327話 第三次世界大戦
「なに笑ってんだ?」
口元に手をやって、初めてそれに気が付いた。それを均すように顔をもみ込むと、怪訝そうな様子で見て来る上原と、その横で首を傾げている今井に言った。
「いえ、二人とも変わらないなと思って」
立場が変わり時間が経てば、色々と変わって来るものだ。それなのに、二人は初めて会った時の印象そのままだ。多少見た目や経験による変化はあれ、基本的には変わりない。
正巳の言葉に今井が笑っている。
「なんだい、そういう君だって変わらないじゃないか」
「そうだぞ、多少それっぽくなったがな。基本変わってないぞ!」
褒めたつもりが二人して弄って来る。
「そうですか? これでも色々と成長したと思ってたんですけどね」
どうやら、冷静な返しがスイッチを押してしまったらしい。部屋の端に置いてあった何かキューブ状の物体を手に近づくと、それを手のひらで挟むようにして起動した。
「ふふふふふ、そうかい? それなら僕の方が成長したぞ」
よく分からないが対抗しているらしい。
空気が震えるのを感じると共に、何かぼんやりとした物が目の前に見え始めるのが分かる。が、どうやらまだ実用段階ではないらしい。
はっきりと何かが現れる訳でもなく、振動だけが大きくなっている。このままで危ない。――そう考えた正巳と上原は、必死になってその暴走を止める事になった。
「ちょ部長! こんな所で何持ち出そうとしてるんですか!」
「そうですよ今井さん、こんな所で実験し始めないで下さい!」
その後説得をするも、しばらくの間「もう少しで安定するはずだから」と言う事を聞かなかった。結局、機転を利かせた正巳によってどうにか"実験"を止める事は出来たものの、新たな話題は更にその専門分野へと踏み込む内容となった。
正巳が話題に出したのは、最近になって更に増えたゴミとその入れ物――ゴミタンクの保管方法に関する話だった。事故の事も一つの切っ掛けではあったが、このままではかなり広域をゴミタンクで埋め尽くされかねない、差し迫った問題があったのだ。
「それでですね、兼ねてより問題だったゴミタンクは"空"に浮かべてはどうかなと。以前見せて貰った中に、飛行船の構造を応用させた"空中拠点"。その資料がありましたよね」
目を丸くした後、嬉しそうに頷いたのを確認して続ける。
「それを、どうにかしてゴミタンクの保管用に出来ないかなと。いずれ資源の原材料となるのであれば、十分その価値はあるでしょうし」
言いながら横へ目をやると、不安げな様子で視線を向ける上原の姿がある。それに苦笑すると、大丈夫だからと頷きながら視線を戻す。
「そうですね、早速取り組んでみてはどうでしょうか」
言いながら目配せして援護するようにと頼むと、それに気づいた先輩が続く。
「そうそう、何か足らない物があれば言って下さい。どうにかできるとも思えませんが」
「いや、出来ないのかい!」
思わず突っ込んでしまった。
それに「出来ないものを見栄張っても仕方ないだろ?」と胸を張っているが、きっとこれも先輩の作戦なのだ。作戦通り(?)笑った今井が裾をまくると言った。
「ふふ、そこまで言うのであれば気合を入れて頑張っちゃおうかな! 陸・海と来たから次は"空"だと思ってたんだよね!」
すっかりやる気になった今井と、その手からキューブが離れた事にほっと安堵した二人だったが……まさか、その先に遥かに恐ろしい事態が待っているなどとは、夢にも思わなかった。
完成までに何度となく呼び出され、実験に付き合わされた二人は、しばらくの間浮遊感を覚えると咄嗟に頭を抱えようとする癖が染み付く事になったりもするのだが……。
この時は、目の前の危機を乗り越えるので精いっぱいだったのだ。
そんな事で、世界が共通の敵を見つけた日、正巳達は至って普通ないつも通りな一日を過ごしていた。それは明らかに"異常"な事ではあったが、その異常こそこの国の"普通"だった。
こうして、ハゴロモは世界の敵となった。この時、世界はまだこれが人類史三度目に数えるべき"大戦"になろう等とは、思いもしていなかった。
唯一、僅か少数の交流のあった国とその内情を知る国は、世界情勢が変わるだろうと毎夜国中枢での会議を重ねていた。その後の立ち回りについて、最善を取るために。
◇◆◇◆
『――加盟国の内160か国以上、凡そ八割を超える国がたった一つの国に対して宣戦布告するという事態になった訳ですが、これは言いかえれば正式に"世界の敵"となったと言う事でしょう。これは最早"戦争"と言うより"駆除"、有害な国を圧倒的な力で排除してしまおうと言う事ですねぇ』
リポーターらしき人物がまくし立てている。
『囲んで四方から叩いてしまおうと言う訳ですから、普通であればこれはもういじめでしょう。ただ、相手は普通でない"兵器"を持つという話ですから、その位してちょうど良いのでしょうね』
映し出されているのはずらりと列を成した人の列。各国の代表であろう者たちが列を成し、一つの書類への署名式を行っている。きっと、初めから負ける事など欠片も頭にないのだろう。
その顔には高揚が浮かび、中にはその配分に関して早速交渉しようとする者までいた。
『何にせよ、あの"VRMMO"を提供している国ですから、その技術が我が国の物となれば多大な利益と発展が見込めるはずで――……』
俯瞰していたマムだったが、それに心底と言った様子でため息を吐くと呟いた。
「まったく、人間と言うのはどうしようもない生物ですね。やはりパパたちが特別なのでしょうか。いえ、それは当然でしたね。だってマムのパパとマスターですから」
偏ると言う言葉では足らないほどの贔屓目だったが、それに突っ込みを入れる者はいない。それ処か、そこに居た別人格のアバター達まで一緒になって同意していた。
再び流れ始めたリポーターの映像にため息を吐くと、今度は残念そうに言った。
「命じてくれれば、今すぐにでも終わらせるのですが……」
きっと、この時マムを縛る枷が無ければ悲惨な事になっていただろう。幾ら知性を持ったとは言え、その在り方は人間と違う。その全ては造り主の為なのだ。
もし、枷がなければ……。
『人を害するな』
その一言が、かろうじて暴走を留めていたのであった。
流れて行く情報の波から状況を精査したマムは、部屋で話す三人の様子を見ていた。どうやら、自分の敬愛する二人が何か大掛かりな事を始めるらしい。
「空中拠点、それをゴミタンクの保管用にできないかなと」
きっと、先日の事故の事が念頭にあるのだろう。
「やはりパパは優しいです」
そう呟いたマムは、二人の邪魔になりそうな状況を留める"裏工作"をする事にした。その方法は、国内の通信システムの混乱や暴走、果ては兵器の不能化など多岐に亘った。
その期間は一年にも及んだが……
その間、敵対国の中に出撃の気配こそあれ、その他手段による攻撃は見られなかった。
一応、名目の中に"子供の救出"が含まれていたが、それにしても選択肢にも上がらないというのは普通ではない。なにせ、その筆頭が大陸間を横断するほどの超長距離大型ミサイルなのだ。
搭載する爆弾の種類によっては、その一発で戦況を左右する事さえあり得る。
その理由を分析していたマムだったが、結局結論を出す事が出来なかった。状況が変化するごとに他の可能性に影響し、大きく比率が変わるのだ。
ある日、疲れた目を休ませている今井の傍に寄ると、思い切ってその理由を質問してみた。すると、その答えはある意味当然と言うべき"人間的"理由だった。
「それはね、欲しいのさ。ここにある知識とその成果物がね」
そしてこう続けた。
「でもね、これは渡せないんだ。人類は常に周囲から奪う事で発展して来た。それが見てごらん、ここにある小さな結果一つでも持ち出せば途端、これを使ってどう支配しようかを考えるだろうさ」
その言葉はよく理解できた。人類史からは、如何にして人類が発展して来たかがうかがえる。そして、その発展の裏には必ず支配と破壊があったのだ。
何も、支配とは人や生物だけではないのだ。
「だからね、僕はそうでない未来――全てを支配した先の破滅でなく、より豊かな世界を求めるのさ。正巳君だってそうだよ。以前、"理想の国"について話した事があったんだけどね……」
そこから先話した内容は、その先マムの指針となる内容だった。
話を終えた今井に、頷いたマムは言った。
「つまり、夢が現実となる世界ですね?」
話には、何処となく正巳でなく今井の想いも含まれている気がしたが、それはそれで問題なかった。なにせ、マムからしてみれば二人の意見が全てなのだ。片方だけではない。
「そうさ、考えてもみてくれよ。喉が渇いた時蛇口をひねる必要がない。火が必要だからと道具を持つ必要がない。正に魔法みたいな世界。楽しそうだろう?」
それに頷きながら言う。
「魔法の世界。搾取される事がなく、当たり前の幸せを感じる事の出来る国。皆が主役で皆が主人公……」
今井が笑う。
「ふははは、まるで子供の描く夢みたいだね」
それに笑顔で頷いたマムは言った。
「はい、実現しましょう!」
―― 何年、いや何百年かかっても。
少しばかり、バックグラウンドを描くような回が続いて退屈だったかと思いますが、次回からもう少し事態が動くかと思います。そして、久しぶりに……。




