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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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318話 セフィロトの木

 拠点の案内をした正巳は、その後一向をゲストハウスへと案内していた。


 ゲストハウスはハゴロモ全体からして中心部にあり、他と比べても比較的高い位置にある。外へ目を向ければ街の様子を一望でき、その合間にある海と緑に疲れを癒す事も出来るだろう。


 窓は一見普通のガラスで出来ている様にも見えるが、実際には従来のものとは比較にならないほどの強度を誇る全くの"別物"だ。衝撃に強いだけでなく熱にも強い。


 緊急時には防壁シャッターも降りるため、仮に爆撃を喰らったとしても内部にダメージが来る事も無いだろう。必要になる事態が来るとは思えないが、これも万が一の備えなのだ。


 景色を眺めていたアブドラが、感心するように言った。


「まさか海の上に国をつくるとは思わなかったが……こうしてみると、本当に緑が多いのだな」


 それに頷いて答える。


「ただでさえ熱がこもりやすいからな、なるべくストレスがかからない形でと採用したんだ」


「うむ、それでアレは何と言う植物なのだ?」


 どうやら、植物自体に興味を持ったらしい。初めて見たと言って指をさしている。それにどれの事だと目を向けた正巳は、その先にある植物を見て苦笑した。


「あれか……」


 その先にあったのは、太い幹から放射状に枝葉を広げた一本の樹だった。


 それほど大きくも無く、何か目立った特徴があるわけでも無かったが、きっと目立つ場所にあったのが気になったのだろう。それでなければ、もっと他の変わった植物へ目が行ったはずだ。


 興味深げなアブドラの横に並ぶと、言った。


「あれは"セフィロトの木"だな」

「セフィロトですか?」


 ライラが興味を持ったらしい。


「そうだ。花が綺麗なんだがな、この時間だとまだ咲いていないな」


 言いながら確認すると、キュッと閉じた蕾が風で揺れているのが見えた。夜咲くのが特徴の一つだが、その花の色は二色。話によれば季節に応じて変わるらしい。


 正巳の言葉にライラが反応する。


「夜咲くんですか? 珍しいですね。それに、海水で育つ植物と言うのもまた……」


 不思議そうにするライラだったが、どうやらアブドラの方は気付いたらしかった。


「そうか、品種改良だな?」


 それに頷きながら返す。


「ざっくり言うとそういう事だな。まぁ品種改良と言うには、あまりに普通でないやり方をしたみたいだからな。アレを一般的な"植物"と同じにして良いのかは、少し微妙なところだが」


 今井さんに説明されたのは、花が夜に咲く事とそれが季節に応じて変わる事だった。しかし、その研究資料だと言うデータを見た時、その端に何か"木の実"らしき物が見えたのを覚えている。


 特に確認はしなかったが、恐らく何らかの秘密がそこにあるのだろう。例えば、信じられないくらい甘いとか食べると肉の味がするとか……。


「……ふむ、どうもサナに影響されたみたいだな」


 頭を振った正巳に、不思議そうにしていたアブドラだったが、視線を戻すと「そうか夜が楽しみだな」と言っていた。それに頷くと、この後の事について伝えてから一度解散する事にした。


「基本的には自由にして貰って構わない。勿論、この部屋にある物は自由にしてくれて構わないし、VRマシンに関しても自由にしてくれて良い。ただ、時間になったら呼ぶからな。あまり夢中になり過ぎないように頼むぞ」


「うむ、見た感じ最新型だな! よし、ライラよ勝負だ!」

「ちょ陛下?!」


 早速試そうと言って手を引くアブドラと、それに慌てながらこちらに頭を下げて来るライラ。そんな二人の姿を見ながら、脇に控えていた従者たちに苦笑した。


「お前たちの分の部屋もあると思うが、ここは自由時間――休憩で良いと思うぞ。近くにはライラが居るし、必要であれば全てこちらで用意する。なに、悪い話ではないだろう? あの二人に二人っきりのの時間を作ってやって。それ欲しいだけだよ」


 そう言った正巳に、四人いた従者は頭を下げると「感謝します。それでは交代で休憩を頂きます」と言って、二人は残り二人は下がって行った。


 迎えに行った時ライラが指名した四人だ。きっと、忠臣なのだろう。


 その後、問題が無さそうな事を確認した正巳は振り返ると言った。


「さて、俺達も向かおうか。ミューが一緒だから大丈夫だとは思うが、二人は無事着けたのか?」


 と言うのも、どうもサナにしてみれば、この拠点は迷路そのものらしいのだ。


 本人に自覚がないのか、それとも意地になっているのか、マムの案内を受けようとしない所も影響しているのだろう。これまでに何度も一人で出歩いては迷子になっていた。


「そうですね、先程到着して……。ええと、どうやら開催されていた『天衣武道大会』とやらに殴り込んだみたいですね。これは……、私も参加して良いのでしょうか」


 急におかしな事を言い出したが、理由は何となく分かっている。


「あのな、俺に勝ったらって約束した"景品"が欲しいんだろうが、アレは頑張ってる子供らの為に提案しただけであってだな。と言うか、そもそもその何たら武道大会ってのも初耳なんだが……もしかして先輩がまた何か企画したのか?」


 この手の話には先輩が絡んでいる――そう思ったが、どうやら的が外れたらしい。残念そうにしながら首を振ったマムが言った。


「いいえ、今回の件ではジュンヤと言う少年が、中心となっているみたいですね……マムもご褒美が欲しいです。そうだ! 今度は、私の世界でイベントを企画して、そこにパパを招待すれば……ふふふ、そうすればパパもきっと……」


 わざとなのか何なのか、後半からは心の声をだだ洩らし続けているマムだったが、どうやら今回の件は先輩とは無関係らしい。決めつけは良くないなと反省すると言った。


「そうか、先輩とは無関係だったか。疑ったりして悪い事したな」


 それに首を傾げてマムが言う。


「いえ、無関係ではありませんよ? そもそも、ジュンヤは十二給仕の内の一人ですから、上原さんに付いてかばん持ちみたいな事をしていましたし。その中で、主に企画やマーケティングなどを学んでいましたから」


「え、そうなのか?」


 そう言えば、十二人いる給仕のまとめ役は、それぞれの担当分野に応じて多少変則的な学習を行うと聞いていた。きっと、この少年の場合先輩に付くのが、その一環だったのだろう。


 ――やっぱり先輩の仕業じゃないか。


 そう叫びそうになった正巳だったが、口に出しそうになって止めた。そもそも今回の件に関して、マムは「少年が企画した」と言ったのだ。であれば、ここで先輩の事を持ち出すのは余りに配慮がない発言だろう。


「"成長した成果を見る"か、そうだな……」


 そう、このイベントも考えようによっては、子供の成長の成果なのだ。


 気合を入れ直した正巳は、その後マムの案内で地下にある訓練場まで向かった。道中、その経路を振り返った正巳は「マムの案内無くては、俺も迷子になるかもな」とそう感じていた。


 その後、会場に到着した正巳だったが、その盛り上がりように驚く事となった。


 どうやら、正巳との組手をピラミッドにして、その代表者を選ぶ選抜戦を行っていたらしい。聞けば、拠点全体で放映しているとも言う。


 その規模間に苦笑した正巳は、それぞれ『一般』『給仕部』『護衛部』『特別枠』から選抜された面々を確認して、なるほどなと思った。


 一般枠では、給仕部と護衛部を除いたすべての人が対象らしく、そこに居たのはハク爺だった。もはや一般人ではない気がするが、きっとその辺りは今後の課題なのだろう。


 給仕部からは、十二給仕の第二位である青年"コウ"がエントリーしていた。以前、ミューに負けて悔しがっていたのをよく覚えているが、どうやらその辺りは納得したらしい。良い顔になった。


 護衛部からはアキラだったが、どうやらかなりの接戦があったらしい。アキラの顔も、ハクエンの顔も多少あざの痕が残っていた。


 ここまでは、ある意味順当と言えば順当だった。問題なのは特別枠だった。そこにあった名前は、"今井美香"他でもない今井さんの名前だった。


 どういう事かと悶々としていた正巳だったが、結局それは当の番になってから知る事になったのだった。"自動応戦式強化スーツ"そう名の付いた物に身を包んだ今井さんは、自信満々で出て来るとこう言ったのだ。


「さあ、ここで勝って僕の願い二つ分を叶えて貰うよ!」


 きっと、使う人が使えば、それなりに効果を発揮する代物だったのだろう。開始の合図と同時に裏を取った正巳に、スーツを着た今井はきっちり反応していた。


 ――いや、スーツが反応していた。


 スーツは反応すれど、本人は反応できていなかったのだろう。勝手に動いた事に驚いたらしい今井は、足をひねると同時に上半身を一回転半させていた。


 それを、落下して地面に激突する前に受け止めた正巳は、苦笑と共に言った。


「危険なので止めて下さい」


 それまでの激闘――ハク爺から始まり、コウ、ハクエンと続いた組手だったが、最後の一戦は何とも言えない終わり方をしたのだった。


 項垂れる今井だったが、マムの持って来た担架に乗るまでの間、正巳の腕の中にあって心なしか頬を緩ませていた。その後、一言を求められた正巳は「励め」と一言残して戻った。


 外に出ると、そこには既にアブドラとその一向が居て、待っていた。


 案の定、先程の組手もとい"天衣武道大会"について聞かれたが、適当に返しておくに留めておいた。あまり話し過ぎては、きっと「次は二国合同でやろう」となり兼ねない。


 その後合流したハク爺は、何故か勝手に話を進めようとしていたが……。


「うむ、今宵は良い宴日和だな!」


 アブドラの声に呼応するように、賑やかな宴が始まった。


 特に告知をしていた訳ではなかったが、口伝(くちづた)いに広まったのだろう。沈みかけていた日が水平線の向こうへと見えなくなる頃には、すっかり大宴会と化していた。


 その様子を見守るのは"守護者"と"監視者"、そして"観察者"だった。


 声を上げる事も無く見つめていた花は、その月の光の下、そっと青く揺らめいた。


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