332話 奪還作戦【サナ】
──サナ視点──
先導するのは大きな猫。
いつもフワフワとしていて抱き心地の良い、時々抱えたまま寝てしまう事もあるボス吉だ。
普段であればお兄ちゃんか、自分が探せば見つかるが、今回はなぜだか見つからなかった。その為、自分達より少しだけ探すのが得意な、ボス吉に頼む事になったのだ。
途中まで何処にいるか分からなかったものの、ある時点でその気配に気が付いた。
どうやら、海が見える岩場の辺りにいるらしい。
……もしかして。
予想通り、その場所に以前一度来た事があると気付いたサナは、その時の事を思い出していた。
あれは、双子の実験……確か、ナノマシンと既存武器の融合なんちゃらに付き合った"お礼"とかで、とっておきの場所として教えて貰った。
見に行ったのは夕暮れで、とてもお腹が空いていた。――いや、正確には空いてはいなかったけども。いつもご飯を食べる時間が近づいて、そちらが気になって仕方がなかったのだ。
そんな少しも興味がない中見た景色だったが、ちょうど日が沈む瞬間で不覚にも見惚れてしまった。夕日をキラキラと反射させる水面と、一瞬たりとも同じ色でない雲。
一言でいえば"あか"だったが、それが薄かったり濃かったり混じり合ったりして、新しい色を次から次へと生み出していた。
結局日が沈みきるまで見ていたが、帰り道、今度はお兄ちゃんとみゅーも連れて来たいと思った。でも結局、その後戻って食べたはんばーぐが美味しくて、お代わりして寝ちゃって……。
今の今まで、その事をすっかり忘れていたのだ。
「……間に合ったか」
その声に目を上げると、その先に立ったファナが見えた。
何か手に持った筒のようなモノを覗き込んでいるが、多分あれは遠くを見る為の道具だろう。あんな風に二つ繋がってはいなかったが、筒一つの物であれば自分も使った事がある。
その様子を見ながら、(あそこからならよく見えるだろうけど、同じように向こうからも良く見えるんじゃないかな)と思った。
隣でほっと息を吐いた正巳を横目に、ファナに声を掛けようとした。しかしその瞬間、ファナのいたすぐ横、こんもりとした岩影から出て来る人の姿が見えた。
「ダメなの!!」
それは、後悔。
前もってこの場所を知っていたはずの自分が思い出せなかった、気付けなかった後悔。
そして、責任。
自分がどうにかする。いや、しなくてはならない責任。
みんな何かしらの責任を負っている。
それが無いのは自分だけだ。
一人、わがままを聞いて貰って。
これまでお兄ちゃんと一緒にいて。
……今後も、それを諦めるつもりはないけれど。
でも、それならば少なくとも足を引っ張ってはだめだ。
ちゃんと自分の役割を果たさなくてはいけない。
「任せるなの!」
同時に飛び出したマムにそう言うと、海中へと消えた影を追って飛び込んだ。
「これを!」
飛び込む瞬間、マムが何かを投げて来た。それを着水の間際掴んだが、どうやらそれは先程ファナが持っていた二連の筒――双眼鏡だったらしい。
何の為に寄こしたのか分からなかったものの、取り敢えず首から下げておいた。
気配を探ると、既にだいぶ先まで進んでいるのが分かった。普通の人間としてはあり得ない速度だったが、恐らくモーターかジェットか、何かしら推進力を上げる装備を付けているのだろう。
(負けないなの!)
両手を前に構え、水を両側にかき分けるように泳ぎ始めたサナは、その後浮上すると力の限り泳ぎ始めた。少し離れてその場面に遭遇した兵士は、その水飛沫と速度に魚雷か何かかと思ったほどだった。
速度で言えば申し分なかったものの、相手も同等以上の速さを持っていた。結局追い付いた頃には敵艦の中心部で、既にファナはその中へと運び込まれた後だったが……。
(助け出すなの!)
そう気合を入れ直すと、早速そこに乗り込む事にした。
◇◆
入口は探すまでも無かった。
(大きく開いてるなの……)
そこはどうやら格納庫だったらしい。
扉だったのであろう鉄の板が下がり、その先が海面に接している。その板には幾つもの溝があり、そこに付いた滑車で乗せたものを動かせるようになっていた。
見ている間にも、小型のボートに乗った兵士たちが次から次へと出撃している。
(潜入なの!)
早速そこからよじ登ったサナだったが、近くに居た兵士と目が合った。次の瞬間気絶させたサナだったが、兵士の倒れる音が思ったよりも大きかった。
幸い注目が集まった時には、近くにあった戦車の影へと隠れていたが……。
『おい、お前大丈夫か?』
『気ぃ失ってるな』
『どうした。そいつは新兵か?』
『いえ、それが……』
そのまま警戒されなければ良いなと思ったが、どうやらそう言う訳にも行かなかったらしい。指揮官らしき男が何か指示すると、十二、三人が、其々三、四人毎の班を作って警戒に回り始めた。
咄嗟に車両の隙間に隠れたサナだったが、近くに来た気配に息を潜めた。
『……まったく、上は何を考えているんだ。こんな小国爆撃でもして制圧すれば良いだろうに。こんな作戦で無駄に兵士を失っては、遺族にも国にも申し訳が立たんわ』
それが先程指揮を執った男だったと言う事もあったが、何となく馬鹿にされているみたいで少し頭に来た。訓練中、ハク爺から言われた事を思い出しながらそろりと近づくと、突き上げるようにして打撃を加えた。
(背中は危ないから、わき腹の方から……えい!)
『グッ……ハァッ』
少し力を入れすぎたかもしれない。
木の枝を折るような感触があったが、無事に意識を刈り取る事が出来ていた。
(ええっと、そうなの。指揮者を不能にさせるのが鉄則なの!)
今度は音を立てないよう、倒れる男を支えた。
どうしようかと思ったが、どうやらマムが手を貸してくれるらしい。首から下げていた双眼鏡から出て来るひも状の糸が、近くにあった車両のドアに絡みつく。
それを見て、ちょうど良い場所があったと喜ぶと、男をその中に座らせておいた。
(そうなの、ちゃんとシートベルトはしなきゃなの!)
思い出して探してみたサナだったが、見当たらなかったので仕方なく近くにあったワイヤーできちんと固定しておいた。きっと、これで代わりになるだろう。
その後、キラキラとしたひも状のナニカは、そのまま車のダッシュボードの辺りに入ってしまったが、何か用事があるのかも知れない。
(それよりファナなの)
急いで助けなくてはならない。再び先へと進み始めたサナだったが、そこから少し進んだ先に扉があるのが見えた。どうやらあの扉が中へと入る入口らしい。
(でも人がたくさんなの)
中々隙が無い事に困ったサナだったが、歩いて来る足音があった。
『残りはこの辺りか』
『ああ、そうだな。ここが最後だと思う』
『いる訳ないって、それより早く俺達も出ようぜ』
どうやら先程の見回りが来たらしい。
一歩、二歩と近づく足音に、潜入はここまでかも知れないと構えた。
しかし――
『"キュルルルルル~~ドーン!"』
『おい誰だ、こんな所で車を暴走させてる馬鹿は!』
『中に入ってる奴がいるぞ!』
『さっさと引きずり出せ!』
どうやら注意が逸れたらしい。
そこに居た兵士たちが揃っていなくなったのを確認すると、開いた扉から先に進んだ。
◇◆
気配を追いかけながら進んでいたサナだったが、不味い状況に追い込まれつつあった。
(避けられないなの……)
進むのは通路。見回してみても隠れられるようなもの影はない。そもそも、天井及び通路の幅が共に三メートル弱なのだ。途中で敵と出くわせば逃げ場がなくて当然だろう。
(潜入失敗、残念なの)
ダメだったものは仕方がないと切り替えると、今度は堂々と歩き始めた。
前方の角から軽装の兵士たちが四人歩いて来る。
「……」
「……」
「……」
「おい、どうしてガキがいるんだ?」
すれ違うまでは良かったが、どうやら誤魔化せなかったらしい。振り返った一人を気絶させると、咄嗟に反応した横の男も体をひねって蹴り飛ばした。
「くそどうなってやがる」
「こいつあれじゃないか?」
目の前で二人倒されていると言うのに、悠長な事に会話などしている。
「もしかしてあの島のガキなんじゃ――」
もしかすると、パニックになりかけている自分達を、落ち着かせる為だったのかも知れない。
しかし、わざわざその時間も隙も与えるつもりはなかった。
重力に逆らわずに体を倒すと、床に着くかと言う瞬間に足を蹴り抜いた。
瞬歩。
目の前から消えたように感じる、常人には反応できない歩法。
(お兄ちゃんは難なく止めるけど……)
もし相手が、これに対応してくるような武人だったら面倒だったが、どうやらそんな事は無かったらしい。一瞬で移動したサナに反応できないまま、腹部に打ち込まれた拳に意識を刈り取られていた。
「えっと、ファナは……この上の方なの!」
その気配がこの艦の上の方にある事を察知したサナは、先へと進み始めた。
その後、意識をかろうじて保っていた兵士によって、通信が回ったのだろう。警備レベルが上がり、こちらの姿を見るや構わず発砲してくるようになった。
それでも止まる事の無いサナだったが、軽い傷を負う事もあった。
その傷は間もなく自己治癒によって塞がれていたが、きっとその様子に恐怖を抱いたのだろう。艦内で乱れ交う無線には、得体の知れない悲鳴が乗っていた。
『人間じゃない。撃ったのに立って来る!』
『あれは何なんだ……俺達は、何かとんでもない化け物を相手にしてるんじゃないのか?』
『これは夢だ! 子供の姿をした何かが壁を壊している。金属で出来た壁だぞ!』
一度浸透し始めた動揺は、最早止める事が出来なかった。
次話、明日投稿予定です。
捕捉:サナが持っていた双眼鏡、その中には試験的に導入したナノマシンの集合体が詰まっていた。その研究はファナとフィナの進めていたものだったが、マムはそれを知っていてサナに渡したのであった。




