340話 水葬と毒
地上に戻ると、そこには護衛部や白髭部隊のメンバーが集まっていた。そのメンバーを労うと、目の前に停泊していた潜水艇に一礼する。
近づいて来たマムが「中は確認しなくても良いのですか?」と聞いて来るので、それには「止めておく」と返しておいた。恐らく、心境を察しての言葉だったのだろう。
少しばかり思うところもあったが、それをしてしまっては上に立つ者として示しが付かない。何より、この場で仲間を横に置いてまですべき事では無いのだ。
正巳の合図を受けたマムが、ゆっくりと船体を沈ませ始める。
それを黙って見送った正巳だったが……振り返ると、そこに居たメンバーは揃って敬礼していた。言うまでも無く、それは戦死した兵士へと向けられたものだった。
特に教えたわけでも指示したのでも無いのだが。
「経験が人を成長させる、か……」
「マムもです」
どうやら、呟いた言葉に反応したらしい。
確かに"成長"と言う面で言えば同じなのだろう。
しかし、果たして人とAIを同じに考えて良いのかどうか……そんな考えを抱いた正巳だったが、マムと目が合うとそれも些細な事のように思えて来た。
「そうだな」
「そうですよパパ」
きっと、違いを探したくなるのは人の性なのだろう。
その後見えなくなるまで見送ると、心なしか重くなった空気に口を開きかけた。しかし、正巳が何か言うより早く口を開いたのは、端にいて様子を見守っていたハク爺だった。
「よっしゃ、さぁ今夜は祭りじゃぞ! 勝ったんじゃからな。パーッとやるぞ!」
その言葉に空気が緩むのを感じる。
「やったお祭りだって!」
「肉でるかな、出るよな?」
「俺は魚が良いな。でかいヤツ!」
楽し気な声。それに対して――
「ちょっとは空気読んで欲しいぜ」
「だな、まったくオヤジは仕方ねえぜ」
「これだから父さんは……」
一部付き合いが長いメンバーからは不評だったようだが、きっとそれも含めてなのだろう。そんな面々を見ていると、ひそひそ声で話しているのが聞こえて来た。
「もう行っても良いのかな」
「いや、ダメだろ。きっとまだ仕事があるぞ」
「そっか、そうだよねもう少し頑張らないと」
正巳待ちだったらしい。
集まり始めた視線に苦笑すると、言った。
「下で準備している筈だ。行って手伝ってやってくれ」
それに、それまで静かにしていた面々もワッと沸き立った。
「やったぁ!」
「よっしゃあ!」
「つまみ食い――じゃなくて、味見も手伝いに入るよな?」
「ダメに決まってるでしょ、皆の分があるんだから」
「そんなに食わねえよ」
「食いしん坊なあんたの言葉、信じられるとでも?」
どうやら食いしん坊がいるらしい。
その話を聞いていて、ふと元祖食いしん坊キャラのサナが皆からどう見られてるのかなと気になった。心配だった訳ではないが……。
「ねえ、サナちゃんどのくらい食べるかな」
「そうねぇ……十個とかじゃないかな?」
「えっ、サナ姐さんそんなに食うのか!」
「知らないの?」
「ああ見えて凄いんだよね」
「そうそう、沢山食べるんだよね」
「モグモグ口に頬張って……そう!」
「「可愛い!」」
どうやらそのキャラクターと相まって、不思議な位置に居るらしかった。
ワラワラと移動して行くのを見送った正巳は、しばらくその場に留まっていた。
今回こちらの被害が負傷者のみで済んだのは、様々な条件が揃った上での事だ。これが拠点での防衛でなければ、また少し様子が違っただろう。
それに、今回の様子を見るに"戦いに来た"と言うよりは、"奪いに来た"と言う様子だった。目的が違うからこそ、ここまで都合よく済んだとも言えるだろう。
次回からが本番、本当の戦争だろう。
「少し考えないとな……」
そう呟いた正巳に、横に立っていたサナがそっと手を握って来た。
「サナ?」
どうしたのかと顔を向けるも、無言で首を振る。
いつになく大人しかったが、祭りが始まればきっと元に戻るだろう。
「む……マムも!」
手を繋いだのを見ていたマムが、反対側から空いていた手を握って来た。
その手を握り返すと、嬉しそうに笑いかけて来る。
その笑顔に微笑んだ正巳は、今は一先ず後回しだなと思った。
「両手に花だな」
「花、何の花ですか?」
あまり返って来ないであろう問いに、笑うと言った。
「そうだなぁ、マムは"フリージア"だな」
フリージアと言う花は、可愛らしい花を咲かせるがその色合いによって印象が変わる。正にマムぴったりの花と言えるだろう。嬉しそうにしたマムだったが、もう片方も気になったらしい。
「サナは何の花ですか?」
「サナは"ヒマワリ"だな」
それに少し考えた様子のマムだったが、きっとヒマワリについて調べでもしていたのだろう。
「ヒマワリ、そうですねサナらしいです!」
ヒマワリと言うのは、元気いっぱいに咲く花だが同時に太陽に向かって咲く花でもある。太陽が出ている限り、常に明るく元気な花なのだ。その元気な様子がサナらしいのだが……
「大丈夫か?」
うつむきがちなサナに首を傾げるも、それに答えたマムはやはり少し様子が変だった。
「ひまわりなの?」
「ああ、今度植えるか。それより具合は……」
言いかけた正巳だったが、歩き始めたサナに(何かあっても困るからな)と、身体に異常が無いか診て貰う事にした。こういう時の為に、触診できる医者が一応は居るのだ。
「マム、親父に繋いでくれ。サナを診て貰う」
――その後、触診の結果を聞いた正巳は驚きと共に激怒する事になったが、それをした犯人が既に亡くなっていると聞いてようやく矛を収める事が出来ていた。
サナは、その体内に変形した弾丸とその中に内包されていた毒物によって、その身を蝕まれていたのであった。話を聞いて駆け付けたハク爺は、その弾丸を見るなり言った。
「これは"規制兵器"じゃな。いわゆる"非人道的"であるとして、その使用が禁止されている兵器じゃ。少なくとも、表の戦争で使われる事はないはずじゃな」
詳しく聞くと、弾丸の種類は"ダムダム弾"で、その中に入っていたのは"水銀"だったらしい。ダムダム弾とは、着弾の衝撃で変形して周囲の細胞を破壊する弾だ。
きっと、着弾した直後サナの細胞が再生し、その過程で弾が貫通せず体内に残ったのだろう。
サナは、通常の人とは違って驚異的な"再生力"を持っている。きっと、その再生力が仇となり気付かず、毒による浸食もその再生力によってどうにか耐えていたのだろう。
緊急手術によって摘出した弾丸は、変形した形を留めつつも、その周囲を石のような物で覆われていた。どうやら、サナの体内でコーティングされていたらしい。
それをそっとしまった正巳は、すっかり元気になったサナを連れ皆が待つ元へと向かい始めた。元気に飛び跳ねながら「おにく!」と連呼するサナに、心の底から呟いた。
「やはりこうじゃなきゃな」
ちなみに……フリージアの花言葉は、赤が「純潔」、白が「あどけなさ」、黄色が「無邪気」、紫色が「あこがれ」です。ヒマワリの花言葉にも幾つかの意味がありますが、その本数によっても意味が違うようです。少し短めですが、今回は切りが良いのでここまで。




