283話 予想外の想定内
マムを抱き上げていた正巳だったが、そこに来た二匹に苦笑した。
「何だ、お前たちも出て来たのか?」
出て来たのはボス吉とシーズの二匹だった。この二匹は、専用の揺れない寝床(常に水平が保たれる)から出て来ないものだとばかり、思っていたのだが……。
様子を見るに、どうやら賑やかにしているのが気になったらしい。
「にゃ~」
「みゃあ~」
鳴きながらすり寄る二匹に構おうとも思ったが、生憎今はマムを抱えている。どうしようかと思っていると、最近さらに成長したシーズが、よじ昇ろうと手をかけて来た。
「おいおい、昇るのか?」
子猫であればまだしも、成人男性程の重さのあるのだ。そんなノリで乗せるモノでは無いだろう。そもそも、相手をするにしても一度体勢を整えたい。
どうしようかと思った正巳だったが、何かをするまでも無くボス吉がシーズを叩き落とした。それに対して当然の如く怒ったシーズだったが、二匹の"シャー"を聞いて振り向いた者がいた。
「にゃんにゃん!!」
どうやら、眠れる鬼を起こしてしまったらしい。固まったシーズと、逃げようとして捕まったボス吉に心の中でお悔やみを言っておいた。
どうやら、サナが夢中になっていた"空中ショー"がちょうど終わった処らしい。すぐに諦め大人しくなったボス吉と、それを抱えてもふもふし始めたサナだったが、ふとこちらを見ると言った。
「抱っこしてるなの?」
どうやら、マムを抱えているのが気になったらしい。
「そうだな、これはご褒美だ」
すると、それを聞いて何を考えたのか目を輝かせて言った。
「サナも良い子なの?」
「ああ、そうだな」
頷くと、口元をにんまりとさせて続ける。
「ご褒美にあたいするなの?」
余りにも浅い戦略で思わず吹き出しそうになる。
「っふ、そうだな、まぁもうちょっとって処かもな」
……どうやら、どうにかしてご褒美の"抱っこ"をせびるつもりらしかった。普段であれば悩むまでも無く即座にしていたが、今はマムの手前そう言う訳にも行かない。
「それなら、"もうちょっと"はどうすれば良いなの?」
小首をかしげて聞いて来るサナに、ふと視界の端に入った光景を目に留めて言った。
「そうだな、ユミルの手を握ってやってくれ。それでちょうどだ」
すると、パァっと顔を明るくさせたサナが駆けて行った。そして、ユミルの隣に座ったサナが、右手をユミルの手に乗せているのを見て微笑ましく思った。
いつまでかは伝えなかったが、きっと十分な時間になるに違いない。何せ、サナが良いと思っても、ユミルが満足しなければ終わらないのだから……。
「パパは中々厳しいですね」
そう言って苦笑するマムの腕には、いつの間にかシーズが抱えられていた。満足そうな顔で顔を埋めるマムに「程々にしてやれよ」と言うと、気になっていた事を聞いた。
「それで、このまま飛んだ先にあるのか?」
すると、それに首を振って言う。
「いえ、方角的には全く違います」
「それじゃあ、何でこっちに進んでいるんだ?」
向かうのは"新しい拠点"であって、目的地に変更はないはずだ。
「理由は三つあります」
「一つはあの親子だな?」
マムの言葉を聞いて一つは思い至った。
「はい。ただ、こう言っては何ですが、この三つの中では一番重要度が低い用件でした」
バッサリと切り捨てたのに苦笑するも、下手に取り繕われるよりは良いかと思いなおした。仕事モードのマムに「他の二つを教えてくれ」と催促すると、頷いたマムが言った。
「二つ目は、拠点の方角を推測されない為です」
その答えになるほどなと思った。
正確な拠点の場所については、あらゆる手段を用いて知られないようその対策をしている。その為、例え宇宙空間から地上を探したとしても、決して気付かれる事は無いだろう。
それこそ、自力で辿り着こうと思うならば、完全にアナログな手段(電子機器を用いない方法)で拠点までたどり着く外ないのだ。
そして、そのアナログな方法で辿り着かれる可能性は、"方角"を知られるか否かでだいぶ変わって来る。だからこそ、その"方向"を知られるわけには行かなかったのだ。
マムの説明に納得した正巳だったが、少し気になる事があった。
「それで、大回りするとしても燃料は足りるのか?」
念頭に消費する燃料を置いての疑問だったが、どうやらその前提が違っていたらしい。首を傾げたマムが、「ああそうでした」と頷くと言った。
「この機体及び、現在運用中の全機体は燃料の心配は不要なのです。まだ半永久的にとは行きませんが、少なくとも連続して数カ月単位で運用できる程度には安定していますので」
……と言う事らしい。
「なるほど、心配ないと言う事か。よく分かった」
以前話をした時は、安全面には気を付けるという話だった。運用レベルで使っていると言う事は、その辺りの問題はクリアしているのだろう。
今井さんに目を向けると、その隣に座っていた双子と目が合った。手を振って来るのでそれに返していると、気のせいかむくれ声になったマムが続けた。
「最後は一番重要なのです」
それに耳を傾けると、耳元に口を近づけたマムが小さく言った。
「ちょっかい出して来た潜水艦を沈めるんです」
咄嗟に答える事が出来なかったが、ここで重要なのはマムがそう判断したという事実だろう。マムには、手を出されない限りは何もするなと言っている。
つまり、マムが言う処の"ちょっかい"に当たる何かをされたと言う事だ。これはあまりに予想外、もはや"予想"を突き抜けて『予想外の想定内』だった。
ここで何があったかを聞くには、少し耳が多すぎる。原因は後で確認する事にして、一先ずこれから起ころうとしている事が終わるまで、状況を静観する事にした。




