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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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286話 払った代償【中編】

 途中で視点が切り替わります。

 どうやら、相当まずい状況らしい。


 向かっている途中もそうだったが、着いた頃には艦が傾き始めていた。普通に考えて、多少破損した程度ではこうはならない筈だ。きっと、水平維持装置までダメージが行ったのだろう。


「……滅茶苦茶だな」


 開いているドアを見て嫌な予感がした。予感が外れていて欲しいと願いながら入るも、その光景に冷や汗が伝うのを感じた。こういう時の予感は当たるらしい。


 そこには、部屋の端でうずくまる男の姿があった。


「クソッ、大丈夫かジョン!」


 慌てて駆け寄るも、どうやら意識ははっきりしているらしい。

 苦痛に顔を歪めながらも返して来る。


「あぁ、スーパーマンみたいには行かなかったけどな」


 軽口を叩くのをあしらいながら確認する。


「立てるか?」

「いや、すまねえ……」


 足に怪我を負っているらしい。


 横に転がっているのは、箱だけでもキロ単位のブツだ。仮にこれが直撃したのであれば、打撲程度では済まないだろう。そもそも、固定されていた筈なのだが……。


 時間も無いので簡単に確認する。


「右足は骨までイッテるな、左足も下手すりゃダメか……」


 これでも、入隊する前は医学生だったのだ。

 簡単な触診でどんな状態かぐらいは分かる。


 担ぎ上げようとしたオリバーだったが、手を置いてそれを防ぐとジョンが言った。


「置いて行け、お前も知っていると思うが、この状態になったら沈むまで五分と掛からない。俺がいては二人とも死ぬことになる。足手まといは置いて行け、ほら行けっ!」


 それに対して何とも言い難い感情を覚えると、無理やり肩に担ぎ上げた。


「バカ野郎、そんなに腐っちゃいねえよ! そんなに死にたきゃそのまま死んでろ! 俺は死体を担いで行く! どいつもこいつもクソばかりだぜ!」


 大きくなり始めた船体の悲鳴に、負けないくらい大きな声で返すと、耳を震わせる轟音の中全力で進み始めた。轟音の中、微かに声が聞こえた気もしたが……それに構う余裕は無かった。


 もう少しでハッチが見えてくるという処で、何か耳を震わせる不愉快な機械音が聞こえ始めた。何となく見上げたオリバーは、天井(そこ)に広がり始めた染みを目にした。


 いや、最初は染みだと思ったが……


「何なんだよこれ」


 それは、液体に似たまったく別のナニカ(・・・)だった。


 動こうにも、一度止めてしまった足は中々言う事を聞いてくれない。そのまま見上げて固まった二人は、垂れるように落ちて来たソレ(・・)に呑まれた。



 ◇◆



「クソッ、どうなってやがる……」


 つい先ほどまでは、いつもと変わらない何でもない一日になるはずだった。


 船員の中に熱が出る者や、多少反抗的な部下が居たものの、それこそ日常の一部でしかなかったのだ。それなのに、突如流れた警告と直後の衝撃。


 挙句の果てに冷たい海に放り出され、いま目の前にあるのは栄光の我が艦だ。その栄光も、船体に穴が空き今にも沈もうとしているが……。到底これが現実だとは受け入れたくなかった。


「クソッ、それもこれも艦長のせいだ。そうだ、そうに違いない」


 同期であるにもかかわらず、自分より数歩先を行くのが我慢ならなかった。きっと、本国に帰ったらその責任を問われる事だろう。


 証言ならしてやる。


 ――そう考えて、一人その先の事――自分が艦長に任命された先の事を妄想し始めていた。妄想に過ぎない"栄光の未来"を思い描いていたサマリーだったが、そこに泳いで来た部下が言った。


「サマリー少佐、緊急時マニュアルに沿い救援シグナル発信しました」


 どうやら、多少は役に立つ者が居たらしい。


「それで、被害確認は済んだか?」

「現時点で大佐含めた四名他、無事を確認しています」


 大佐もとい艦長は素潜りで八十メートルを行く人だ。心配せずとも問題ないだろう。それどころか、船内に誰か残っていないか見回っている可能性すらある。


 重要なのは、確認の取れていない四名の方だ。


 乗組員は全部で七十名、四名欠けても大きい。名前を確認すると、それが今朝熱を出していた者と観測兵二人、通信兵が一人と分かった。


 うち三人はともかく、一人には心当たりがあった。


 きっと、あの衝撃の際けがを負った兵士だろう。自分が腰かけていた箱が当たって負傷した訳だが、悪いのはあの"振動"であって自分ではない。


「そうか、見つかったら報告しろ」


 頷いたのを確認した処で、その背後で緊急時のボートが浮かんだのが見えた。どうやら、短い時間内でマニュアル通りの対応を踏んでいたらしい。


「役立つ奴も居るじゃないか……」


 ひとり呟くと、自分もボートへと上がる為に向かい始めた。


 その後、無事ボートの上を確保した処で見ると、丁度船体が沈んで行く所だった。まるで自分の輝かしい経歴まで沈んで行く気がして、何となく居心地が悪かった。


 しかし、目を逸らしたのと同じタイミングで、部下の声が聞こえて来た。


「おい、アレを見ろ!」

「何だあれ、何か膜みたいだな……」

「いや、何か硬そうでもあるぞ」

「燃料漏れたんじゃないか?」

「近くにいるやつ、距離を取っておけ!」

「ヤバいんじゃないかアレ?」

「離れろ!」


 怒号が飛び始めた中、蠢くソレ(・・)から目を離せなくなっていた。


 膜が張るようにドーム状になったかと思ったら、次の瞬間には何か液体のように波打っている。ただはっきりと分かったのは、それが水ではないと言う事だった。


 ……何となくだが、何か意思さえ感じる気がする。


 その液状をしたナニカの下、まだ僅かに見える船体の影とそこに空いた穴へ視線を移したが、それを見てハッと我に返った。この後、一度帰還する事になるだろう。


 そして、帰還した後は報告書をまとめなくてはいけない。


 そこで問題なのは、自分の評価がどうなるかだ。ここで誤ると、この後の経歴に大きく関わる事になりかねない。そう、上手く立ち回る必要があるのだ。


 保身のための策を巡らせたサマリーは、近くに居た部下に声を掛けた。


「一度離れるぞ」

「ハッ、伝令します!」


 きっと、まだ大佐は上がって来ていないのだろう。まるで、自分が艦長になったかのような高揚感を覚えた。この昂ぶりは一時的な物だろうが、今に見ていろ。


 本国に帰ったら本物の――と、妄想の途中で邪魔が入った。


「おい見ろ人だぞ!」

「本当だ、浮いて来たぞ!」


 その声に、何だ大佐が上がって来たかと思ったが……


 目を向けたサマリーは、どうやら様子が違うらしいと知る事になった。そこには、まるで鉄の板のような何かに乗った乗組員の姿があった。


 見ていると、一人浮かんでいたのが二人になり、それが三人、四人となっていた。どうやら、確認の取れていなかった四人が浮かんで来たらしい。


 目の前の状況に混乱し始めたサマリーだったが、救助されボートに乗せられる姿を見て嫌な予感と底知れない不安とを感じていた。


「指示をお願いします!」


 何はともあれ、今は目の前の事をうまく処理しなくてはならない。


「お前如きに言われなくとも分かってる」


 もやもやとし始めた不安を押し殺すと、一先ず救助を待つ事にした。


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