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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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312話 興奮中毒者《スリルジャンキー》

 グルハから帰還後、約二カ月が経過していた。


 あの日朝帰りした正巳達は、それぞれが選んだお土産を手に持ち帰っていた。お土産タイムは休んでからと言う都合上、その日の夕方ごろだったが……かく言う正巳も持ち帰った物があった。


 持ち帰ったのは二つ。


 一つは、残り僅かとなった"神殺しの酒"でその瓶だった。その贈り先は言うまでも無く上原先輩だったが、それを受け取るなり「なんだ毒か毒なのか?」と失礼な事を連呼していた。


 入っていたのはほんの僅かだったが、アブドラによるとカクテルに使っても良いと言う話だ。先輩であれば、良い感じに楽しんでくれる事だろう。


 もう一つ、持ち帰ったのはダイヤの形をしたペンダントトップだった。


 これは今井さんへのお土産だったが、ふと目に留まった中にあった物で、はめられていた紫色の宝石が今井さんに似合いそうだなと思ったのだ。


 渡しに行った時は、いつも通り何か集中して作業している途中で、話しかけてもほとんど反応がなかった。仕方なく近くの机に置いて来たが、後日胸元にあるのが確認できた。


 きっと、少しは喜んでもらえたのだろう。


 ちなみに、サナもお土産を持ち帰っていたが、その贈り相手はミューとリルだった。相変わらずリルは個室で過ごしていたが、そんなリルには小さな単眼鏡を、ミューには片眼鏡を渡していた。


 リルはともかく、何故ミューに"片眼鏡"なのかは分からなかった。少しして分かった事だったが、どうやらサナのイメージでは優秀な給仕に必須のアイテムだったらしい。


 少し大きな片眼鏡を付けたミューに、サナは満足そうだった。それに対してミューも嬉しそうにしていたが、折角だ。今井さんに頼んで、サイズ調整して貰うよう言っておいた。


 そんな事があってから、はや二か月――


 一歩後ろを付いて来るミューを横目に、こう(・・)なったかと苦笑する。


 昼過ぎに今井さんの呼び出しを受けたミューだったが、先程帰って来るとその眼には、サイズ調整のされた片眼鏡が付けられていた。


 まぁ、そこまでは別に良いだろう。それこそ、ピシッとしたミューが付けていると、可愛さと格好良さが相まって尊さすら感じる。


「似合ってるなの!」


 サナはきっと、自分のプレゼントした物を使って貰えて嬉しいのだろう。楽しそうにグルグルとミューの周りを回ていた。その様子を眺めながら、途中だったマムの説明を聞く。


「それで、多視点への接続(・・)だったか?」


 頷いたマムが説明の続きを始める。先ほど聞いたのは、顔のサイズに自動調整されるようになった事と、それを実現する為にナノマシンを組み込んだと言う話だった。


「はい。今回のアップグレードは"サイズ調整"が主目的でしたが、それに用いた方法のお陰で、別途機能を追加する事が出来ました」


 最早、アップグレードと言うよりは、"作り直し"に近いだろう。サイズを横に置けば、見た目はまったく変わっていない。しかし、その中身を見れば全くの別物なはずだ。


「その機能と言うのが?」

「多視点への接続。具体的に言うとすれば、支配下にある入力装置の視点を見る事が出来る機能です。色々な使い方が出来ますが、主に監視、観察、捜索に応用できるかと思います」


 その説明になるほどと理解した。


「つまり、俺の仮面のような機能を持っている訳か」


 正巳の仮面には、同じようにカメラからの映像を映し出す機能が付いている。


 主に、"ヤモ吉"と呼んでいる超微細分散監視装置――小型のカメラ群と連携して作戦を行う為の機能だが、考え方を変えればこれは色々とサポートするのに便利な機能だろう。


 突っ込み処はあったが、ミューが喜んでいるようだったので良い事にした。


「そう言えば、グルハの方はその後どんな感じだ?」


 グルハの方、つまり"工作員関連"の話だったが、どうやら特に心配するような事も無かったらしい。頷いたマムが、「順調に対策が進んでいます」と言うのを聞いてほっとした。


「潜伏している工作員の内、八割以上が既に排除されました。残りの二割弱に関してもその全てが監視下にあり、状況をコントロールしている状態です」


 どうやら、完全に排除するのではなく、敢えて残す事で利用する事にしたらしい。確かに、完全に排除してしまうよりは、その方が賢いのかも知れない。


 なるほどなと頷い正巳は、グルハに輸出する事になった"品目"の確認をした。


「輸出準備の方はどうだ?」


「既に幾つか取引を終えましたが、思いの外スムーズに進んでいます。これもトップが主導している為だとは思いますが、この調子で行けば半年以内に成果が見え始めるかと」


 話では、一応制限を掛けているとの事だったが……。


「それで、その成果はどの程度になりそうなんだ?」


 成果と言ってもピンからキリまで様々だ。きっと、生産性が何%改善したとかそういう話になるのだろうなと思ったが、どうやら想像と違ったらしい。


 少し考えるポーズを取った後でマムが言った。


「半年以内に年単位での進歩、上手く行けば十年分ほどの"技術的進歩"があるかと。とは言っても、元々かなり遅れている国でしたので、ようやく近代化した――と言える程度でしょうが」


 中々厳しい評価だが、そう違ってもいないだろう。


 グルハでは、街並みや人々の雰囲気含めて、タイムスリップしたような感覚を覚えた記憶もある。よく言えば、歴史のある国らしさが詰まっている国なのだ。


 今回こちらから技術提供する事になったのは良いが、その弊害が出るのは望ましく無い。取り返しのつかなくなる前に釘だけ刺しておく事にした。


「マム、街の外観や国の雰囲気がなるべく変わらないようにな」


 何の心配をと思うかも知れないが、別に冗談で言った訳ではなかった。それこそ、気が付いた時には元の街並みは跡形もなく……。なんて事にすらなりかねない。


 気のせいか、「ライフラインを使った社会実験は中止ですね」と聞こえた気がしたが、きっと空耳だったのだろう。頷いたマムが外へと視線を向けたのを見て、それを目で追う。


 そこには、ちょっとしたリゾートなど目ではない光景があった。


「海上プールか、もうすっかり出来上がったな」


 それに反応したのはサナだった。


「そうなのあれ(・・)は楽しいなの!」


 それに笑って返す。


「サナは滑り台が気に入ったか」

「なの!」


「私は少し怖いです……」

「ははは、まあ結構なスピードが出るからなぁ」


「一応、時速五十キロ程度に抑えて設計したのですが」

「五十キロか、それは凄いな……」


 数値だけ見ると大した事がなさそうだが、体感速度としては相当なものだろう。乗用車で感じる三十キロと、ゴーカートで感じる三十キロがまったく別物に感じるのと同じで、それこそ二倍三倍処の話ではないだろう。


 サナは楽しいなどと言ってはいるが、それは飽くまでサナが例外なだけだ。


 世界中探しても、嬉々として高高度落下傘――遥か上空からのパラシュート降下をしたがる子供など、そうそう見つからないだろう。サナはスリルジャンキーだ。


 若干引いているミューに苦笑しつつ、マムに確認する。


滑り台(アレ)には使い道があるんだったか?」


 それに頷いて答えがある。


「はい、緊急時の避難路の一つです」


 確かに、上階からの避難には良いかも知れない。


「そうか……まぁ、普段は遊具の一つになりそうだがな。日常的に慣れておくと言う面では、ある意味良いのかも知れないな。高低差三十メートルは、少しやり過ぎな気もするが……」


 そう呟いて再び目をそちらに向けた正巳だったが、そっと呟いたマムの言葉には反応せず知らない振りをしておく事にした。


「ジェットスライダー……水で滑りを良くすると、理論上八十キロを超えると思うんですが、これはパパには言わない方が良いのかな。でも、マスターは限界を確かめたいって言っていたし……」


 マムは悪くない。後で今井さんに言っておこう……。


 その後、遊びに行きたそうなサナに「程々にな」と言うと、頷いて「見ててほしいなの!」と駆けて行った。それを心配そうに見送っていたミューに頷くと、ペコリと頭を下げて追いかけて行き、途中で引き返して来て片眼鏡を渡された。


 どうやら、預かっていて欲しいと言う事らしかった。


 それを受け取った正巳は、心配しないで楽しんで来いと送り出す。


 そんな正巳に、片頬を少し膨らませ困った顔を作って見せたミューだったが、諦めた様子で笑うと、今度こそサナの後を追いかけて行った。


 それから程なくして二人の姿は滑り台の端に移っていたが、そこには何故かミューまで着替えて立っていた。てっきり見守るだけかと思ったが、ミューも挑戦するらしい。


 その後、二種類の感情のこもった二種類の叫び声を聞く事になった正巳だったが、その声に誘われて集まって来た子供達に、もう少しで海開きも出来そうだなと思った。


 既に室内での水泳訓練の方は、得意不得意こそあれ泳げる者が順調に増えて来ている。


 残るは安全面での確認と、人々の心の準備だった。


 その後、浮遊板(フライボード)に乗って再び上がって来たサナに、人々が歓声を上げていた。それに軽く応えていたサナだったが、正巳と目が合うと両手をブンブンと振っていた。


 その下の方では、やり切った様子で放心しているミューの姿があったが、きっとああなるのが普通なのだろう。駆け寄る給仕の子達を見ながら、心の中では金メダルをあげたのだった


 結局、その日止められるまで滑っていたサナだったが、良くも悪くもその姿がその後押しとなったのだろう。後日控えめながら、海開きの日程を聞いて来る子が増えたようだった。


 ――サナのファンが増えるのと共に。


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