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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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308話 本題に入りたい

 そこはアブドラの"秘密基地"であり、特別な"プライベート空間"だった。話によると、公務の合間や疲れた時などに息抜きの場所として使っているらしい。


 確かに、一見何でもないかのように見える扉も、開いてみればその厚みは相当なものだった。きっと、有事の際にも対応できる丈夫なつくりをしているのだろう。


 扉を入ると、低い天井と辛うじてすれ違える程度の狭い廊下があった。


 どうやら、外と部屋を繋ぐ為の道らしい。そこを入って行くと再び扉があったが、こちらも入口同様かなり丈夫なつくりをしていた。


 その厚みに目を向けた正巳に、バラキオスが笑って「正巳殿だったらこのような障害、何でもないんでしょうな」と言って何か拳を振り抜くような動作をして見せてくる。


 どうやら、初めて出会った時の事を覚えているらしい。


 それほど昔の話では無いので当然かもしれないが、何となく"破壊キャラ"と言われている気がして嬉しくはなかった。誰かと違ってそうそう無茶はしないのだ。


 無意識に視線を向けると、その先で手を伸ばしたサナが壁を抉り取った処だった。


 それをリアルタイムで見ていた正巳は、口をあんぐりと開け危うく顎が外れそうになったが、どうにか平常心を思い出すと素早く息を整えた。


「サナ……」

「お兄ちゃ、貝なの!」


 そう言いながら、サナが手に取った何かを見せて来る。


「戻しておきなさい」


 余程お腹が空いていたのだろう。サナが見せて来たのは、確かに貝ではあったが石化した貝でいわゆる"化石"だった。いや、もしかすると化石に似せた何らかの美術品なのかも知れない。


 慌てた正巳だったが、先を歩いていたアブドラが顔を覗かせると言った。


「あぁ、それか。少し味気なかったからな、この通路にあわせて幾つか埋め込んでみたのだ。欲しかったら幾つか持ち帰っても良いぞ」


 どうやら怒ってはいないらしい。ほっとした正巳は、サナに「今度からは、気になっても手を伸ばしちゃダメだぞ」と言うと、抉られた部分を確認しておいた。


 抉られた部分は、見た感じ小さな穴が空いている以外問題なさそうだ。手で触ると、抉れた中はザラっとした感触に若干の柔らかさがあった。


 表面の手触りとの差から、きっとここは土壁のような物で出来ているのだろう。見た感じ全体的に土で形成され、表面は特殊な溶剤でコーティングされて見える。


 ここが地下である事もあって、少し安全面が気になった。


「耐久性に問題はないのか?」


 それにライラが答えようとするが、それを制止したアブドラが自ら説明をし始めた。どうやら、この通路含めた全体がお気に入りで、こだわりの詰まった空間らしい。


「無論問題ない! 確かに表面は粘土質の建材を使っているが、基礎はしっかり組んでおるからな。確かに、緊急時はこの通路を爆破して塞ぐ事になってはいるが――」


 ほっと息を吐いたのも束の間、聞き流すには少し物騒過ぎる言葉が後ろに付いていた。まだ話の途中だったが、これ以上変な事にならないようにと先に移動する事にした。


「悪いが、続きは中で(・・)聞かせて貰えるか?」


 それに若干首を傾げたアブドラだったが、「勿論だ!」と頷いて、部屋の中へと促してくれた。部屋に入って行く中、ふと視界の端で立ち止まったままのハクエンの姿が見えた。


 その視線の先には壁しかなかったが、よく見ると埋め込まれた化石があるようだった。その様子に(男の子だな)と笑むと、不思議そうにするアブドラに何でもないと首を振った。


 すると、首を傾げた後で「まぁ良いか」と呟いて言った。


「ほら早く入れ、紹介したい物が沢山ある!」


 その後、二つ目の扉を入った正巳達は、アブドラがこだわったと言う部屋と、その其々における魅力について延々と時間を掛けて説明される事になった。


 目新しい小物や部屋を見て回るのは楽しかったが、二週目を終え三週目に入ろうとしたのには流石に参ってしまった。どうやら、アブドラにも今井さんと似た部分があるらしい。


 途中、我慢できなくなったサナは、ライラが用意した肉とその後に付いて行ったが、どうやら一部の者も抜け駆けしていたらしい。


 振り返ると、ハクエンとその班員しかいなかった。



 ◇◆



 目の前には、大きな皿に乗った肉塊が二つある。


 どうやら、この部屋では床に座るのが基本らしく、床には高そうな厚みのある絨毯が敷かれていた。肉の乗った皿の横には、干し肉の入った木製の器が一つに焼き菓子の乗った皿が一つあり、人数分のグラスも用意されていた。


 どうやら、自分達だけ先にくつろいでいたらしい。


 見れば、ハク爺とバラキオスの手には干し肉があり、焼き菓子はサクヤが独り占めしているみたいだった。肉の塊はと言えば予想通りサナの前にあったが、別に積極的に確保した訳ではなかったらしい。


むなないまも(いらないなの)?」

「……さすが、よく食べられますね」


 譲ろうとするサナに、近くに居た青年(タイラー)が首を振って断っている。


もいみいもみ(おいしいのに)

「それはサナ様の分ですから、ゆっくり座って(・・・)食べて下さい」


 そのやり取りを見て何となく理解した。


 どうやら、サナが問題を起こさないよう皆で見守っているらしい。流石に心配のし過ぎだと思ったが、その視線の先に貝の化石があるのを見て苦笑した。


 空いていた場所に座ろうとすると、そこにやって来たライラによって止められた。


「正巳様はこちらへ」


 見るとやたらと豪奢な椅子が二つあるが、そちらへ座れと言う事らしい。それに頷いて歩いて行くと、何故だかあとに従い背後に控える気配があった。


「くつろいで良いぞ」


 そう言って視線を向けると、軽く頭を下げつつ返して来た。


「僕は、ここが一番休まりますので」


 どうやら本気らしい。本人が良いなら構わないが、他の班員が疲れが取れなそうだなと思った。すると、その視線に気づいたのか振り返ると解散させている。


 その様子を確認しながら言った。


「良いのか?」


 一緒に行って座った方が休まるぞ、と続けるもどうやら動くつもりはないらしい。


「はい父さん!」


 その様子に仕方ないなと諦めると、ライラに言って椅子を持って来てもらった。同じものを二つ持って来たのを見るに、ライラ自身もアブドラの後ろに控えているつもりだったらしい。


「お互い気が抜けないな」


 視線が合って苦笑すると、それに苦笑いで返したアブドラが頷いた。


「ふっ、そうだな……うむ」


 顎髭を擦りながら言ったアブドラだったが、やはり何処か疲れているようだった。


「悩みの種、か……」


 そう呟いた正巳にアブドラが短く息を吐いた。


「お見通しのようだな」

「そう言う訳でもないが……」


「ふっ、化粧で隠したつもりだったが無駄だったみたいだ」

「道理で顔色が悪いと思った」


「フハハハ、顔色が悪い(・・)か! だろうだぞ」

「そ、それは陛下、確かに私は女ですが……最近まで化粧などして来なかったのもありまして。それなのに急に"女の化け術"をなどと言われるから……」


 どうやら、正巳達が来るのを知ってアレコレとしていたらしい。慌てるライラとそれを面白そうに追及するアブドラをしばらく見ていたが、やがてプスプスと湯気を上げ始めたのを見て言った。


「本題に入るか」


 食事の為と言って移動して来たが、それは飽くまであの場での建前だ。あの広間では、公式な記録として残す"手続き"をしたに過ぎない。表に出せない話はここからが本題だった。


 正巳の言葉にスッと笑みを落としたアブドラは、やはり抑え込んでいたのだろう。怒りの伺える表情を浮かべると頷いた。


 それに口を開いた正巳だったが、その様子に(まるで今にも噴火しそうな火山だな)と思った。もし今回正巳達が情報を持って来なければ、きっと取り返しの付かない事になっていただろう。


「さて、こちらが提供できるのは、入り込んだ工作員のリストとその所在地だが……」



 ◇◆



 話し始めた二人を他所に、共に"爺"と呼ばれる二人の話も盛り上がっていた。きっかけは、それぞれの主人の話題に触れ、共に幼少期からの姿を知っていると話したのが切っ掛けだった。


「あれは確か、陛下がまだ剣も握れぬ小さい頃だったな、宮殿に毒蛇が入り込んだと騒ぎが起こった事があったのだ。その時陛下は中庭で侍女と遊んでおられてな。それで慌てて、部屋に戻るようにと言ったんだが、少し目を離した隙に陛下の姿が見えなくなっていたのだ」


「ふむ、この地域の蛇……もしかして一滴で象をも殺すと言うアレか?」


「そうだ。その蛇だ。それでな、陛下は無事見つかったんだが、何か紐のような物を持っていて首を傾げたんだが、何とそれがその毒蛇だったのだ。まだ子供の蛇だったんだが、不思議な事に陛下には懐いているようでな」


「うむ、蛇は敏感な生き物だが、刺激しなければ大人しいからのう」


「それで慌てた侍女が、陛下の手から(はた)いたんだが、蛇の方がそれで興奮したようでな。落ちるや否や侍女へと飛びついたのだ」


「それはまずいのう」


「ああ、しかしそこで驚いたのは陛下の行動だった。陛下は侍女の前に入ると、その身を以って蛇から侍女を守ったのだ。あれが大人の蛇だったら死んでいただろうが、子供だったのが助かった。丸々二週間ほど治療を施してようやく回復したのだ。陛下は生まれながらに王なのだよ」


「ふむ、臣民の為に身を打つ王か」

「うむ、そういうお前も子供の頃の、あの"王"を知っているのだろう?」


「……そうだな。しかし、そうなると我らが王は、ぬし達の(あるじ)とは少し違った意味で"王"だったやも知れぬのぅ。それこそ、坊主とワシが出会ったのは孤児院。親のいない子の集まる場所じゃった。そこでワシは教育係をしていたんだがな」


「教育係か?」

「ああ、戦闘技術を教え込む為のな」


「やはり幼い頃から……」

「いや、坊主はその年齢に達していなかった」


「どういう事だ?」

「ふむ、ワシが坊主に教えたのはちょっとした"遊び"だったのだ。しかしな、教える事をスポンジのように吸収して行く坊主に、ワシは少し危うさを覚えた」


「危うさ、か?」

「うむ、坊主には本来人が生まれながらにして持つ感情――死への恐怖とそれに繋がる痛み、これが欠如していたのじゃ。それで施設での呼び名は"欠陥品"、危ういものじゃった」


「それは……」

「ああ、そうだ。戦闘兵器としてはこれ以上ない逸材だな。兵士としても力を振るえるだろう。だが所詮はそこまで、それ以上の"指揮官"にはなれない」


「……そうだな、兵士とそれを指揮する者に、死への"恐怖"は必要なセンサーだ。それがなくては死ぬまで戦い、やがてはすり減り、壊れて、死ぬ事になる」


「そうだ。しかしな、そんな坊主ともある時別れが来てな。それが再会したのは彼是二十年近く後になったのだが、見ての通り。ワシがいなかった人生の合間に、随分大切な存在が増えたみたいでな。きっと、その一つ一つが今の坊主を形作っとるんじゃろう」


「うむ、確かにお前の王は怖いと思っていたがな。優しい顔もするものだな」

「ハハハ、戦場では悪夢だと恐れられているようだがな」


「それを言ったら、陛下だって厳粛なる粛清によって"鮮血王"と陰で呼ばれておる」

「フハハハ、甘いな。こちらには白い悪魔もいる」


「何だそのふざけた呼び名は」

「ククク、サナの暴れる様子を見て同じ事がいえるかのぅ」


 その後も続いた話は、やがて棚に据えられた"酒棚"から酒を持ち出してくるまで続いた。それは、この部屋の持ち主が、世界中からお気に入りの酒を集めさせた特別な"棚"だった。


「ワハハハ、これで勝負だ!」

「フハハハハ、ワシに酒で挑むとはな。ハンデとして逆立ちして飲もうか?」


「何時までその余裕が続くか見物だな」

「御託は良いから、さっさと開けんか」


 しばらくして、異変に気付いた正巳が見て頭を抱える事になるのだが……。


 今はまだ、そんな事を知る由もなかった。


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