287話 払った代償【後編】
オリバー視点になります。
事件から、約一ヶ月が経過していた。
途中、面倒な聴取やら書類の提出やらが多々あったが、それも今日で終わりだ。少し前から考えていた事だったが、今回が良いきっかけになった。
手の平を入口近くの機械にかざすと、ロックが解除されるのを確認する。
「慣れれば便利だよな……」
これは、埋め込み型のチップが反応しているらしい。
搬送された後、目が覚めた時には既に施術後だった。初めは何となく居心地が悪かったが、基本手ぶらで移動できるので、慣れてからは便利さしか感じなくなっていた。
それに、同じ艦に乗っていた奴らも同じらしいので、まぁ問題は無いのだろう。
問題があったとするなら、それは艦長と副艦長だ。
噂でしかないが、どうやら艦長であるリアム大佐はあの時艦と一緒に沈んだらしい。何か事情を知っていた様子だったが、きっと深くは知らない方が良い事なのだろう。
副艦長はと言うと、これまたやらかしたらしい。
どうやら、責任を全て艦長に押し付けようとしたらしく、その調書が全て嘘であると判断され、これまで過去に問題行動が無かったか審問会に掛かるとの事だった。
ざまあないだろう。
因みに、ジョンがされた事もきちんと報告しておいた。
「それにしても、アレは何だったんだろうな……」
ここまで聴取に時間が掛かっている理由は、きっと自分が証言した内容が関わっているのだろう。……と言っても、何か特別な事ではなく見たままを話しただけだったが。
――あの時、もう駄目だと思った次の瞬間、あの不思議なモノに呑み込まれた。
感覚的には、何か砂よりも少し粒の大きい物に近かった気がする。問題だったのは、あの液体のような何かは船体を分解するようにしながらも、オリバー達を害する事が無かった点だ。
それ処か、気付いた時には海面に出ていた。
状況だけ見れば、命を助けられた事になる。もっとも、原因をつくった相手に"助けられた"も何もない気もするが……まぁ、それは考えても仕方のない事だろう。
「それにジョンの足、あれは確かに折れていたはず……」
海面に上がってしばらく苦痛に顔を歪めていたジョンだったが、救助に来た迎えに乗り込む頃には何故かケロリとして自分で歩いてさえいた。
変だとは思ったが、その後の検査で「金属の様な何かが骨を補強するよう形成されている」と言う事が分かったと話していた。
嫌な予感から「極秘情報じゃないのか」と聞くと、笑顔で頷いていたが……あいつはちょっと人を信用過ぎだと思う。まぁ、そんな奴だからこうして仲良くなれたのもあるが。
何に関しても、今日の報告が終わったらジョンと共に軍を辞めるつもりだ。辞めた後は、二人でのんびりバーでもやろうと思っているが、あいつなら何をやっても楽しいだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、途中のテラスに新聞の記事が出ているのが見えた。
「"ガムルスの政治犯裁判停止"か……」
ここ数日ニュースで何度も聞いた記事だったので、内容を見ずとも容易に想像がついた。
どうやら、表向きは世界各地で起きているテロの影響を受けての"一時的な措置"としているらしいが、その実はオリバー達の乗った艦が撃沈された事への報復なのだろう。
少なくとも、政府が国連に圧力をかけたのは明らかだ。
オリバーとしては、あんな得体の知れない国になど拘らない方が良いと思うのだが、きっと上層部は自分と違う意見なのだろう。大佐は、"警告"として自ら犠牲になったやも知れないのに。
「まったく、間抜けばかりなのかねぇ」
その呟きには、諦めと共に安堵があった。
全て今日で終わる。これが終わったらジョンと合流して、中古車屋にでも行って車を買って。あいつ、きっと実用性云々でうるさいんだろうなぁ……。
そんなこんな考えている内に、目的の部屋までたどり着いていた。
いつもとは違う部屋を指定されていたが、きっとこれが聴取の最終日だからなのだろう。入口のセンサーとその丈夫そうなドアを見たオリバーは気のせいか、背筋がゾワリとするのを感じた。
「いや、まさかな。何を考えてるんだよ……」
何となく嫌な予感があったが、それを頭を振って誤魔化すとドアに近づいた。そして、その横の機械に掌を近づけると、音もなく開いたドアに足を踏み入れた。
そこに居たのは、いつもと同じ担当官だったが、一つだけいつもと違う点があった。それは、聴取を行う担当官と自分との間に透明な仕切りがある事。
「これはどういう?」
一瞬戸惑ったオリバーだったが、背後のドアがピタリと閉じたのを見て、衝動的に動きそうになる体をどうにか抑えた。きっと、もうロックされているだろう。
いや、きっと気のせいだ。
オリバーの様子を楽し気に見ていた男が、立ち上がると言った。
「さあ、これが最後の聴取です。座って下さい」
「……分かった」
大人しく置かれていた椅子に腰を下ろすと、早速口を開いた男が言った。
「それでは最初の質問ですが、この三日以内で何か異変はありませんでしたか?」
これは聴取の初めから聞かれていた質問だったが、答えは同じだ。
「まったくないな、至って健康だ」
オリバーの答えに、若干残念そうにすると続けて聞いて来る。
「それでは、その他変わった事――例えば"車にはねられたけど何ともなかった"とか"百メートルを五秒で走れるようになった"とかはありませんか?」
相変わらず、ふざけているとしか思えない。
この聴取が始まった時からずっと、『何の意味もない質問を繰り返す事で、こちらの精神状態に異常が無いかを調べている』と思っていた。しかし、本当にそうなのだろうか。
例えば、これが本当に質問通りの意味だったとしたら……。
「あるわけ無いだろ、ふざけてるのか?」
「いえいえ、真面目も真面目大まじめですよ~」
飄々と返して来るのにため息を吐くと、ふと気になっていた事を聞いた。
「なぁそれより、同じ隊に居たジョンは、どうしてるか知っていないか?」
昨日の夜電話をかけたのだが、出なかったのだ。性格からして、今朝にでも折り返して来ると思ったのだが、それも無かったので少し心配だった。
オリバーの問いに少し首を傾げていたが、思い出したように頷いた。
「ジョン……あぁ、"β-3043"ジョン・フレイサーの事ですね。彼なら、今朝輸送されましたよ?」
その言葉に思考が追い付かない。
「輸送って何処に?」
早くなり始めた鼓動を抑えながら聞くと、何でもない事のように答えがあった。
「ええ、どうやら精神的な病気らしいのでね。その手の病院に――」
「ちょっと待ってくれ、あいつに精神疾患なんてないだろう!?」
ここで入る精神病と言えば、軍系列の精神病院になる。
兵士の場合、状況によっては市民に危害が及ぶ可能性がある為、通常の精神病院とは比べ物にならない程セキュリティの厳しい病院に入る事になるのだ。
もはや病院ではなく、監獄と同じとさえ聞いた事すらある。
「あいつと今すぐ会わせろ!」
立ち上がったオリバーに、薄笑いを浮かべた担当官が言う。
「なに、焦らなくとも大丈夫ですよ。どうやらあなたは、本当に何も弄られていないようですからね。直接向こうに行く事になるでしょう」
何を言っているのかその内容も気になったが、それを冷静に問うほど冷静さは残っていなかった。血管が音を上げる位カッと来たオリバーは、椅子を持ち上げると目の前の仕切りに投げつけた。
『ガギンッ!』
鈍い音を立ててぶつかったものの、それ以上の変化は無かった。
予想はしていたが、目の前の仕切りは相当丈夫に作られているらしい。その先に居る薄笑いを浮かべた顔に歯を食いしばると、思いっきり拳を振り上げた。
◇◆
……何をしていたのだろうか。
視界の端には、暖かな光とそこに映る影が見える。
「あぁう、うぁう……」
言葉を発したつもりが、何の意味もない音が出ては漂う。
視線を落とすと、ほっそりとやせ細った足が見える。
……これは誰の足だろうか。
「あぅああぅ?」
手を動かして触るも、今度はその腕に目が留まった。
随分と痩せて、まるで干からびる寸前のミイラみたいだ。
その後、しばらくの間その手足を観察していると声が掛かった。
「あらぁ、もしかして薬が切れちゃったのかしら?」
「うぁううぁ?」
ふくよかな体系をした女性が近づいて来る。
何となく安心感のある女性だった。
「ふふ、今日はお友達が来る日ですよ~」
「あぅああぅ?」
言葉にならない音にも頷いて返事をしてくれる。
「ええ、そうよ。なんでも以前同じ仕事をしていたとか言うじゃない」
「あぁぅ……」
言っている意味が分からず首を傾げていると、それに微笑んで続ける。
「それにしても、あなたがここに来てから随分と経ったわね。まったく、あの時は心底驚いたんだから。あなたったら、あれ以来殆ど水しか採らないんだもの……」
添えられた手をじっと見つめていたが、その手が引かれたのを見て少し残念だった。
「ふふ、ほら押しますからね。背中をしっかり付けていて下さいね」
その後、動き出した車いすが日の光から遠ざかるのを見て、体をねじると振り返ろうとした。しかし、それに「大丈夫ですよ心配はありませんからね」と言った声に大人しくしている事にした。
……暗い場所は嫌だ。暖かな日の光の近くに居たい。
心の臓をぬるりと掴むような感覚に、身を震わせ始めた処で、ふと風が流れた気がした。
「あぅあぅあ?」
どうしたんだろうと顔を上げると、そこにあったドアが開いていた。思ったよりも強い光に目を薄く開けていたが、次第に慣れて来ると、そこに一人の人が立っているのが分かった。
思わず逃げようとするも、スッと近づいて来た男が抱き着いて来た。
「やっと見つけた。ほんと、見つけるまで大変だったんだからな……」
そのくぐもった声に何処か懐かしさを感じて、思い出そうと首を傾げた。
しかし、どうやらそんな様子はお構いなしらしい。
小刻みに震え始めた男は、そのしわくちゃになった顔を上げると言った。
「やっとできるな……二人の店」
少し長くなりましたが、これにて物語の狭間にあった物語は終わりです。次話から再び本編に戻りますので、よろしくお願いします。
なお、ページ下評価欄を活用していただけると感無量です。
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