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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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329話 暗躍する影、蠢く思惑

 視点、連合軍サイド――

 世界の情報の終結地――かつて、そう呼ばれた場所にその男の姿はあった。かつて(・・・)と付けなくてはならないのも、この状況にあっては最早笑い話にすらならないだろう。


 それもこれも、ここ数年で本来集まるはずの情報の約八割が消えている(・・・・・)と、ある情報管理官が報告して来たからだったが……。


 初め仮想敵国である強豪国や、無謀な挑戦を始めた小国の工作――スパイでも入り込んだかと思った。しかし、それがどうやら違うらしいと気が付いたのも、ある国が幾つかの分野で突出し始めたのが切っ掛けだった。


 忌まわしい事に、それを知らされたのはこの国の暗部でもある"英老会"――単なる老人の集まりだが厄介な事に実行権力を持っている――から、軍が極秘裏に動いていたと知らされてからだった。


 その報告の中には、まるで聞くに値しない世迷言――太古の化物を蘇らせ、それをけしかけて来た。とか、途中までしか艦を進められなかった。まるで見えない壁があるようだった。とか、そう言った報告した奴を呼び出し、殴りつけたくなるような内容が目に付いた。きっと、こちらに対する嫌がらせなのだろう。


 まったくもって忌まわしい。


「ジジイどもが……」


 目の前には黒塗りの電話が一つ置かれ、その両側には壁一面のパネルが見える。


 そこに映されているのは、自国のみならず世界各国からなる連合国軍と、その状況が表されたリアルタイムデータだった。その内幾つかはノーシグナル、つまり役立たずとなっていたが……。


「おい、そこの!」


 必死に何か作業していた男に声を掛けると、ビクッとした男が敬礼を取る。


「ハッ、何でしょうか!」

宇宙(うえ)からの映像はまだ復帰できないのか」


 見ると唇を噛んでいる。どうやら状況は改善されていないらしい。


「まったくどうなってるんだ。こういう時の宇宙軍だろう。何のために予算を増やしたと思っているんだ。そもそも空軍のドローンも海軍の偵察機(コンパクト)も使えないとは、いったいどうなってるんだ! こんな事では他国に先を越されるぞ!」


 幸いな事に、まだ各国から"準備完了"の連絡は入っていない。


 いくら連合軍、連携して事に当たる友軍だとしても、そんなモノは建前でしかないのだ。我が合衆国こそが世界に覇を唱え、その傘の下にあってこそ、初めて世界平和が成る。


 だからこそ、警戒すべき中露(中国、ロシア)とも手を組んだのだ。


 あの二大国もそれぞれこちらを出し抜こうとしているようだが、そうはいかない。そもそも、中国はまだしもロシアなどここ最近まで無関心だった筈だろう。それがどうして……。


 苛立ちを募らせていた男だったが、そこにやって来た者から報告があった。


「将軍、大統領がお越しです」


 どうやら遅ればせながら、我が国の最高権力者(仮)がやって来たらしい。


 立ち上がり、迎えに歩き出すが、他の者にはそのまま続けるようにと言う。そう、この状況にあって優先すべきはお飾り(・・・)にしかならない男などではなく、実益となる情報なのだ。


 扉が開くと共に、入って来た男に敬礼して言った。


「ようこそお越しくださいました、大統領」


 細身にして長身。撫でつけたサイドにオールバックにまとめた前髪は、いかにも金融街出身といういで立ちだった。部屋の中を一瞥した男が、歩いて来て手を差し出す。


「ハウゼン将軍、どうだね戦況は?」


 それに軽く応じながら答える。


「全軍待機、友軍から連絡が入り次第いつでも出られます」


「そうか」


 何を考えているのか分からないが、頷くと歩き始める。


「ところで、私の座る場所ここかね?」


 ぐるりと回った後で、指令机の前でそんな事を言う。それに頷くと「ええ、大統領の為の席です」と答えた。本来であれば、大統領は上のメインルームにいる筈だったのだが。


 その後、しばらく部屋の中を眺めていた男が言った。


「ちょっと、この回線を繋いでもらえないかな」


 その先にあるのは黒電話。


「どちらにでしょう」

「うん、中国軍」


 意図が見えない指示だったが、横にいる技術官へと頷く。


 その数秒後、繋がったのだろう。椅子に腰かけた男が、理解の出来ない外国語で話し始めた。叩き上げの軍人としてやって来たハウゼンであったが、流石にそれが中国語であろう事だけは分かった。



 ◇◆



 手元に備え付けられた回線に、通知が入る。


 音声はないものの、そこから聞こえる通知音は確かだった。頭に付けていたヘッドフォンをずらすと、この部隊延いては、この国の軍幹部にあたる男に報告した。


「通信が入りました」


 こくりと頷いたのを見て繋ぐと、そっと息を吐く。


 今入ったのは、米国。それも特別(・・)な番号からの連絡だった。私の仕事は通信士で、普段であればこんなアナログな仕事をする事はない。


 しかし、現状それをせねばならぬ事情もあるわけで……。


 目の前のモニターに表示されている文字を、若干泳ぎめな視線で再度確認する。


 ……やはり、"E"番から始まっている。


 これは、この部隊に配置されて教えられた中、使うと思っていなかった番号でもあった。


 その概要こそ知らされていないものの、この番から始まる通信は、その内容は疎かその通信があった事すら記録するなと言われているのだ。危険すぎる。


 まぁ、危険(そう)と言っても触れさえしなければどうと言う事はない。


「他の仕事も詰まっているはず……」


 何故か最新の通信システムが故障したとかいう事で、旧時代の通信システムが導入されていた。面倒な事この上なくはあるが、ただ、現状一刻も早く忘れたい(・・・・)自分にとっては願ってもない事だった。


「ええと、それじゃあ適当に混んでそうな通信を……」


 再びヘッドフォンを着け直した処で手元が狂った。


『――……で、そちらはどうだ? 我々はいつでも出られるぞ。『少し待て、今新たに"眼"を飛ばす処だ』何を言っている、そんな事無意味だと言っただろう。既に空は支配されている。我々にできるのは、支配の届かない"ボート"で上陸する事だ。それに、我々が奪取するならまだしも、もし第三国――ロシアやEUの連中に取られてみろ、次にとられるのは我らの首……――』


 耳から入って来る内容に首を傾げるも、その視線をモニターに移した瞬間、それまで心臓は止まっていた。とでも言うように、耳の内側を支配するが如く"心の臓"が鳴り始めた。


 余りの鼓動の早鳴りに、胃に入っていた物が逆流するのを感じる。


「うっぷ」


 口元を抑えるが問題はそこでなかった。


『そういう事だ。組織にとってこれ以上の好機はないだろう?『ううむ、確かにそうか』そうだ。これ以上の好機が望めない以上、ここで直接叩き、少なくとも対抗しうる技術を持ち帰る事だ。それと――『ああ、そうだな。主導者は無理でもブレインは始末する必要があるだろう』そう、その為の圧倒的な数なんだ。それでだが、我々の部隊は他国に先んじて乗り込み――』


 そう、この内容こそ。この内容こそ、決して知ってはいけない、聞いてはいけない内容だろう。知らない振りをするとかそう言ったレベルの話ではない。そもそも、聞いてはいけない。


 聞いていた事を知られたらどうなるか、それは火を見るよりも明らかで……。


 合間合間に、自分達"国"とは別の"組織"について匂う会話があった気がした。しかし、そんな事は気にしてはいけないし、知ってはいけない。


 この時ばかりは、周りより少し回転の良い自分の頭が憎かった。


「うっ!」


 耐えきれず立ち上がると、そのまま走り出した。


 後方から、冷ややかな視線を向けられている事は分かったものの、我慢してその場に残るよりは良かったに違いない。その後戻ったのは十数分経過した後だったが、そこで目にしたのは正に出撃せんとする兵士たちとそれを見守る職員たち、そして笑みを浮かべた上将の姿だった。


『全軍出撃!』


 それは、連合軍全体への号令だったのだろう。しかし、その号令の直後、上がって来たのは出撃を知らせる進軍のシグナルではなかった。


『制御不能、操縦(コントロール)が効かない!』

『船体下部、正体不明の影アリ!』

『これは何だ、巨大な生物の様だぞ!』


 しかし、それを待っていたかとでも言うように、指揮を執る男がひと言。


「全兵、収容しているゴムボートにて出撃。上陸及び占拠せよ!」


 周囲を見渡せば、その指揮に感嘆する者が多かった。それもそうだろう。なにせ、各国が同様にもたつく中、いち早く冷静な判断をし、その備え(・・)すらしていたのだから。


「……うっ、」


 しかし、その真実を知った今、それが予め得ていた情報から来る"予定調和"だと分かってしまう。


 その気持ち悪さと、これから何が起ころうとしているのかを想像した女は、既に空になったにも拘らず何かこみ上げて来るものを感じていた。


 背後で、悲鳴とも歓声とも分からぬ声が上がったのが聞こえたが、足を止める事は無かった。


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