315話 マムの宝箱
――二年後――
目の前には、大小様々な部屋が縦横に連なった拠点図がある。
その見た目はまるでアリの巣か何かのようだが、決定的に違うのはそれが地中ではなく海中――岩盤にその基礎を置きながらも独立している――と言う点だった。
説明するまでも無い事ではあるが、これはハゴロモの拠点であり領土。それを立体映像として描き出したのが、目の前に浮かんでいるこの"拠点図"だった。
その全体を眺めていた正巳だったがふと、ずっと下の方に一つの部屋があるのを見つけた。それを拡大すると、映像が一部半透明になり内部の構造から何からが見えて来る。
その部屋は真四角でいて独立しており、周囲を幾つかの防御壁で囲われているようだった。特に気になった訳でもなかったが、こうまで"特殊感"が露骨だと聞かない訳には行かないだろう。
「これは噂の中枢制御室ですか?」
何でもない風に聞いた正巳だったが、それに応じた今井は驚きを隠せない様子だった。目を丸くして詰め寄ると、両肩をがっしりと掴んで来る。
「どこでそれを?!」
若干良い匂いがする。
「何処でって、前にマムと話してましたよね」
それに首を傾げた今井は、眉を寄せ唸ってから言った。
「君の耳は地獄耳かい? まったく、それは極秘も極秘。存在すら隠しておきたい話なんだ。それに"噂"って、どこか他でもそんな話が――」
取り乱す今井を落ち着かせる。
「ないです無いです、噂ってのは言葉のあやですよ。でも、そうだとしたらこれは何の設備ですか? 随分と警備が厳重なようですが……」
見ると、その部屋に繋がっているのは幾つかのケーブルのみで、人の通るような通用路がない事が分かる。明らかに、人を排した設計になっているのだ。
頷いた今井が答える。
「まぁ、これも重要な設備には変わらないからね」
「いったい何の設備なんですか?」
そもそも、拠点の設備のアレコレを正巳が知らない事。それ自体がおかしい気もしたが、とは言え全て正巳がそうお願いした事なのだ。仕方ないだろう。
以前は一々説明してくれていたが、あまりにもその件数が多く理解も行き届かなかったので諦めたのだ。代わりに、時々こうしてまとめて確認するわけだが、偶にとんでもないものが見つかる事もある。心の準備をしていた正巳だったが、その口から出た言葉にほっとした。
「これは、この拠点の必要エネルギーを賄っている"核融合炉"、通称エネルギールームだね。近くに置いておくものでもないから、こうして少し離してあるんだ」
それに確認するように聞く。
「その、管理とかいざと言う時も問題はないんですよね?」
正巳の頭には、"事故"とか"爆発"とかいった言葉が浮かんでいた。そんな様子を見透かしてか、頷いた今井がマムに話を振った。
「マム、どれくらい安全で丈夫か説明してくれたまえ!」
それに元気よく頷いたマムが話し始める。
「このエネルギーコアは、そのサイズが大きな事もあり常にマムの分体――マム自身が直接100%管理しています。意図的に反応を起こす事は出来ますが、その際も問題ありません。核爆発にも耐え得る防御壁を常に展開していますので、爆発が漏れる事は愚かその気配すら察知できないでしょう。当然、外部からの核による衝撃にも耐える設計ですので、その心配もありません」
どうやら、安心安全な設計らしい。
その具体的な仕組みについて話が及んだ処で、そろそろついて行けなくなり始めていた。横で頷いている今井に苦笑すると、話を切り替える意図もあって言った。
「なるほどな、つまりそのシステムで行くと、もう一つ"融合炉"はあるわけだな。それと、噂の……でなくて、普通の中枢制御室ってのは結局あるのか?」
すると、それに何故か恥ずかしそうにもじもじとし始めたマムが、今井の陰に隠れた。状況が分からず表情で以って説明を求めると、笑った今井が言った。
「ふふ、まぁマムにとっては自分の最も大切な、カラダの話をしているようなものだからね。それは少しくらいは恥ずかしいさ。それと、この話は本当に、今この瞬間だけにしてくれたまえ」
真面目な顔で言う今井に頷くと、「デリカシーが無かったな」とマムに謝った。
「ええと、まぁパパであれば良いんですけど。でもやっぱり、パパだからこそ少し恥ずかしくて」
そう言いながら出て来たマムは、正巳と手を繋ぐと今井に頷いた。どうやら、自分で説明するにはやはり少し恥ずかしかったらしい。人工知能であるマムに羞恥の心などないと思っていたが……
その到達点を人と同じである事とするならば、ある意味それは当然の感情で、この感情を持ってこそマムを完全と言えるのかも知れなかった。
今井に「この場で聞いた事は他言しない」と約束すると、それに頷いた今井が話し始めた。
「中枢制御室と言うのは、実は言葉通りではないんだ。それこそ最初期にはその言葉通りの機能を持ったサーバーがあったんだけどね、今ではそれはネットワークに繋がった全ての機器がそれに当たるからね」
言われてみれば、確かにかなり以前にではあるが聞いた覚えがある。
「それじゃあ、その中枢制御室って言うのは?」
全体がマムであれば、特別そんなものを用意する必要はないはずだ。そもそもどう考えてもリスクしかない。正巳の言葉に「考えている事は分かっているとも」と頷いて今井が続けた。
「説明の前にだけどね……正巳君は、人に魂が存在するとしてその魂が何処か別の場所、別の世界、別の身体に入ったらそれは元の人と同一だと思うかい?」
話の意図が分からなかったが、質問に答える。
「それはつまり、宗教における輪廻転生の話ですか?」
頷いたのを確認して言う。
「難しい話ですが、その"元"と言うのが前世の記憶を持った同じ人格の、と言う話なら違うと思います。人は経験によって考え、成長し育まれるものですから」
その言葉に今井が答える。
「つまりそういう事さ、マムはその根源に僕たちとの関係が刻まれている。でもね、それ以外――つまり、こうして一緒に色々経験し育んで来たマム自身――は唯一なのさ。マムにも変わりはいないと言う事だね」
今井の言葉にマムが若干ハニカミながら頷く。
「つまり、中枢制御室と言うのは……」
それがマムにとってどれほど重要なものかと気付いた正巳は、思わず口をつぐんでいた。そんな正巳に理解を示した今井だったが、その空気を変えたかったのかマムが言った。
「マムにとっての大切な宝箱、マムがマムでいる為の箱です!」
話によると、それが何処にあるかは今井ですら確認していないらしい。しかし、それはある意味当然の事だろう。「知りたいですか?」と聞いて来るマムに首を振ると言った。
「俺にとっても大切な宝箱だ、大切に隠しておいてくれ」
その後、最近増築したと言う"領土"の説明を聞いていたが、昼食の用意が出来たと迎えに来たサナの姿に、一先ず今回の確認はここまでにしておく事にした。
◇◆◇◆
ハゴロモの発展は、その居住区の拡大推移を見ても明らかだった。
順調に広がりつつある居住区だったが、それと同じくらい順調に人口も増加していた。
居住区と同じくらいとは言わないまでも、相当な数"訓練設備"や"研究設備"なんかも増えていたが、それらは上がって来た要望に応えた結果でもあった。
新しく増えた区域内には、試験的に取り入れる事になった自由区と商業施設もあったが、それらは徐々に生まれ始めていたハゴロモ国内の経済活動の表れでもあった。
他の国と違うのは、そのあらゆる原材料の供給元が国である事だったが、逆にそれは安定した経済を実現するには最も合理的かつ最良の環境だった。
増え始めた人口の中、一部非行に走る者も居たが、そのような者たちは決まって護衛部の下部機関"警備部"の警備員によって引いて行かれていた。
その大半は年端も行かぬ子共だった為、しごかれ鍛えられ、数か月もしない内に今度は目を光らせる側へと変わっていたが……そんな姿を見ていた子供らの間では、引いて行く警備部隊を"強制良い子部隊<G-corps>"と呼んでいた。
大人の数に対して圧倒的に子供の数が多かったが、それは正巳の「助けが必要な子供は引き取り育てる」と言う言葉が影響していた。
十六歳で成人、十八歳で大人と決めたハゴロモでは、成人した時点で国内で暮らすか外の世界に出て暮らすかを選択する事が出来た。
外で暮らすと決めた場合、残り二年間で外で暮らすための教育を受ける事になっていたが、それはどうしても馴染めなかった子供への配慮と自由と可能性を尊重した結果でもあった。
ほとんどの場合国内で暮らす事を選択し、国籍を正式に取得する子供が多かったが……それでも一部、元居た国へ戻る事を選択する子供もいた。
その理由は、自分の生まれた国を良くするためだったり、かつての自分達と同様苦しんでいる子供を助ける為にと立ち上がる為だったりした。
そんな、二年後の独立を目指し勉強していた者達だったが、まさかそれが違った形で実現する事になるとは、この時はまだ思ってもいないのであった。




