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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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317話 笑顔の裏の真実

 仮想世界とそれに関する話をして、おおよそ二か月が経過していた。


 話をして直ぐ、各方面のリーダー達を始め、既に運営に関わっていたメンバーを招集した。きっと、そこで前もって共有していたのが良かったのだろう。


 正式に発表したタイミングでは多少混乱があったものの、経験者であるメンバーやリーダー達の説明もあって、その後は比較的スムーズに準備が出来ていた。


 具体的に進めたのは、接続(ログイン)環境の配備と事前知識の講習だった。中でも力を入れたのは"倫理講習"だったが、特に徹底させたのは「命は同じ命」と言う事だった。


 何せ、曰く「いずれ現実で出来る事はその殆どを実装する予定です」との事だ。現実世界と"命"の立ち位置が大きく変わる世界にあって、その辺りをしっかりするのは必要不可欠だろう。


 そもそも、子供達も利用する可能性が高い以上、情操教育の面で外せない。


 現在仮想世界(向こう)では、その各エリアごとにその地域を治める存在が現れ始めている。これは、はじまりの町から出ると、その外には限りなく続く広大な自由なエリアである事が影響していたが、当然当初からこの流れはあった。それが、二年と言う月日をかけて凡そ固まって来たのだ。


 地域によって違う色は、そのままその下に集まるプレイヤーのプレイスタイルを現していた。


 この仮想世界のうたい文句は「第二の現実」だったが、その特徴の一つが仮想世界で稼いだ通貨"アルマ"は、そのまま現実世界で使えるハゴロモ発行通貨の"アルマ"だと言う事だ。


 稼ぎ方は様々だったが、プレイヤーの大半は先ずこの通貨を集める事に躍起になった。


 その過程で、素材を集めて来て売ったり、道具屋を始めたり、闘技場に繰り出したりと色々な手段が生まれていた。しかし、そうして真面目に稼ごうとする者がいれば、当然の如くその反対もいる。


 折角集めたモノを横から盗んだり、プレイヤーを待ち伏せして強奪する者なんかもいた。


 その後、そうした不届きものを罰する為、元より備えていた"役場"――プレイヤー達にこの呼び名は不評で、後に"冒険者ギルド"と改名する事になった――に、賞金首指定の依頼が来たりもした。


 これは、そもそもプレイルールを設定していなかったのが原因だったが、制限を設けていなかったのには理由があった。その理由とは"観察"、つまりデータを取る為だった。


 しかし、子供達が活動を始める事もあり、このままでは不味いだろう。


 やがてその地域に君臨するであろう領主や王には、独自権限"法律"を最低限許可するとして、その上にルール……"世界法"とでも言おうか、その設定が必要だった。


 何はともあれ、着実に進んでいたのは、こうしたソフト面での話だけではない。ハード面での準備、接続(ログイン)環境の配備――も順調に進んでいた。


 接続に必要なのは専門のカプセル型機械だったが、これらは少し特殊(・・)な場所に設置した。特殊と言っても、別に外見的に変わっている訳ではない。


 特殊なのは、その部屋がいざと言う時"独立"すると言う点だ。独立と言うと少し想像しづらいが、要は海中で何かあった際の保険の事なのだ。


 そもそも、可能性として限りなく薄い事ではあるが……。


 保険として何らかの問題が起きた時、必要であればこの部屋自体が独立して船となる。もっとも、これは最初から考えていた事ではなく、その可能性を指摘され、その結果導き出した答えだった。


 指摘したのは先輩で、答えたのは今井さんだ。


 きっと、「俺がカプセルに入っている時、何かあったら」と考えたのだろう。


 打ち合わせ中、飛び込んで来た先輩に笑って頷くと、以前建造して拠点移動っきり使っていなかった船を利用すると答えていた。


 移動して来てからも人口は増えていたが、その不足分は順次用意すると言う話だ。部分部分で見れば問題がない訳でもなかったが、全体としてみれば順調だった。


 そんな中、一部施設を除き拠点をぐるりと回っていた正巳は、その傍らに座る男を見てため息を吐いた。


「どうだ満足したか?」


 ガラス面に顔を張り付けていた男は、それに振り返ると頷いた。


「うむ、これは想像以上だった!」


 続けて「もう一周してくれ!」と言ったのに苦笑するも、最後だと頼み込む姿に仕方ないなと頷くしかなかった。何より、その後ろで頭を下げるライラが気の毒だ。


 マムに「また違うルートで頼む」と言った正巳は、動き始めた潜水艇に背を預けながら、その外に広がる海底世界に視線を戻していた。


 今回アブドラが来る事になったのは、実を言うと急な話ではなかった。


 単に忘れていただけだ。


 その証拠に、以前頼んでおいたライトアップ用の照明がきちんと灯っている。


「綺麗だな……」


 ボソッと呟いた正巳に、心配そうな顔をしたミューが耳打ちしてくる。


「夕方ごろの"組み手"はキャンセルしますか?」


 それに首を振って答える。


「いや、別に疲れてはいないんだ。単に忘れていた俺が悪いしな。それに、そっちの予定はブッキングしてないから、上手い事合間にでも挟むさ。……なぁ、今井さん怒ってたよな?」


 思い出しながら聞くと、少し考えて「楽しみにしていたのは知っています」と返して来た。どうやら、今日約束していた"二人でランチ"は、破ってはいけない約束だったらしい。


「そうだよなぁ……」


 呻くように呟いた正巳は、外に広がる幻想的な光景に目を向けながらも、その瞳には別のものを映していた。それは、今朝マムから言われてアブドラが来る予定だったと気付いた事と、その対応のため交わしていた約束が守れない――そう伝えた時の、今井の表情だった。


「うおっ、おいアレは何だ? 友よ、アレは何なのだ?!」


 急に声を上げたアブドラに、悠々と深い海を泳ぐソレを指して答えた。


「こっちの関節が多い蛇みたいなのは"ミミ"で、向こうに光って見える小魚の集団みたいなのは"チカ"だな。あれは周囲を警戒している、一種の防衛装置のようなものだ」


 そう言って説明した正巳に、後ろで手を上げたサナが言った。


「そうなの良い子なの!」


 実は、この二機ともサナ命名なのだ。


 その由来は、以前見せた生物の写真から影響を受けたらしく、ミミズから名前を取って"ミミ"。もう一方は、光が多くてチカチカするから"チカ"だそうだ。


 今井さんによると、正式名称は"多連結型状況対応装置"と"遊泳式小型連撃撃退機"らしい。長くて呼び難いのとわけ分からないので、取り敢えずサナ案を採用している。


 良い子かどうかは置いておいて、この二つとも拠点防衛に寄与しているのは間違いないだろう。


 小魚のような形をした兵器が、猛スピードで突進して行き、その固さと推進力で対象を破壊するとか、長い蛇のような機体があらゆる電波を受信していて、対象を限定した電波工作が可能。果ては、電子機器で動く機体であればそのまま誘導して来れる――とか、一見過剰すぎる面は横に置いておくとして。


 説明した正巳の言葉を引き継ぐように、移動して来たサナがその素晴らしさをアブドラへと語っている。その内容は「背中につかまると面白い」とか「一緒に泳ぐと楽しい」とか言ったものだったが、何にせよアブドラにしてみれば興味を掻き立てる話だったらしい。


 楽しげに話している様子を横目に、頭の中で別の事を思い巡らしていた正巳は呟いた。


「埋め合わせしないとな」


 それに反応したのは二人だったが、その内一方は満足気で、もう一方は首を傾げていた。首を傾げていたのはミューだったが、どうしても納得できないと言う様子だった。


「お姉さんも訪問予定は把握していたはず。やっぱりおかしいです。もしかして……」


 それに応じるように顔を寄せたマムは、そっと耳元に口を寄せると言った。


「今日の給仕指示(コンダクト)は私が行ないますから、ミューはパパに付いていて大丈夫ですよ」


 それに顔を輝かせたミューは、一瞬体を強張らせた後でその手を取った。それは他でもない"裏取引"だったが、真実に辿り着いたミューへのご褒美でもあった。


「……そうです、悪い事ではないんですから構わないですよね……」


 この時、もし聞き耳を立てていたら、きっとその"本当の事"に気付いただろう。しかし、この水の音と会話声の溢れる中にあって、その力を抑えていた正巳は気付くはずも無かった。


 ため息を吐いた正巳に、そっと近寄ったミューの頬はほころんでいた。


どうにか更新できました。


最近読者様からプレゼントを頂き、嬉しくて小一時間飛び跳ねていました。次話はもう少し早めに更新します(多分)常日頃からの感謝を込めて_( _´ω`)_ペショ

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