339話 柩の理由
「パパ、戻りました! 二人にはホットミルクを持たせておきました!」
どうやら途中、ファナとフィナを部屋へと送って来たらしい。
部屋と言っても、今井ラボの横にある、寝る為にだけあるような殺風景な部屋だが……何にしても、いま二人に必要なのは落ち着く為の時間だろう。
「ご苦労だった」
そう言ってマムに頷くと、嬉しそうに駆け寄って来る。
その様子に微笑んでいた今井だったが、通信が入ったらしい。二、三やり取りした後戻って来ると「集まったようだよ」と言って合図して来た。
それに頷いた正巳は、綾香やユミルに少し下がるように言うと、そこに空いた空間に接続されるのを見守った。
地面から少し浮いた位置に通信相手の姿が現れる。
どうやら、白髭部隊からはハク爺とサクヤが、給仕部からはミューが、護衛部からはハクエンが繋がっているらしい。加えて先輩とデウもいるが……。
「状況の整理をしよう」
そう言って始めた正巳は、早速気になっていた部分を振った。
「捕虜についてはどうなってる」
「指示通り、地下居住区に移動させたぞ。負傷者もかなりの数おったが、その殆どは混乱による同士討ちじゃな。無論、そちらも治療の後運ばせておいた。それで、良かったんじゃな?」
きっと、ハク爺からしてみれば余りに甘い対応なのだろう。しかし、これは別に殺し合いではない。戦争ではあるが、別に殺さずとも済む事は出来る。
たとえ難しくても、出来る限りこのハゴロモでは避けたい。
頷いたのを確認したハク爺は、今度は少し困った様子で言った。
「もう一つ、これは"重要"だからと言われたんじゃが……」
どういう事かと首を傾げるも、続けて声があった。
「この男について。逃がさないように、殺さないようにって」
場所を変わったサクヤが、そう言いながら一人の男を立たせる。その頭には、口や耳、目を覆う拘束具が付けられていたが、サクヤが操作するとそれが外れる。
どうやら、一部マムの指示があった者には、このタイプの拘束具を着けていたらしい。見るからに物々しい拘束具だが、これを着けていると言う事は、何か重要人物であると言う事だろう。
戸惑いながら立ち上がった男は、こちらを見て一瞬戸惑ったものの、状況を理解したのか諦めた様子で「好きにしろ、どの道終わりだ」とひと言。
その言葉が気になった正巳だったが、何か言う前に横にいたゴンが反応した。
「おりゃの! おみやげ! なんだなぁ!」
それにため息を吐きそうになるも、言われて気が付いた。
「そうか、この男ファナをさらった……よし、気が変わった。お前、生きたまま指先を関節ごとに喰われた事はあるか? 皮を剥がれて切り刻まれた事は?」
言いながら反応を見るも、それに反応する気配はない。それどころか、却ってどこかほっとした様な様子で一息ついてすらいる。どうやらこの男は、この手の訓練を受けているらしい。
先輩の若干引いた様子が見えたが、それに構わずどうすれば男の心が動くのかと考えてみた。しかし、結局考えても妙案が浮かばなかったので、とりあえず気になるまま聞いてみる事にした。
「終わりだと言ったな、それはどうしてだ。任務を失敗したからか?」
任務と言うのが何なのかは知らなかったが、ファナを攫っていったのだ。
何かしら重要な任務を帯びて来たのだろう。もっとも、見るからにこの男はプロだ。そんな事をべらべら吐くとも思えなかった。そして、それを裏付けるように――
「……」
正巳の問いに無言で返すと、その切れ長の目を閉じてしまう。
本来であれば、これで手詰まりとなる処だろう。しかし、こちらにはマムがいる。先ほどから横に控えて服の裾を掴んで来るマム。きっと何かあるのだろう。
「マム?」
それにこくりと頷いたマムが、何か流し始めたらしい。
正巳の耳元で、傍受したらしい内容の音声が流れ始めた。それはザックリ言えば目の前の男とその上官との会話内容だった。少し聞いただけだが、男の置かれた状況は直ぐに理解できた。
「なるほどな、無能な上司……いや、無能な馬鹿息子を押し付けられたか……」
それに驚いたらしい。ぎょっとした様子で目を開くと、じっとこちらを見た後で諦めた様子で息を吐いた。恐らく、それまでに抱え切れないほどのストレスをため込んでいたのだろう。
そっと吐いた「クソだな」その一言に、その全てが集約されている気がした。
何処かそれ迄の緊張が解れた様子の男だったが、その瞬間だった。
「ガッツ!!」
「グッッツ……早く拘束具を!」
どうやら、男が自決しようとしたらしい。咄嗟に伸ばしたハク爺の指が、男の口の間に挟まっている。見るに、どうやらハク爺はあの一瞬で二本重ねて突っ込んでいたらしい。
「お父さん!」
「大丈夫だ……」
きっと、指一本であれば噛み千切られていただろう。
「この……!」
苦悶の表情を浮かべながらも白い歯を見せるハク爺に、振りかぶったサクヤが振り抜いた。
「"ドガッツ!"」
一切手加減のない打撃。
画面の端で吹っ飛んだ男は、数本の歯を飛ばしながら映像から消えた。ハク爺が無事かもそうだがそれより、男が死んでしまったのではないかと少し心配になった。
「……無事か?」
そう言って確認すると、ニヤリとしたハク爺が再び答える。
「問題ない。ガハハハハ、普段からの鍛え方が違うからのう。こんなもの筋肉で――」
「サクヤ治療薬だ。腰に着けてる中、手前から二番目を直接傷口に。それで治るはずだ」
やせ我慢をするハク爺を無視して言うと、それに頷いたサクヤが言った通り処置し始めた。その最中、後ろの方で伸びていた男だったが、どうやら死んではいなかったらしい。
ふらふらと立ち上がろうとした処を、今度は綺麗な回し蹴りによって意識を刈り取られていた。このままではいつか事故が起きそうだったので、拘束して連れて行くように言っておいた。
その後、大事を取って傷を見て貰うようにと言うと、それに付き添うと言ったサクヤは代わりにジロウを連れて来た。状況が分かっていないジロウが少し気の毒だったのもあって、後で聞いた事を共有しておいてくれと言って、残りはハクエンに確認した。
確認したのは、海から引き上げた遺体の数とその処理についてだった。
「確認できているのは六十八体です」
どうやら想像以上に死者が出ていたらしい。
……いや、攻めて来た数と比較して言えば、これでもかなり少ないと言えるかも知れないが。それでも、こちらが死傷者ゼロな点を考えれば、その結果は比較するまでも無いだろう。
ちなみに、遺体に関しては腐敗しないよう、冷たい場所で保管しておく事になっている。具体的には、大型の潜水艇を専用ドックにしてそこに安置。海底にて停留と言う事だ。
そもそもだ、この拠点には焼却炉の類は存在しない。
あったとしても、勝手に焼却する事は憚られる。そんなこんなで、今回は潜水艇が棺の代わりとなった訳だが……霊柩車ならぬ霊柩艇といった処だろう。
反対があるかも知れないが、この棺には一つの区切りと言う意味もある。
海底に遺体を送る事を「もう少しでお眠り頂きます」と表現したハクエンに、いったい何処でそんな丁寧な言葉遣いを覚えたんだと感心した正巳だったが、後ろからやって来たアキラが「もう寝てるぞ」と突っ込んでいて、つくづく対照的な二人なんだなと思った。
その後、海底に送る前に向かうと伝えると、通信が切れる前に表情が解れていた。襲って来た敵兵だったとは言え、色々と思うところがあったのだろう。
通信が切れたのを(早めに行ってやるか)と思いながら見送ると、今度は一番気を使っていたであろうミューへと向きを変えた。
ミューたち給仕部には、丸々住民の事を誘導から何から任せてしまっている。
「それで、皆は大丈夫か?」
「はい。皆さん普段通りです。中には少し心配そうにする方もいらっしゃいましたが、それも映像を見たら元気になっていました。流石お兄さんです!」
給仕部と住民とを分けずに聞いた正巳だったが、どうやら全体を一括りにしても問題なかったらしい。その言葉にホッとしながらも、あとに続いた"映像"という単語に首を傾げた。
その様子を見たミューが「あれ? もしかして何か不味い事を言いました?」と慌てるも、そこに割り込んだのはマムだった。どうやら知らない所で、また余計な事をしていたらしい。
「気にしないで大丈夫ですよ、ぱぱ!」
そう言って話題を変えようとするマムに、何をしたか正直に話すようにと言った。すると、しばらく渋っていたマムだったが、やがて一つの映像を見せてくれた。
そこには、どのアングルから撮ったのか見上げる形で移った正巳が、若干オーバーリアクションで恥ずかしい迷言を飛ばしまくる映像があった。
それを見て「これ、俺じゃないよな?」と聞いた正巳だったが、それに対しての答えは「ほぼパパです」だった。どうやら、勝手にアレコレしていたらしい。
「……マム、許可なく俺の顔使うの禁止な」
「そんなぁ、せっかく第二弾を作ろうかと思っていたのに……」
「ダメだ、絶対禁止!」
「えぇ……でも、こういうのは必要ですよ?」
「……その時は俺が出る」
「約束ですね、約束ですよ!」
どうしてこうなったのか、いつの間にか映像出演を約束させられていた正巳だった。その横では、今回流され住民含め皆が見たという映像が流れていた。
流石、マムが"ほぼ正巳"と言うだけあって、過去自分が言ったり、口にしたかは定かでないものの確かに言ったかもしれない言葉も幾つかあった。
中でも「降りかかる火の粉は全てはらう」と言って、かっこつけてポーズを決めている場面など、その動きはともかく、言葉はそのまま正巳のものだった。
ニコニコとしているミューは、どうやらマムとのやり取りを見ていたらしい。「楽しみです」と言うミューに「やめてくれ」と返すと、この後全員で宴会をするからその準備をと頼んでおいた。
もしかすると、これもアブドラ達の影響かも知れないが、何にせよ溜め込んだ可能性のある精神負荷は、その最後に強烈に楽しい事へと変換してしまうに限るだろう。
早速準備しますと言ったミューを見送った正巳は、その後今井さんと先輩の三人で話をした。その内容は、捕虜の扱いと友好国への対応だったが……
捕虜に対しては、一日三食と隔離したエリア内での自由を認める事となった。これも、先を見据えての判断だったが、百にも満たない人数、増えた所で大した負担では無いと言う事もあった
「かかった費用はまとめて請求するか」
そう言ったのは先輩だったが、それはこの戦争が終わると信じての言葉に違いなかった。
友好国への対応に関しては、一先ず状況を確認してからと言う事になった。その対応は先輩が行なう事になったが、どうやら戦闘に出られない事をずっと気にしていたらしい。
「俺に任せろ!」
そう言って張り切る先輩は何処か嬉しそうだった。
一先ずそこで通信を切った正巳達だったが、ふと振り返るとサナと綾香とゴンの三人が、手を繋いでクルクルと回り始めた処だった。
どうやら、綾香もゴンに慣れて来たらしい。見た目が可愛らしいと言うのもあるだろうが、この様子だとそう時間かからずに皆とも馴染むかもしれない。
一歩下がった場所で、何でもない様に見守りながら警戒するユミルに(いざと言う時でも一先ず大丈夫そうだな)と思った。
ふと、(先輩がゴンの正体を知ったら驚くかな?)と想像して(驚くだろうな)と黒い笑みを浮かべた正巳だったが、あまり遅くなってもいけないと思い出して、早速地上に戻る事にした。




