313話 営業会議
目の前には、六つの頭十二の瞳が並んでいる。
"並んでいる"と言うと、あたかも何かガラス瓶に入れられ、濁った視線を恨めし気に向けて来るかつて生きていたモノ――のような連想をするかも知れない。が、安心して欲しい。
別にバイオレンスな状況ではないし、もっと言えば、そもそも目の前にあるのは実体ではなく映像。こことは別の場所にいる彼らを、映し出した物だ。
いま正巳は、彼らと仕事の話をしている途中だった。
『――と言う事で、こちらも細々とした問題を除けば、凡そ予定通り進んでおります。尚、現地政府より"検閲"の通達がありましたが、そちらも通常通り処理致しましたのでご報告のみ』
途中から話半分で聞いていた正巳だったが、報告を終えた女性に目をやった。
彼女は、ここに集まった六人の中で、今回まとめ役を担う事になったアレクシアだ。ギリシャ人の血を引いているだけあって、彫りの深い整った顔立ちをしている。
反応を返さないでいると、段々とその表情が不安げに変わって行くのが分かった。慌てて頷くと、それだけでは不十分だったかなと申し訳程度に付け加える。
「期待通りだ」
ほっと息を吐いているアレクシアに、正巳も内心安堵していた。
どうなる事かと思ったが、彼らに任せて正解だったらしい。目の前に並んでいるのは、ビジネスパートナーにして優秀な部下たち。今回のビジネスに必要なメンバーだった。
彼らは、別にハゴロモの国民と言う訳ではなく、正巳にとっても飽くまで"部下"でありビジネス上の関係があるだけだ。しかしそんな彼らとも、こうして関係づくりが出来ている。
気になるのは彼らについてだろうが、彼らは、かつての正巳の勤め先であり、今や正巳のものとなった京生貿易。その"社員"だった。
以前「京生貿易のオーナーになりました」と聞いてはいたものの、ついこの間までその事をすっかり忘れていた。それを思い出したのはマムに言われてからだったが、それも仕方ないだろう。
何せ、基本的な手続きから複雑な決算処理まで、ありとあらゆる事をマムが代行していたのだ。実感も何もある筈が無い。棚からぼた餅、知らぬふすまに鶴がいた――だ。
まぁそんな正巳の事情はともかくとして、彼らはマムの内偵を通過した選ばれたメンバーだった。どうやら、かなり早い時期からマムによる"審査"がされていたらしい。
一人一人の資料からは、前の担当部署が倉庫整理だったり新入社員だったりと、決して第一線で働いていた者達ばかりではない事が分かる。しかし、そんな事は些細な事だ。
仕事を見れば成否は明らかであり、少なくとも、今の時点までで問題に感じる事は何もなかった。恐らく、マムのサポートあっての事ではあるだろうが、それでも十分だ。
「そう言えば、"工場"の方は問題ないか?」
ふと思い出して聞いた正巳に、筋肉質な男が頷いて答える。
『問題なく稼働しています。予測される需要を考えると、まだまだ稼働率を上げたい処ですが……』
男の名前はオリバー・ストーン、六人の中では特に"工場"の担当をしている。褐色の肌に筋肉隆々なオリバーは、実家が鍛冶屋で幼い頃からモノ作りが身近にあったらしい。
その言葉に頷きつつ、オリバーの隣に居て対照的な男に振る。
「アメリカでの売り上げ予測はどうだ?」
それに、スーツをパリッと着こなしオールバックに髪を撫でつけた、いかにもビジネスマンな男が口を開く。名前はノア・ファーガソン、主に交渉を生業にして来た男だ。
『私が頂いた情報を基に算出した結果ですと、凡そ三時間以内には売り切れるかと。これが一桁二桁違うともう少し違うのですが……』
今回アメリカ向けに用意したのは三千台。物がモノだけに、値段は一台当たり二千万円を超える。それが数時間以内に売れると言い切るのだから、まぁ売れる事に間違いないのだろう。
単純計算で二千万×三千台=六百億円……と計算した処で、少し不満げな表情を浮かべていた男が、いよいよ我慢できなくなって――と言った風に手を上げた。
「どうした?」
それにこくりと頷くと、恐る恐ると言った様子で言う。
『あの、私の担当しているエリアは広いのデスよ。ですので、たった二千ちょっとでは直ぐに売り切れてしまって在庫が足らなくなってしまうのデス』
一見幼く見えるものの、れっきとした成人男性だ。それに答えようとした正巳だったが、更に横で険しい目つきをしている男がいるのを見て、息を吐いた。
「スミス、答えてやれ」
それに頷いたのは、キリっとした眉をたくわえた青年だった。
『ジュベナール・ハマテ・ラングーラム、少し勘違いしているようだ。今回は宣伝と市場調査を主目的とした"β販売"なのだ。売上で競うのは的外れで理解が足らぬ』
鼻からフンスと息が出ていそうな様子に、上がりかける口角を抑える。
『はぁぁ~分かった、きっと私の担当しているエリアよりずっとずっと少ない数だから、ひがんでいるんデスね。千って、ぷぷぷっ!』
ジュベナールがそう言って挑発すると、顔を赤くしたスミスが肩をプルプルと振るわせ始める。どうやら、このままでは面倒な事になりそうだ。
「二人とも、ちょっと良いか?」
軽く注意しようとした正巳だったが、その言葉に反応したのは二人だけでは無かった。それまで黙っていた他の四人も軽く頭を下げ、聞く姿勢に入っている。
大した事を言うつもりはなかったが、仕方ないので全体に向けて口を開いた。
「オリバー、ノア、ジュベナール、アレクシア、スミス、そしてフォン。お前たちは今後、四大陸六地域にて其々その責任を負う事になる。これは即ち、世界を変える商品。それを世界に提供するその責任を負うと言う事だ」
目の前にいる六人は、マムが選んだ各地域の担当責任者だった。当然、それぞれの下には少なくない数の部下がつく事になるが、この六人の責任は段違いなのだ。だからこそ――
「責任を感じ、意識を高く持とうと言うのは良い。だが、お前たちの間で争いがあるのは違うだろう。何か問題があれば互いに助け合い、それを解決する。これが必要だ。いや、必須だ」
マムが選んだ六人だったが、何とも不思議な人選だと思う。
普通だとノアのようなビジネスマンで揃えるのだろうが、ここにいるのは"雇い主"の前ですら、自由に話し始める"変わった"者達だ。
「お前たちを信じているし、何かあっても決して見捨てない」
いや、もしかしたら"だからこそ"なのかも知れない。そこで息を止めた正巳は、それぞれのつむじを見ながら繰り返しとなる言葉を言った。
「だから、お前達も助け合うんだ」
数秒の間があった後、下げていた頭を一人あげた女が言った。
『私アレクシアを始めとした六名、拾って頂いた恩に報いる為、互いに助け合い補い合い、必ずお役に立つと誓います。売れと言われれば、例え我が身であろうとも――』
『誓います』
そのあまりに揃った一連の動きに、思わず一歩引いていた。
まるで何か、高潔な傭兵団か何かを率いている気分になったが、そんな矛盾した感情を横に置くと一先ず〆てしまう事にした。
「これで営業会議を終わりにする!」
順に消えて行く映像を見送りながら首を傾げると、最後の一人が戻ったのを見て口を開いた。
「お前の仕業だな、マム?」
そう言って白状しろと詰め寄ると、少しずつ本当の事を話し始めた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
書いて直上げしているので、おかしなところあればご指摘ください。
明日も投稿予定です。




