302話 無力化
僅かな振動と共にカウントがゼロになる。
既に到着して数秒が経過していたが、計画通りマムのカウントを待っていたのだ。小さな振動を感じたが、恐らくこれはマムが操作する"ドローン"が展開された振動だろう。
全部で八基のドローンが広範囲に渡って展開されるわけだが、この上空からの情報が今回の作戦では肝になる。視線を向けて来たハク爺に頷いて返すと、視線を回した。
一歩出れば戦場、ここから先は一切気を抜く事は許されない。
準備が出来たのを確認すると言った。
「作戦開始」
正巳の号令と同時に機体後部が開く。
先ずはハク爺の班が展開、四カウント置いてサクヤ班、それに続いてハクエンの班が展開、最後に正巳達が展開した。攻略目標までまだ距離があるものの、気は抜けない。
今回攻略するのは小さな村だ。
百人にも満たないような村落ではあるが、グルハ国内でも都心から離れた郊外にあり、資源によって富むグルハに於いて"農業"で自給自足するなど、少し変わった村らしかった。
……いや、今となってはもう元村と言った方が正しいだろう。今回攻略するのは、工作員によって乗っ取られ、支配され、拠点となった言わば"スパイ村"だ。
状況から考えて、まず村人に生き残りはいないだろう。
マムの情報では、この村はグルハ内に入り込んだ勢力の内の一つで、グルハ各地に工作員を派遣し、その情報を収集し集約する"本部"の役割をしているとの話だった。
恐らく、ここで集めた情報を一度まとめ本国に送るなり、その情報を用いて更なる工作に繋げたりしているのだろう。重要拠点と言うだけあって守りは堅そうだ。
いや、実際堅かった。
何故過去形なのかと言えば、それは全てマムが関係している。
重要拠点と言うだけあって、どうやら最新鋭の防衛設備で固められていたみたいだが、生憎それらの大半は既にマムの支配下にある。最新である事が逆に仇となったわけだ。
他にも、当然の如く外敵への防衛策としてアナログな仕掛けもされている様だったが、その程度であれば正巳達で対応可能だ。移動し始めた各班を見送ると、計画を振り返った。
今正巳たちが居るのは村の北部、ここは山を背にしており、少し場所を移せば村を望む事も出来る。移動している各班が配置に着いた後、その連絡を受け最初に行動に移すのも正巳達の役割だ。
正巳達が北で騒ぎを起こす事で、その後の動きを誘導する。
一番危険なのは正巳達だが、次に大変なのはハク爺の班だろう。ハク爺たちの班は、脱出しようとするグループを担当する事になる。手負いの獣ほど危険だと言うが……。
「まぁ、上手くやるだろう」
そこは熟練の傭兵だ、「心配するまでも無いな」と呟くとサナが首を傾げて来る。それに頭を撫でて返すと、小さく微笑みながらも再び視線を戻した。
そろそろ、サクヤとハクエン達からは連絡が来ても良い頃だが、そう考えていると通信が入った。短く「配置に着いた」と普段と変わらない、素っ気ない声色。
それに「了解」と返すと、直後入ったもう片班からの通信に出る。
「問題ないか?」
相手はハクエン、能力的と仮想領域内でのシミュレーションでは問題なかったが、これは現実で実質ハクエンにとってデビュー戦となる実戦だった。
「はい、いつでも大丈夫です」
心配した訳ではなかったが、待っていた答えにほっと息を吐く。
どうやら東と西は配置に着いたらしい。
残るは南を担当するハク爺だったが、ハク爺の班は少しばかり準備も要る。その後連絡を待っていた正巳達だったが、程なく「準備完了いつでもよし」と連絡があった。
それに頷いた正巳は、横に居る二人に言った。
「出るぞ」
正巳の言葉に、サナが腰に着けていたナイフを手に取る。その腰には拳銃もあるが、こちらを使用するのは姿を見られた後だ。基本的に見つかるまでは静かに行く。
片手を上げたマムに連動して、機体の収納が開く。
そこから出て来たのは八角形の甲羅を持った機械。そのカメのような甲羅を背に、左右に三本づつ、計六本の足を持つクモとカメが合わさったような見た目をしていた。
マムから"サポートをする"とは聞いていたが、どうやら想像以上のサポートになりそうだ。既に展開されているドローンは全部で八基、甲羅を持った機械は四基だ。
この甲羅を持った機械がどういった機能を持っているかは知らないが、ドローンが監視能力を持つ事を踏まえると、何らかの戦闘能力を持つ可能性が高いだろう。
「過剰戦力感もあるが……」
呟きながら手にしていた仮面を装着した正巳は、完全にリンクした視界に進攻を始めた。
◇◆
結果から言えば、全て予定通りの"パーフェクト"だった。
先ず、正巳とサナで入り口を警備していた構成員を排除し、その後三方に分かれて行動。
正巳が受け持ったのは中心ラインだったが、上空からの情報と正巳の固有武器――偵察の機能を持つヤモリ型装置――通称"ヤモ吉"のお陰で危なげなく無力化できた。
サナはともかく、マムが若干心配だったが……どうやら要らない心配だったらしい。制圧を終えて施設を出ると、ちょうどマムが戦闘を終えた処だった。
戦闘と言っても、その逃げ惑う様子はさながら、何かに"襲われている"かの様だったが。
どうやら、甲羅を持った機械はその内部に小さなドローンを装備しているらしく、その無数の小さなドローンは、その全てが攻撃手段を持っているらしい。
そのサイズは指先程であり、防ぐのは難しいだろう。ぐったりとしてはいたが、どうやら生きているらしい。恐らく、正巳達が持っているのと同じ"神経毒"を使ったのだろう。
そう、今回"殲滅"と言ってはいたが、それは別に命を取る事を目的とした訳ではなかった。
そもそも正巳のスタンスは、ハゴロモに"危害を加える者に対して"は容赦しないであって、無差別に"気に食わない相手を殺しまくる"ではない。
今回、その根本では確かにハゴロモを狙った事だったのかも知れない。
しかし、それは飽くまで根本的問題だ。実際に被害に遭ったのは"ハゴロモ"ではなく"グルハ"、正巳ではなくアブドラなのだ。
しゃしゃり出て行って、気に食わなかったから全部殺しておいた――なんて言ってしまっては、流石にアブドラ側として、問題の始末の付け方も分からなくなってしまうだろう。
だからこその、この"神経毒"だ。
近づいた正巳に、マムが通信を通して話しかけて来る。
『残るは"メイン"のみですが、サナは上手くやるでしょうか?』
それに、考えるまでも無く頷くと言った。
「問題ないだろう。何せ奴らにとって相手は子供、怪しみながらもこう考える筈だ――こんな小さな子なら例え何かあっても問題なく処理できる。だが、ここに子供が入って来るのはどう考えても可笑しいな。外で何か問題が起こっている可能性もあるから、一旦バックアップを作っておくか――ってな。それより、ハクエン側から何か通信が入ったような気がしたが……」
言い終わらない内に、何やら大きな物音と共に話声が聞こえて来た。
「これは一体、どうなってるんだ!?」
「くそっ、とにかく脱出するぞ!」
「ダメだ、壊されてやがる。空路は諦めて陸路で行くぞ!」
「しかしいったい誰が」
「あのガキがやったとでも言うのか?」
「あの途中で消えたガキか、それなら見つけ出して吐かせねえと」
「いや、それより証拠の始末がまだ……」
どうやらサナが上手い事やったみたいだ。
本部とみられる拠点から出て来た男たちは、その静まり返った基地と、見える位置に倒され並べられた仲間たちを見て慌てた様子だった。
構成員たちを運んで来ては横に並べるマムに、少し悪趣味だなと思ったが、意外と動揺を誘う意味では効果的だったらしい。
しかし、そんな中にあって一人落ち着いていた男が言った。
「本国にコレを届けるのが最優先だ」
男が隊長格らしい。
その声に落ち着きを取り戻りた男たちは、統制が取れた様子で移動し始めた。
その様子を見て、何となく(あの男をそのまま行かせると面倒が起こりそうだ)と思った。直感に過ぎない事だったが、これまで直感を無視して良かった試しがない。
咄嗟に飛び出した正巳は、その手にナイフを持つと振り抜いた。
「ぐあっ?!」
力を込めて投げたナイフは、狙い通り男の足を貫いた。
突然の襲撃に驚いたのだろう。
振り返った男たちが応戦してくる。その後しばらく発砲音が続いたが、それを物陰に隠れてやり過ごすと、やがて止んだ銃声と入れ替わるようにして、車の走り去る音が聞こえて来た。
「……行ったか」
仮面のモニターで走り去ったのを確認した正巳は、そこから出て倒れている男に近づいた。その出血から怪我の程度が重い事と、動けない様子を見て助からないと切り捨てたのだろう。
麻痺して動けない筈だったが、どうやら出血したお陰で幾らか毒が抜けていたらしい。震える体を起こそうとしながら話しかけて来た。
「貴様、何処の国の手の者だ……我々の事を知っての事であれば、協定違反だぞ……」
その問いには答えず、マムに聞いた。
「この男は誰だ?」
すると、それに頷いたマムが言った。
「この男はキム・ジョンウェン中佐。主に諜報部隊でその手腕を発揮し、成り上がって来た男の様ですね。なるほど、どうやらこの男は今回の作戦で唯一その真の目的と、他国との仲介もこなしていたみたいです。この作戦を立案し、この村を拠点に選び、その結果この場所の責任者に収まっていたみたいですが……過去作戦中に起こした問題行動、これに味をしめた訳ですか」
マムの言葉に、次第に青くなって行くのが分かった。
「その問題行動と言うのは?」
何となく予想が付いたものの、確認した。
「はい、言わゆる"小児性愛者"ですね。問題とされたものの、その実績と貢献度から不問として処理されたようです。もしかするとこの村でも……」
マムの話の途中だったが、そこで男が声を上げた。
「はっ、正義の味方気取りだったら止めとくんだな。報告が上がればお前たちなんぞ――」
その言葉の途中、上がった爆炎に空いた口が塞がらなかったらしい。パクパクとする男を横目にため息を吐いた。
「気合入り過ぎだろう、ハク爺……」
そう呟いた正巳が、視線を外したのを見ていたのだろう。
体を動かした男が、隠し持っていた銃を取り出すのが見えた。その瞬間、周囲がまるで水の中に居るかのように、ゆっくりとした動きになるのを感じる。
そんな、ゆっくりとまるでコマ送りの中にいるかの様な中、伝わって来たのは乾いた音だった。
『"パンッ!"』
その瞬間、火花が散るのが見えた。
少し駆け足で書いたため、描写不足があるかも知れません。読んでいて状況がわかり難かったりした場合は、遠慮せずにコメントください。
明日も更新予定です。




