301話 侵蝕
綺麗になった海の中一人泳いでいた正巳だったが、呼び出しを受け浮上していた。
通信を通してざっくりとした報告を受けたまでだが、何やら、アブドラとその国周辺で問題が起きているらしい。ある程度予測はできた事態ではあったが、それにしてもタイミングが悪い。
ため息が出そうになるのを堪えながら、水面に浮かぶ”通路”に上がった。
「さて、直接話したいと言う事だったな。どうするか……」
会って話すにしても、まさかここに呼ぶ訳にも行かないだろう。
なにせ、現在こちらではあらゆる場所で工事が行われているのだ。いくら静かでかつ猛スピードで進んでいるとは言え、それでも工事中には変わらないだろう。
以前であればまだしも、正式に国のトップに就いたアブドラをそんな工事中真っただ中に招くのは、流石に気が引ける。きっと、"対面に近い形で話が出来る機械"でも使う事になるのだろう。
そう考えていた正巳だったが、マムの提案に驚く事になった。
「グルハまで飛びましょう」
「今からか?」
流石に無いだろうと思ったが、本気らしかった。
「はい、今からです。今出しますので、パパはそこで待っていて下さい」
何でも無いかのように答えた事に苦笑すると、待っていろと言うマムに聞き返した。
「ここで待つ、か?」
何せここはまだ海の上、拠点に続く海上通路の途中だ。こんな所にいても仕方ないだろう。
「それはですね──あ、ちょっとサナ待ちなさい!」
通信機の向こう側で何かあったらしい。マムの慌てた声に首を傾げたが、その直後感じた気配に顔を上げた。空には雲と太陽、それとその横で浮かぶ見慣れぬ機体があった。そして──
「──パァァン!!」
影がかかったと思った次の瞬間、すぐ横の海面が水飛沫を上げて飛び散った。
「おい、大丈夫か?!」
慌てて海の中を覗き込むも、そこに見たのは悠々と楽し気に泳ぐサナの姿だった。この程度でどうとなる事はないと分かってはいるが、それでも不安にはなる。
ほっとして立ち上がると、丁度機体が降りて来るところだった。
「なるほどな、これで向かうと言う事か」
初めて見る機体だが、外観からして精々二、三十名程度を限界定員とした小型機だろう。どういう原理か、宙で制止しているもが、それを維持しているであろう風を感じない。
不思議に思いながら眺めていると、機体の後部が開きそこからマムが出て来た。
「パパ、濡れませんでしたか?」
心配そうにこちらを見ると、変形してスロープ状になった足場を降りて来る。
「ああ、俺は問題ないが……」
そもそも、先程まで泳いでいたのだ。
今更少し水が掛かっても、若干乾くのが遅くなる程度だろう。
苦笑しながら「俺の心配よりサナの心配をするべきだと思うが」と言うと、首を振ってきっぱりと「あれ位でどうにかなる玉では無いので」と言っていた。
変な処で絶対の信頼を置いているらしい。
マムからガウン型のタオルを受け取ると、そのスロープの上、機体の中からこちらを見る面々を確認した。ハクエンと並ぶのは護衛部の子達だろう。
見覚えがある事からも、腕が立つ子を中心にしているのが分かる。
その横にはハク爺が見える。ハク爺の横で手を振っているのはサクヤだが、その後ろには傭兵団のメンバーが乗っているのが見えた。
これまでも護衛として重要な場に同行する事があったので、この面子が乗っているのも特におかしい事ではなかった。しかし、少し引っ掛かったのは、その引き締まった表情と空気だった。
何となく嫌な予感がする。
「確認だが、喧嘩しに行くわけじゃないよな?」
もしかして、アブドラが何かマムの逆鱗に触れる問題を起こしたのか――そう考えたが、どうやってもその流れとなるイメージが湧かなかった。
そもそも、数えるほどしかない友好国とその君主なのだ。仮に何か問題があっても、極力事を荒立てるような事はしないだろう。それがハゴロモ、そして正巳の利益となるのだから。
正巳の確認に頷いたマムは、ニコリと笑みを浮かべると言った。
「勿論そんな事はしませんし、グルハともアブドラ様とも何も問題は起こっていません」
その答えにほっとした正巳だったが、続けたマムの言葉に絶句した。
「ただ、少しばかり悪さをしている者達が居るみたいなので、その者達は始末するつもりです」
悪さ、始末……。
「それは、グルハの国民では無いよな?」
若干緊張して言うと、首を振ったマムにほっとした。
「勿論違います。少し前から、グルハ国内に潜入する工作員が増え始めたのですが、その一部が少々看過できない事を始めまして」
そこまで言って黙り込んだマムに、続けろと催促すると、こくりと頷いてその悪逆非道な行為を話し始めた。それはきっと、重要だと位置付けたからこその手法だったのだろう。
「確認できた中では、ある国の工作員が潜入するため、成り代わる事に選んだ家族を惨殺し、その後何食わぬ顔でそのまま生活を送っていたり。四十人程度の小さな村では、村人全員を連行し殺害。その後、村人に成り代わった工作員で"村"を偽装したり、殺害した村人の臓器を……」
それは、グルハ国内で行われていると言う蛮行だった。
こみ上げて来る物を感じた正巳だったが、それを抑えると聞いた。
「それで、これをアブドラには?」
首を振ったマムを確認し、ほっと安堵する。
この情報を伝えていたらきっと、その工作員の所属する国と戦争に発展していた事だろう。もしそんな事になれば、工作員を送り込んでいる国々の思惑通りなはずだ。
あっと言う間に各国に蝕まれ、滅びるまでは行かないにしてもボロボロにされるに違いない。いくらアブドラに政治家として必要な"腹芸"の才能があるとは言っても、その根っこは軍人であり王族だ。
国民が踏みつけられ痛め付けられていれば、その我慢の限界は直ぐに来るだろう。
マムの判断に満足した正巳だったが、それを受けて何故マムがこうして出て来たのか、何故ハク爺含めた戦闘員まで連れ出して来たのか。それを確認しなくてはならなかった。
「これは国事か?」
――国として外せない大事な事なのか、そう聞いた正巳にマムは黙って深く頷いた。
究極的な判断ではあるが、言ってしまえば対岸の火事とも言える状況なのだ。マムが人道的な理由でもって、正巳達に危険を強いるような事は先ず考えられないだろう。
とすれば、この行動が全てハゴロモにとってプラスになるからだと結論付けられる。
「行くなの!」
満足げな様子で上がって来たサナの顔を、タオルでもって拭くと言った。
「計画を聞こうか」
それに頷いたマムは、正巳からタオルを受け取るとサナの世話をしながら言った。
「はい、皆さん上でお待ちですので」
◇◆
その後、正巳達はグルハに向かう機体の中、その作戦と全体の計画を聞いた。どうやら、集められたメンバーは、グルハで起きている事を事前に知らされていたらしい。
その落ち着いた様子から、知らずに付いて来たのかと思っていたが、どうやら想像以上に精神的練度も向上しているらしかった。
やがて目的地が近づいた事を知らせるアナウンスが流れた。
『降下地点までカウントが開始されます――百二十……百十……』
そのアナウンスを聞きながら装備を確認した正巳は、やがて整列した面々を前に言った。
「これは殲滅戦、情けは無用だ!」
お陰様で300話突破、301話となりました。ここまで読んで頂きありがとうございます。引き続き楽しんで頂けたら幸いです!




