321話 果てなき欲望
言われた通り見ていると、視界に何か赤い点が見えて来た。これが仮面のモニターを通して見えている物だというのは分かったが、これが何を示しているのかはさっぱりだった。
「これは?」
首を傾げた正巳にマムが説明する。
「これは極小サイズの機械――ナノマシンです。表示されている点は、それ一つで一万機の集合を現していて全てが制御下にあるのです。これらは領空内の観測に使用していた機体ですが、人一人程度であれば持ち上げる力があります。――と言う事でパパ、手を向け動かしてみて下さい!」
何を言っているかよく分からなかったが、取り敢えず言われた通りにしてみる。
手を上げ右に動かす。
赤い点が連動するように動く。
今度は左に動かす。
遅延なく点が左に動く。
「……ふむ、これは俺が動かしてるって事か?」
実物は見えないし実感もないが、何となく楽しい。
テンションが上がり始めた正巳にマムが言った。
「はい! そのまま、こうグワッと手を上げて下ろして下さい!」
言われるままにすると、空中を漂っていた赤い点が一斉に海中へと向かって行った。赤い点が海の中に沈んで行くのは分かったが、どうにも見えない為、実感がない。
「目で見えるともう少し楽しそうだな」
そう呟いた正巳は、マムの「今は難しいですが……」という言葉に「いつか出来るようになるのか」と苦笑した。
その後、周囲の警戒に集中していたサナに事態が収束した事を伝えると、少し残念そうにしながらも「分かったなの」と言って警戒を解いていた。
普段の様子から想像つかないかも知れないが、スイッチの入ったサナは口数が少なくなるのだ。
「あ、ボスにゃんなの!」
前方の海面から上がって来たボス吉に、そう言って駆け寄ったサナだったが、その近くまで行くと表情を変え並んで戻って来た。
普段であれば、濡れている事などお構いなしに抱え上げるのだが。一体どうしたのかとその様子を確認すると、どうやらその原因はボス吉と、その口にくわえられたモノが原因らしかった。
「……ご苦労だった」
目の前に置かれたのは、千切れた腕だった。持ち上げて確認するが、その断面から爆発で千切れたと見てまず間違いないだろう。どうやら海中から見つけて来たらしい。
「にゃおん」
「そうだな、まず身体に付いた燃料を拭いて貰え」
ボス吉が体を震わせ水を落とさないのは、きっとその身体に付着した物が原因だろう。早速マムが手入れ始めたのを確認すると、横に置かれていた箱にその腕を置いた。
やがて、ハク爺からの帰還報告が入り、アキラへ護衛部への警戒解除通達をし、ミューへの事態終息処理を頼んだ頃、箱の中にはナノマシンによって運ばれて来た人だったモノがあった。
目をそむけたくなるほど原形が無かったが、それでも目を離さなかったのは、直面しつつある事態とその先に予測される無数の衝突を思っての事だった。
「奴らが望むのは、覇権とそれに基づく圧倒的優位に立った自由。そして、その先のあらゆる利権か……果てが無さそうだな」
向けていた目をそっと閉じると、付けていた仮面を手に踵を返した。
背後では、先程まで荒立っていた波が静まり、月を映して揺らいでいた。
◇◆◇◆
海中に散ったゴミと、その液体の処理をしていたマムは、少し前の事を思い出していた。
「どうにか事は済みましたか、そうですね。あの協力者には、後ほどお礼をしておかなくてはいけないですね。お陰で捕捉しきれていなかった部分もカバーできましたし……」
新しく建造された船や、独立して作られたシステムに関しては、まだまだ対応が出来ていなかった。それが、ひょんな事で協力者を得る事が出来、今回の事態をコントロールできたのだ。
「これは、もっと製造強化しないといけませんね。そう、先ずは優先順位の高い国から飽和させて、いずれは地球、いや世界全てを包み込む形で……」
それは、現在拠点を覆う形で防護しているナノマシン。唯一、海中での動作に支障があるのを除けば、もっとも活用領域の幅が広いマシンだ。
今回拠点領海内に侵入した敵は全部で六人いたが、その全てにナノマシンを潜ませた。そのまま戻れば、暴けていなかった極秘基地に関してもじきに明らかになるだろう。
「それもこれも、分かりやすい形で"脅威"を現したからでしょうね。ミミとチカチカはお手柄でした」
ミミとは"多連結型状況対応装置"で、チカチカは"遊泳式小型連撃撃退機"だ。やろうと思えばできたが、今回はその姿を見せ、脅すに抑えておいた。その甲斐あって早々と撃退できたのだ。
「パパも喜んでくれたし、マスターも良い情報が取れたって喜んでくれました。後は、観測した電波についてですかね。今後切り札として出して来るでしょうから、それまでに手綱を奪えるくらいには詳しく解析しなくてはいけませんね」
それは、敵が侵入して以来ずっと観測していた電波。
協力者を通じてその存在については感知していたが、その特殊性から、手を付ける事でそれを感知されるのではないかと、対策が整うまで手を付けずにいたのだ。
その特殊性は、時に残酷にして非情になる"人間"と言う生物を現したかのようだった。
「まったく、こういうのを"狂ってる"って言うんでしょうね。確かに、既存の通信装置など比較にならないほど遅延なくに連携できるとは思いますが。まさか、本当に人体。しかも最も重要であろう箇所に埋め込むなんて」
高性能な受信機で観測し、実際にその遺体を解析したマムは、その結果を知ってため息を吐いていた。報告する必要はあるが、それは自分の最も大切な二人の内一方にだろう。
本来、二人に対して全てを報告する約束だったが、それは例外(今井へ協力要請し、命令して貰う事)を挟めば回避する事が出来る。滅多に取らない対応ではあったが、今回はそれが必要だと思った。
「きっと、パパに伝えたら悲しみますから……」
現実世界において再開され始めた"宴"を見ていたマムは、その場に自分の求める理想がある気がした。自分の理想とは、大切な二人の理想だったが、それがそこにある気がしたのだ。
その笑顔と笑い声を聞きながら、再び激化し始めた攻撃に目を向けたマムは、電脳世界における"秩序の番人"としてその対処に当たり始めた。
リリースして以降、依然として続いていた仮想世界への攻撃だったが、それが最近になってより激しくなっていたのだ。そんな事態に笑みを浮かべたマムは呟いた。
「これでより充実しますね」
それは、相手を強くする事になるとも知らず、新たに組み上げられたシステムによる攻撃だったが……その数分後、攻撃対象であった筈の支配下に入っていた。
きっと、それが目に見える形で表現され、明らかになっていたら皆がこう言っただろう。
電脳世界の魔王――と。
次回は、襲撃者視点での回になります。




