったらしくてね。どうやら、世論操作まで始めているみたいなんだ」
「世論操作……つまり?」
「うん。分かりやすいのは、難病を抱える人にその解決手段として"提供"する事で、世論を徐々に麻痺させていく取り組みだね。ドキュメンタリー番組なんかでも取り扱ってるし、その数が年々増えてきているけど、これが分かりやすいだろう」
そう言って表示された資料を見ると、そこにはメディアを始めとした各方面とそのフロントに立つ組織。その裏で繋がる政府や、関連企業との関係がまとめられていた。
どうやら、軍事利用する前段階として、連想されるであろうその技術とそれに関連した分野に関しての印象操作をしていたらしい。
「なるほど。既に数年前から……」
一般的に先進技術を包するのは軍事と言われているが、どうやら場合によっては逆輸入的な手順を踏んだりもするらしい。
「これはまだ良い方だろうね」
そう言って今井が操作すると、目の前に広がったのは目を疑いたくなる事実だった。
「アメリカ、主に人体とデジタルの融合を目指している。短時間で専門技術を習得可能な技術実装や、シームレスな連携を実現する電脳通信など……。こっちはロシア……人体に親和性の高い薬品とその反応を研究し、薬物の投与による人体機能の異常変異を研究している。個体ごとの適性はあるものの、その可能性には目を見張るものがあり、分類して特に適性のある兵士を"超人兵士"と呼んでいる。尚、これは実験段階ではあるが……」
ざっと目を通しただけでも、中々なものだ。
読んでいてふとある事が浮かんだが、それは今井が口を開いた後だった。
「僕の元にはマムを通じて全世界の情報が集まるんだ。当然、全ての情報に目を通す事は不可能。これらの情報も、報告を受けてもしかしてと調べたら出て来た」
と言う事はつまり、この情報自体は既にこちらで持っていた事になる。
それがいつからかは分からない。しかし、少なくともいつ頃には持っていたかについてだけは心当たりがあった。それは、数年前まだ自分達が明確な"国"になっていなかった頃――
あの頃の正巳達は、ホテルを生活の拠点にしていた。
そして、思い出すのも大変なくらい色々な事があった。
ホテルに逃げて、子供を保護し、襲撃に出て監禁され……。
「――と言う事は、あの時先輩やハク爺、子供達を治療した"薬品"はその情報があってこそ。つまり、間接的にではあっても、ある意味助けられたとも言えると?」
頷く今井につばを飲み込んだ。
「そう、あの時は僕もマムの"処理能力"のおかげで解析出来たんだと、そう思っていた。でもね、これは少し考えれば当たり前で、あり得ない事だったんだ。何せ、あの時いくら"シミュレーション"出来ると言ってもたかが知れていたからね」
そう、今でこそマムは現実世界でするのと変わらない精度でかつ、脅威的な速度で分析、解析、演算する事が出来る。しかし当時は、精度はともかくそれほどの処理能力はまだ無かった筈なのだ。
つまり、正巳達が得て今も使用している"治療薬"――その、純度によっては欠損した腕や足でさえ再生してしまう薬品は、その土台に世界中のこうした"実験データ"があったのだ。
「どうするんだ正巳?」
先輩が聞いているのは、間違いなくその取り扱いについてだろう。以前であれば悩むまでも無い事だったが、それはこの事実を知る前の話だ。
少し考えて結論を出すと、難しい顔をしている先輩へと言った。
「そうですね、段階を踏んで流通させる必要があるかも知れませんね。ただ、これ自体人に制御できるとも思いませんから、かなり注意して行う必要があるでしょう……」
それに、そうだなと頷いた先輩だったが、何か嫌なものを見つけたらしい。
「おいおい、生物学的改造ってどんな実験してるんだよ。少なくとも非人道的とか、そういったレベルじゃねえな。もはや鬼畜、糞だぜ。同じ目に合わせてやろうかってんだ」
ブツブツと呟いている。
そんな先輩から視線を動かした正巳は、横で眉間にしわ寄せている今井さんに聞いた。
「でもいったい何故、何処の国も"人間"で試しているんですかね?」
それに唇を噛んでつばを飲み込んだ今井。再び口を開いたのは、マムが飛び込んで来たのとほぼ同時だった。マムは、緊急事態を知らせに来たらしかった。
「それはね、総合的に考えた時人間が一番コストが低いからさ」
「パパ緊急です! 同盟国への宣戦布告と戦闘、侵略行為が確認されました!」
通常であれば慌てるであろう事態だったが、事前に予測していた為か報告を聞いてもそれほど動揺はなかった。あったのは(予想より少し早かったな)といった程度の感想くらいだ。
すぐに向かうと答えた正巳は、控えめに裾を掴んだ今井に振り返った。
「今井さん?」
「黙っていて悪かった」
どうやら、これまでこの"実験"とそれに関連した"情報"を話さなかった事。それを気にしているらしかった。正巳からしてみれば大した事では無かったが、確かに内容自体はもう少し早く知っておきたかった内容でもある。
俯く今井に頬を緩めると、言った。
「大丈夫です信じていますから。でも、確かにもう少し早く知っておきたかったかもですね」
笑って言う正巳にホッとした様子の今井さん。
その横には、ため息を吐いた先輩がひと言こぼしていた。
「……知りたくなかったよ、俺は」




