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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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304話 丸いハムとレーション

 村を出発した正巳達は、グルハの首都アルハッドへと向かっていた。


「それで、この二人を差し出す訳ですね?」


 そう言って聞くのはタイラー、サクヤ班のメンバーで傭兵の男だ。


 筋肉質で日に焼けた見た目は"ザ傭兵"と言った感じだが、言葉数の少ないサクヤに変わって、発言する事も多かった。チラリと目を向けると、首を傾けたサクヤが確認できる。


 どうやら、これもサクヤが気になった事らしい。


 苦笑しながら「そうだ」と頷くと、続けた。


「俺達の役割は、アブドラをなだめてその爆発を抑える事。そして、虫食いによってグルハの国力が落ちるのを防ぐ事だ。現時点で、グルハを失う訳には行かないからな。この二人には、その為の緩衝材になって貰う」


 引き渡した後、この二人がどうなるかは分からない。


 それこそ、アブドラの怒りをその身体に受ける事になるかも知れないし、その身柄を以って政治取引の"道具"として使われる可能性だってある。


 何にしても、全て自分で招いた災いだ。


 目と耳を塞いでいるバンドに手を添えると、耳の部分が変形し若干開くのが見えた。マムが操作したのだろう。そこで、口を近づけると言った。


「十分おいしい(・・・・)思いをしたんだろ?」


 すると、首筋の血管が浮かび上がるのが見える。


 感情が昂った証拠だ。


 マムの裏付けによって、男たちが村人を"小遣い"に変えた事は確認できている。これが普通な訳ではないだろうが……少なくともこの部隊の者達は、裏でヒトを金に換えていた。


 そう、ヒトを扱う"商人"と繋がりを持っていたのだ。


 ある意味、ヒトと言うのは遥か古代から存在する"商品"であり、いつの時代も方法を変えやり取りされて来た。それは、時代が進み人権が叫ばれるようになった現代でも、変わらない一つの事実なのだ。


 ため息を吐いた正巳は、その場を任せると機体前方へと歩き始めた。


 サクヤ班は、厳正なる"じゃんけん"によって監視任務担当になった訳だが、サクヤもその班員も男たちがした事とその顛末を知っている。


 それが、マムからすれば少し心配だったのだろう。


「大丈夫でしょうか? パパのお願いなら、マムが責任もって完璧に果たしますが」


 マムが、サクヤ達に変わって自分が監視をしようかと言ってくる。


 確かに、マムであれば間違いなく完璧に行うだろう。そこには、感情の問題が入り込む事は疎か、何か気を抜いてミスをするような可能性だってあり得ない。


 しかし、それを考慮しなかった正巳ではない。マムに任せるのは一見完璧にも見えるが、これには小さくて、けれど見逃せないリスクがあった。


 このリスクと言うのは、もしアブドラの手に引き渡した後、アブドラの選択によって男たちが解放されることになったら生じるリスクだ。


 男たちが解放されれば、その口を通してマムの"情報"が洩れる可能性がある。


 これは、飽くまでアブドラが男たちを生かして解放した場合の話で、且つ男たちが得る情報も、目も耳も聞こえない状態で得る事になるモノだ。


 確かに、大した情報ではないとも言えるかも知れない。


 しかし、これはそういう問題ではないのだ。マムに関する情報は"ハゴロモの最重要事項"、ほんの僅かな情報だって、こちらから与えるような事はしたくなかった。


 ――これは完全な俺の感情から来るわがまま(・・・・)だな。


 その頭に手を乗せると言った。


「あいつらは傭兵で"プロ"だ、それが必要なら守るさ」


 それに対して「そういうモノでしょうか?」と呟いたマムだったが、目を上げるとその頭に乗せられた手を見てニコニコとしていた。


 その様子に、ほっと息を吐くと言った。


「あとどれくらいで着く?」


 外の景色は、見渡す限り雲と青い空。


 窓から外を眺めても、何処を飛んでいるのかすら分からなかった。


「はい、あと"568秒"で着きます~」


 頬を緩ませ言うマムに苦笑した。


「十分弱か、早いな……」


 それに顔をグイっと上げたマムが頷く。


「それはもう! この"マルスハルム"は、搭乗可能数を絞る代わりにスピードとステルス。それと運用性に特化した機体でして、マスターとマムの自信作ですので!」


 いま乗っている機体は"マルスハルム"と言うらしい。何を由来にしているのか分からないが、何となく美味しそうな名前だ。マムに「そうか」と答えようとした処で、割って来る声があった。


「丸いハムなの!」


 ……どうやら、サナが復活したらしい。実は、何処か落ち込んだ様子だったのもあって、サクヤ達と話している間、ハクエンとハク爺に相手を任せていたのだ。


 期待して輝く瞳に苦笑しながら言う。


「ああ、帰ったら食べような。ほら、よだれが凄いぞ」

「お腹空いたなの」


 きっと、渦巻いた感情が落ち着いた結果なのだろう。


「しかし、食べ物なんてないぞ?」


 我慢できそうになければ、着いた先でアブドラに頼もう。そう考えた正巳だったが、少し困った様子を見てか、何処か誇らしげに胸を張ってマムが言った。


「ありますよ!」

「――何がだ?」


 反射的に聞いた正巳に、「少しお待ちください」と移動したマムが、壁の一部を外し始めた。何をしているのかと首を傾げた正巳だったが、そこから出て来たのは缶詰だった。


「まだ研究中で、長期の保存が出来ないのですが……」


 そう言いながら、味は三種類ある事と容器は回収して再利用できる事、仮に捨ててしまっても微生物に分解されやがて土に還る事などの説明を受けた。


 その後、早速開けてみようとした正巳だったが、それをマムが止めた。


「ここにセットすると温められますので」


 どうやら、収納の横にあったポケットは温める為の物だったらしい。上のポケットに缶詰をセットすると、ゆっくりと入って行き下から出て来た。


 余りに一瞬だったので、失敗かと思ったがマムが大丈夫だと言うので開けてみた。どうやら本当にあの一瞬で温めたらしい。それも、内側だけを。


 缶が特殊なのか、内側をピンポイントで温める技術なのかは分からないが、これだと熱くて持て無くなる事がなくて助かる。


「美味しいなの?」


 まだ口にしていないにもかかわらず、サナが感想を聞いて来る。きっと、サナなりの早くしろと言う催促なのだろう。それに苦笑すると頷いた。


「悪いな、いま食べるよ」


 毒見役もあっての一口目だったが、正直味には期待していなかった。


 それもこれも、訓練中に食べたレーション(配給食)が不味かったのが原因だったのだが……一口目を含んだ正巳は、思わず缶詰を二度見していた。


 中に入っていたのはパン生地のレーションだったが、思いもよらずスッキリと美味しいバナナ味だった。配給されるようなレーションは、大抵がベチョッとしたり固かったりするものだが、そういった感触も無い。


「どうですか?」


 マスターは売れる味だと言って、喜んでいたのですが――そう言いながら聞いて来るマムはきっと、自分に"味覚"が備わっていないのがもどかしいのだろう。


 何やら早口で「一般的に好まれる味の各種数値を計測して、中でも重要と思われる、舌が触れた瞬間その刺激を信号として受ける情報を研究したんです」と話していた。


 続けて「この副産物として、脳にどの信号を送れば、どの味を疑似再現できるかも分かりました」と言っているが……どうやら、現実と同じように仮想現実世界でも"味"を感じられるようになると言う話らしい。


 その辺りの話に興味はなかったが、一部の女性――特に最近やたらとダイエットの話をしている綾香辺りは「食べても太らないの?」と、大変興味を持ちそうではあった。


 伺うように待機しているマムに、そう言えば感想待ちだったなと思い出した。


「確かに、これを持って戦場に行けばそこで店が開けるな」

「それじゃあ?」


 両手を前で握るマムに頷いた。


「ああ、申し分ないだろう」


 それに笑顔になったマムは、更に缶詰を取り出して来た。それぞれ、チョコレート味とパイナップル味だったが、話によると新しくカレー味も用意していると言う事だった。


 何処を目指しているのかは分からないが、これも一つの成果だろう。いずれ、ハゴロモ製のレーション(配給食)を輸出する事になるかも知れない。


 その後、着くまでの時間"缶詰パーティ"で盛り上がった正巳達だったが、やがて到着のアナウンスを聞いて降りる準備を始めた。しかし――


「……どうした?」


 準備を整え、機体後部へと移動した正巳だったが、そこに待っていたのは、ぷっくりと頬を膨らませたサクヤだった。普段このような反応を取る事がないだけに首を傾げたが……。


「ええとですね、アニキ。楽しそうな声と一緒に、"甘い"とか"美味しい"とかいった単語もあったので、それが原因でこうなっちゃったみたいでしてね」


 どうやら、任務と感情との間で板挟みになった結果、頬が膨らんだ(こうなった)らしい。流石にサクヤも自覚しているのか、むくれながらも何も言わず任務を継続させている。


 そのしわ寄せは捕虜となった男たちに向かっていたが、きっとそれも意識してではないのだろう。神経毒で動けないわき腹を、それなりの強さで以ってつま先で小突いている。


 やがて下がり始めた高度に、ため息を吐くと言った。


「あとで同じ物をやるから」


 それに無言で答えたサクヤは、そのままお腹をさするサナへ視線をやってから呟いた。


「二倍」


 その視線に覚えのあった正巳は、それに頷くと答えた。


「分かった」


 そう、こういう時は、何も言わずに受け入れるのが最も賢い選択なのだ。膨らんでいた頬からフス―っと息が抜け、心なしか機嫌が回復したサクヤを横目に息を吐いた。


「食べ物の恨みは怖いからな……」


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ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] そのうち五感が完全再現されたフルダイブVRがハゴロモ発で生まれるのも時間の問題ですね ハゴロモ以外じゃ開発不可能でしょうし巨大な独占市場になりそう
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