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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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290話 深い海の底で

 音もなく下り始めたエレベーターの中、階層を示すランプが次々に移って行くが、それはそのまま移動速度を示していた。


 ……まるで、移動ではなく落下(・・)しているかのようだ。


 通常、急激に高度が変わるとその気圧の変化から、違和感や不快感を覚えたり人によっては耳鳴りを感じたりする。普通はそうなのだが、このエレベーターでは不思議とそのような感覚はなかった。


 原理について説明を受けた気もするが、色々忙しかったのもあっていまいち思い出せない。タイミングがあれば何処かで確認しておこう。


 目が合ったマムが、微笑むと同時に口を開いた。


「ここからは少々複雑な移動をしますので、少し振動があるかも知れません」


 そう言って腕に掴まって来る。


 マムの言う"複雑"とは、横の移動が入るという意味だろう。


 普通のエレベーターであれば、基本的に上下の動きしかしない。しかし、このエレベーターは上下の移動に加えて前後左右の動きも加わるのだ。


 既に前の拠点で経験していたのもあって、特に驚きは無かった。


 その後、マムの真似をしたサナに苦笑していると静かにドアが開いた。結局僅かな振動も感じなかったが、まぁ問題ないのは良い事なのだろう。


 二割増しで笑みを浮かべたマムは、足取り軽く降りると言った。


「こちらです」


 先導するマムに続くと、サナとミューも出て来た。綾香とユミルは若干固まっていたものの、「早く来た方が良いぞ」と促すと、恐る恐ると言った様子で出て来た。


「凄いですねこれ……」

「地下にこんな空間があるとは……」


 出て来た二人は、見上げるとそんな事を呟いている。


「そうか、二人ともここに来るのは初めてだったか」


 何を今更と思ったが、考えてみればそれも当然の事だった。上にある第一研究施設には入った事があるだろうが、遥か下にあるこの第二研究施設――通称"物置"には来たことが無いのだろう。


 頷いた綾香がふふぁ~と息を吐きながら言う。


「凄く広いんですね、もっと狭いかと思っていたので驚きました」


 どうやら、天井の高さに驚いたらしい。


 今井さん曰く、ここでは直接機械の製造なども行うらしい。きっと、高さがあるのは必要に応じた結果なのだろう。高さ二十メートル強、奥行きでは六十メートル以上はある。


 周囲をキョロキョロと見回しながら付いて来る二人に、「何か見つけても触るなよ」と念を押しをして歩き始めた。初めて来た時、サナが色々とやらかしたのだ。


「それにしても、また見た事の無い物が増えてないか?」


 脇にある何か乗り物の様な物を見ながら言うと、それにマムが頷く。


「以前図面に起こしておいた"海中探索用"の機体を、片っ端から3D製造(プリント)していますので。ここにある殆どが外側しか出来上がっていませんが、中には動かせる物もありますよ」


 そう言って「乗りますか?」と続けるので、丁寧に遠慮しておいた。


 それにしても、初めて来た時と随分と変わった。ガランとしていたが物が増え、今や物置という印象が強い。今井さんが言うには、倉庫が出来るまでの一時的な措置らしいが……。


「それで、今井さんは何処に居るんだ?」


 少し前を歩くマムに聞くと、振り返りつつ言った。


「すぐに見えますので」

「見える?」


 その言い回しに若干違和感を覚えたものの、些細な事だなと考え直した。



 ◇◆



 マムの案内に付いて行くと、少し開けた場所に出た。その先には大型のハッチが見えたが、そこはしっかりと閉まっており、何処を見回しても今井の姿は見えなかった。


 何処にいるのかと見回していると、少し大型の箱型収納機器を後ろに従えてマムがやって来た。何をするのかと思ったが、どうやらホログラムによる映像投影を行うらしい。


 説明は無かったが、きっと待っている間のつなぎ(・・・)なのだろう。


「正巳様、どうぞここにお座り下さい」


 ミューが持って来てくれた椅子に礼を言って座ると、周囲の明かりが落ちた。暗くなると同時に、箱が開き小さなマシン達が宙に飛び出すのが見えたが……そこに映される映像には驚きと興奮があった。


 映像は真っ暗な中、小さな光が見える処から始まった。


 その光は最初小さく細かったが、近づくに連れそれがある乗り物から放たれていると分かった。そこは海の中だった。海の中、光に照らされた周囲には、時折映り込む生き物がいた。


 体が半透明のものや目のないものもいたが、そのどれもが普段目にする姿とは違っていた。中には正巳でも知っているような特徴的な個体もいた為、それが深海魚だと直ぐに分かった。


 映像はその後、岩の合間を縫って移動したり、何か柱のような物の間を移動していたが、やがてスリットが射しこむように光の束が降り始めた。どうやら海面が近いらしい。


 深い青と淡い蒼が混ざり合う中射しこむ光の筋は、夢の中さながらの光景だった。


 その後、海面から出た機体はそこでハッチを開いたが、そこから出て来たのは予想していた通り今井さんだった。見覚えのある建物を背に手を振っている。


 恐らく、これはリアルタイムでの映像だろう。


「……なるほどな、実機の試運転中だったのか」


 手を振る様子を見て苦笑すると、再び乗り込んだ今井が満足行くまで試乗する様子を眺めていた。その後、帰りの映像を見ていると、最後に大きな壁が開きその中に進んだ映像で終わった。


 映像が終わると同時に、明かりが灯り始める。


「あ、開いたなの!」


 夢中になっていたのだろう。立ったまま静かに見ていたサナが、開き始めたハッチを見て声を上げた。そのまま見ていると、そこから足取り軽く今井さんが出て来た。


 やはり、あのハッチの先にあるのは、室内と海中の間にある"エアロック"だったらしい。室内(ここ)から海中に出る際は、あの場所を通って出るのだろう。


 その後ろには、自動で付いて動く二つの機械があった。


「それが"シーマ"ですか?」


 正巳の問いに頷いて言う。


「そう、これが小型海中探索機"シーマ一号"さ!」


 先日から乗ってみないかと誘われていたが、その実機がこれらしい。


 早速近くまで駆け寄ったサナがよじ登ろうとしている。加えて、綾香とユミルも興味深げに見ているが、きっと先程の映像で興味が湧いたのだろう。


 その扇型の機体を見ながら頷くと、視線を移して聞いた。


「それで、こっちは……?」


 そこにあったのは、また特徴的な形をした機械だった。


 フォルムで言うと魚に近い形をしているが、目を引くのはその頭部分だろう。つるりとした頭部に、大きな物から小さな物まで複数のレンズがあるのが見える。


 その見た目から何となく、何の為の機械か分かったが、少し見た目が怖すぎる。そんな正巳の心を知ってか知らずか、小さく笑った今井はその機体を近くまで寄せると言った。


「ほら可愛いだろう、この子は"フィッシュアイ"海中での映像撮影に特化した機体さ!」


 なるほど、見た目通りのネーミングだ。


 自慢げな今井に苦笑しかけるも、それを途中で抑えると言った。


「そうですね、確かに先程の映像はとても綺麗でした」


 正巳の言葉に嬉しそうに笑みを広げた今井が、満足げに頷く。


「この子には、マムからも一部処理を貸しているからね。より綺麗に撮れるよう最適化されているのさ。それに、映像を見て分かったとも思うけど、不要な部分を切り取る事だって出来るんだ」


 それに首を傾げた正巳だったが、よくよく思い返してみてなるほどと思った。


「だから綺麗だったのか……」


 その答えに今井が満足げに頷く。


「そうさ、それでないとゴミだらけだったからね」

「ですよね……」


 そう、この辺りの海はそれほど酷くないにしても、目につく程度にはゴミが浮いていた。先ほどの映像では、そう言ったゴミの類が一切映っていなかったが、アレは映像処理の結果らしい。


「岩の合間には、ゴミの溜まり場の様な場所もあったよ」


 まったく残念と息を吐くが、その様子を見ていて思い出した。


「少し相談があるんです」

「ふむ?」


 話の流れを途中で切った正巳に不思議そうだったが、一応内容に繋がりのある話だ。構わず話し始めると、途中まで首を傾げていたのが最後の方では前のめりになっていた。


「これは、子供達からの要望でもあるんですが……」


 その間、サナを始めとした綾香やユミル、果てはミューまでがシーマ一号と、その解説をするマムの話に夢中になっていた。マムの話には、ちょっとした夢物語――空の海の話が加えられていた。


「星の間を飛べるなの?」


 そう呟いたサナの目には、少し前に見た美しい景色が映っていた。


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