280話 白老師
少し短いですが、次話もなるべく早め目に更新しますので_( _´ω`)_ペショ
薄っすらとまぶたの裏に映るのは、赤らみ始めた光とその端にある影。
寝なくて問題ないとは言えど、どうやら精神的疲れは別だったらしい。彼是一睡もせずに三日を過ごした後、横になったらいつの間にか時間が経っていた。
「一時間、いや二時間弱か……」
小さく呟くと、服を掴んでいる小さな手を横にずらしながら、そっと体を起こした。寝る前まではひと二人分ほどの間があった筈なのに、どうやってか移動して来たらしい。
遅くなるから、今井さんと一緒にいる双子の処に行けば良いと言っておいたのだが。
昨夜まで忙しくしていた為、あまり構ってやる事が出来なかった。もしかすると、多少なり寂しく感じていたのかも知れない。
そっと頭を撫でると、静かに近づいて来たマムに言った。
「準備はどうだ?」
「すべて完了、物資は既に輸送済みです」
二日前から始めていた輸送作業も、ようやく終わったらしい。
「そうか、後は人が入るだけだな……」
頷いたマムと、その視線が一瞬横に逸れたのを確認した。
これが人間であれば、特に意味のない無意識な動きと言う事もあるだろう。しかし、相手はマムだ。マムが何も意味のない動き(それも正巳の前で)をする筈が無い。
逸れた先に、自分の手以外何もないのを見て内心苦笑した。
「よくやった」
どうやら、随分と甘えん坊に成長したらしい。
……いや、元からだったか?
頭に上に手を乗せると、それを受けたマムが僅かに頭を下げる。
そのまま撫でていると、開いていた目を次第にゆっくりと閉じていた。まるで"至福の時間"とでも言うかのような表情とその緩んだ口元を見ては、手を引くに引けなかった。
その後、十分と思われる時間を過ごすと立ち上がった。
「どちらに?」
不思議そうに聞いて来るものの、不満そうな様子はない。どうやら、満足できる十分な時間を提供出来ていたらしい。ほっとしながら答えた。
「ちょっと顔出そうと思ってな」
まだ朝早くはあるが、きっと起きているだろう。
「マスター……ではありませんね。となると"白老師"ですか?」
小首を傾げながら、寝ているサナをそっと抱え上げている。
以前サナを置いて行った事もあったが、寝起きで俺がいない事に気付くと、暴走して大変だったのだ。それ以来、寝ていても起きる可能性がある限りは、こうして一緒に連れて行っている。
多少うるさくても揺れても起きないのは、サナの凄い処の一つだと思う。
「よく分かったな」
ズバリ言い当てたマムに感心すると、小さく「パパの子ですから」と言っていた。正直関係ないだろとは思ったが、無駄に突き放す必要も無いだろう。
「にしても、"白老師"か……まるで何処かの道場師範みたいだな」
先日、ハク爺の事をふざけて読んだ呼び名が、どうやら定着してしまったらしい。以前からハク爺の事をどう呼ぶかで悩んでいたらしく、上手い落し処が見つかったという処なのだろう。
"坂巻さん"と呼ばれたり、"ハク爺さん"と呼ばれたりしていた本人も、「まだまし」と言って苦笑していた。確かに、ハク爺にさん付けして呼んでも、丁寧なのか何なのかよく分からない。
話しながら部屋を出た正巳は、その後静かな廊下を通って訓練階まで向かった。
途中、何人かは既に起き出していたが、その数は普段より少なかった。ここ数日、前倒しになった予定を詰める為に忙しかったのだ。当然と言えばそうなのだろう。
寝ていますかと心配してくる住民に、十分に休みを取っていると答えながら歩いて行く。が、余りにも合う人合う人に心配されるので、少し心配になった。
「顔色悪そうに見えるか?」
すると、それに首を振ったマムが答える。
「パパはいつでも健康です」
言い切るマムに、それはそれで根拠の心配があったが……そこで続けたマムには、何か正巳の知らない心当たりがあるらしかった。
「最近、パパに関するある噂を流しまして、きっとそれが浸透したんだと――」
「ちょっと待て、いったい何を言ったんだ?」
嫌な予感がした。
これまで何度も経験して来た事だったが、加減を知らないマムは、色々な事でやり過ぎる傾向があるのだ。大した事では無いのですが、と前置きしたマムに唾を呑み込んだ。
「"不眠の王"だって広めたんです。パパが強い事は既に周知の事実なので、次は民の為に働く献身の人だって知られないといけませんから!」
使命感に燃えた瞳を揺らして言うマムに頭を抱える。
「おいおい、冗談だろ……」
確かに、好かれていればそれに越したことは無いだろう。しかし、いくら何でもこれはちょっとやり過ぎな気がする。そもそも、真に受ける人がどれだけいるのだろうかも怪しい処だ。
まぁ、実際寝る必要が無いので、寝ずに仕事していたのは確かだが。それは飽くまで、必要が無いからしていただけで、骨身を削ってしていた訳では決してない。
口元をヒク付かせた正巳に、それをどう受け取ったのか満面の笑みでマムが言った。
「大丈夫です、既に浸透していますので!」
言われてみれば、先程までの反応がそうなのだろう。既に浸透しているらしい新たな噂に苦笑すると、見え始めていた姿に焦点を合わせて言った。
「少し体を動かして来る。緊急時は構わずそう言ってくれ」
正巳が"緊急時は"と言ったのは、それ以外であれば割って入るなと言う意味があった。
「そのように、パパ」
頭を下げたマムを後に、早く来いと殺気を飛ばしている"白老師"もといハク爺へと足を向けた。普段より気合の入っている様子を伺うに、きっとハク爺にも思う処があるのだろう。
……何にせよ、話してみなくては分からないだろう。語り合う為に一歩踏み出した正巳だったが、次の瞬間繰り出したのは鋭い一撃だった。
因みにですが、短くて更新が早いのと長くて更新が遅いの、どちらの方が良いでしょうか。その通りに出来るかは怪しいですが、ご希望等あれば善処したいと思います。




