305話 謁見
ハッチが開き始めると同時に、熱を帯びた空気が入り込んで来る。湿度が低い為か肌にまとわり付くような感覚はないが、それでも暑いのが苦手な人には少し厳しい気候だろう。
見え始めた建物に焦点を合わせると、率直な感想が漏れる。
「派手な国だな……」
そっと呟いた言葉だったが、別に揶揄した訳ではない。それこそ見たまま、あるがままを呟いた感想だった。鮮やかな色で彩られた曲線の美しい建物は、何となくアブドラのイメージにも合う。
国土の大半が岩と砂漠で覆われており、言ってしまえば全体的に"茶色"なイメージを持つ国だ。きっと建物が鮮やかなのは、そう言った環境も関係しているのだろう。
正巳は以前、アブドラに会う切っ掛けとなった事件でグルハの地を踏んだ事があった。しかし、あの時訪れたのは飽くまでグルハの"軍事基地"であって本土ではない。
実質初めての訪問だったが、出来ればもう少し楽しい目的で来たかった。
「手土産もこんなんだしな……」
視界の端で担ぎ上げられた麻袋に苦笑するも、これはこれで必要な事だと諦める。麻袋は村からマムが拾って来ていたが、元は納屋にあったらしく、所々に乾燥した藁が付いていた。
「ふむ……」
その様子を見ながら想像する。
――仮面を着けた代表者と後に続く一団。その中には子供や女性、老人まで含まれている。その中には麻袋を担いだ男が二人いて、担がれた袋は時折動いている。
明らかに怪しい、不審な一団だ。
まぁ、ハク爺を見て老人だと感想を持つような人は先ず居ないだろうし、今時女性の戦闘員も珍しくはないだろう。問題なのはサナとマム、子供の外見を持つこの二人だった。
サナはともかく、マムは"大人型の躯体"で来ても良かったと思う。
「……カオスだな」
傍から見た時の事を考え苦笑した処で、マムが手を引いて来た。
「準備が整いました」
その言葉に目を向けると、いつの間に準備したのか赤い絨毯が目に留まる。
そこは、周囲を壁で囲まれた中庭のような場所だったが、そんな中敷かれた絨毯は正面の建物とその中まで続いている様だった。
視線を動かすと、絨毯の両側に男たちが控えているのが見える。どうやら、この男たちが絨毯を引っ張って来たらしい。その様子を伺うに、きっと前もってマムが連絡を入れていたのだろう。
……まぁ、正面の建物と言い、見た所重要施設のようだし、事前連絡なしではこんな場所に降りる事など出来ないだろうが。
そんな事を考えながら一歩踏み出した処で、大きな銅鑼の音と共に、両側から足音が聞こえて来た。何事かと構えた正巳だったが、どうやら歓迎の行進だったらしい。
絨毯を挟んで両側に列を作ったのは、礼服に身を包んだ兵士たちだった。
「先頭にいるのは近衛部隊ですね、王族直属の部隊です。中には見覚えのある顔も見えるかと思いますが、このままで行かれますか?」
通信で注釈を入れるマムに目を向けると、確かに見覚えのある顔も並んでいた。マムの"このままで"と言うのは、このまま仮面を着けたままでと言う事だろう。
それに小さく頷くと答えた。
「ああ、これで行く」
再び歩き始めた正巳は、今度は立ち止まる事なくタラップを降りると絨毯に足を降ろした。
指示した訳ではなかったが、いつの間にか正巳の後ろにサナとマムが並び、その後ろに各班ごとに二列になって付いて来ていた。
そのまま進んだ正巳だったが、絨毯が続く先――建物の扉がゆっくりと開き始めたのを見て(このまま中に歩いて来いって事かな)と思った。
しかし、それに反応したのは他でもない近衛達だった。
それまで微動だにせず敬礼の姿勢を取っていたのが、明らかに動揺し驚きの表情を浮かべている。その様子にどうしたのかと首を傾げていると、開いた扉から見覚えのある顔が出て来た。
「我が友よ、待ちわびたぞ!」
相変わらず元気だなと視線を合わせると、その後ろから走り寄る者の姿があった。どうやら小声で話しかけ、どうにか制止しようとしているらしかった。
「アブドラ様、どうかお待ち下さい。中でお待ちいただき迎えるのが慣例で……」
小声ではあったが、正巳の聴力に掛かればどうと言う事はない。若干盗み聞きするようで悪い気もしたが、何か取り返しのつかない問題が起こるよりは良いだろう。
焦った様子の従者ライラ――確か専属護衛だったかになっていたはず――だったが、それに答えたアブドラの言葉は、明確にしてその意図を知るには十分だった。
「控えろ、我にとっては出迎えるべき客人にして友人、座して待つべき相手ではない」
どうやらアブドラは、本来建物の中で待っていて"謁見"を受けるべき処を、自分から出迎えに出て来てしまったらしい。その行動から、正巳達の事をどの程度重要視しているかが分かる。
低頭したライラに(苦労が絶えなそうだな)と同情した処で、歩いて来たアブドラに言った。
「相変わらずだな」
それに、ニヤリとしたアブドラが答える。
「うむ、友よ!」
差し出された手を握り返すと、中へ入ってくれと言うアブドラに頷いた。
列の端にはバラキオス将軍もいたが、どうやら昇進したらしい。元帥だと紹介されたが、本人は笑って「呼びにくければ将軍で構いませんよ」と言っていた。
その後、そのまま貴賓室へと案内しようとするアブドラに、必死な様子で「どうかお願いします」とライラが縋る事で、形式としての"謁見"――表敬訪問を行う事になった。
公式な記録として交わしたいやり取りもあったので、正巳としては願っても無い事だった。
◇◆
立派な建物だと思ってはいたが、やはりここは宮殿だったらしい。
扉の奥、絨毯の上を歩いて行くと玉座があった。
そこに座ったアブドラに不思議と王の威厳のような物を感じたが、少し考えてみて納得した。きっと、新たに伸ばし始めた顎髭が影響しているのだろう。
その後、ライラの進行によって進められた式だったが、謁見の挨拶の場面になるとアブドラが数段あった階段を降りて来た。それと同時に、両脇に控えていたバラキオスとライラも降りて来るが、国王よりも高い位置にいる訳に行かないというのが理由だろう。
ライラはやはり少し渋い顔をしていたが、その反面安堵した様子だった。一応、体面は守られたと言う事なのだろう。それにしても、今にも長い溜息を吐きたそうだった。
そんなライラが少しばかり不憫に思えて来たのと、流石に仮面を着けたままなのもどうかと思ったのもあって、着けていた仮面を外すと言った。
「二度目だが"久しい"な、それと……少しやつれたか?」
少し観察して気が付いたが、目尻や頬から少し疲れが見て取れる。もしかすると、伸ばし始めた顎髭はこの変化を隠すための覆いだったのかも知れない。
正巳の言葉に、他の者が気付かない程度に苦笑して見せたアブドラは、小さく答えて来た。
「やはり分かるか。ククク、やはりお前に隠し事は出来んな。……うむ、その話もしたいのだがな。今はそれより――」
そこで言葉を切ると、意図してだろう少し声を大きくして続けた。
「会いに行ってみれば居なくなっていて、それは驚いたぞ!」
それに苦笑して答える。
「そうだな、まぁ遅かれ早かれとは思っていたんだがな」
「場所は何処だ?」
きっと、近い内に来るつもりなのだろう。
「準備が出来たら招待するつもりだが、悪いがしばらくは非公開なんだ」
そう言って明かせない事を伝えると、少し考え込んだ後で言った。
「やはり動きがあるのか?」
アブドラが言っているのは、ひょっとしなくとも"各国"の動きの事だろう。丁度良いタイミングだったので、今回訪れる事になったその本題に入る事にした。
一度深呼吸する事で間を取ると言った。
「その事だが少し話がある」
一拍置いた事で、重要な話だと伝わったのだろう。
少し待てと言ったアブドラが、椅子を二つ用意させると正巳に座るように言った。椅子の配置は、ちょうど絨毯の中心を挟んで左右、グルハ側にもハゴロモ側にも二人の姿が見える配置だった。
椅子に座ると、続いて座ったアブドラから促される。
「聞こう」
それに頷いた正巳は、合図をすると二つの麻袋を持って来させた。
麻袋を見て首を傾げたアブドラだったが、袋の口を開けさせると驚いた様だった。それもそうだろう。大の男が二人、目隠しされくつわを噛まされたまま現れたのだから。
その驚いた口から言葉が出る前に、状況を説明する事にした。
「この男たちは、ここより西南西にある村より連れて来た他国の"工作員"だ。目的はこの国を内部から弱体化させる事、そして暴発させる事だろう」
それは、説明するには少しばかり深刻すぎる"問題"だった。
少し間が空きましたが、更新しました。
もっと更新頻度を上げたいのですが、どうしてもスピードが出なくて……すみません。




