269話 極秘の秘
「遠くない内に、拠点を移す必要があるかも知れない」
そう言った正巳は、順々に意見を聞いていた。ハク爺の横に居たのはロイス教授だったが……視線を向けた正巳に、何でもないと言う風に言った。
「研究できるなら何処だって良い」
それに反応したのは今井だった。
「とっておきを用意してるさ!」
やはり、似ている部分があるのだろう。
代わりに答える今井に頷きながら、話していなかった残りを話す事にした。話したのは、この拠点に居られなくなるであろう"原因"と"理由"だったが、問題は対処が難しい点にあった。
「今日テロがあったのは知っていると思う。今井さんが実際に被害に遭ったからな……。それで、今回は我々に向けてのものだったが、今後もそうとは限らないんだ」
「ガムルスの残党じゃな?」
「そうだ。恐らくだが、世界中に散った、もしくは散っている人数は数千人単位だと思われる。それらは、多くが幼い時から兵士として洗脳され、死への恐怖が薄い」
頷くユミルを確認し、続ける。
「そんなテロリスト達が、もし"ハゴロモ"を騙って、爆破テロを起こし始めたらどうなると思う? いや、ここでは"ハゴロモに味方する国を対象に"でも良いだろうな」
正巳の言葉に、ロイス教授が難しい顔をして呟く。
「なるほど、つまり"向かう先が無い怒り"が向かってくる訳か」
「そう、そして、現状でも我々に最も近い国――この"日本"でも、市民からの不安の声が上がり始めていると情報があった。これでも抑えられていると思うがな……」
恐らく、幾つも講じておいた工作が効いているのだろう。
そもそも、島国であり戦争と国民に距離のあったこの国が、ここまでの間静かだったのが既に"奇跡"のようなモノなのだ。これ以上は望み過ぎだろう。
正巳の、若干配慮した言葉が引っ掛かったらしい。
「パパが命じれば、即座に支配する事も可能ですが。何せ、ここまで"システム"に依存した国もそうありませんからね。マムにかかれば、一か月掛からず終えますよ」
それに対し、息を呑んだメンバーは居たものの、否定で返す人は居なかった。そのつもりは毛頭なかった正巳だったが、どう返そうかと考えている間に今井が口を開いた。
「ふむ、確かにその方が"不幸"の数は減るだろうね」
「はい、マスター!」
我が意を得たりというマムに、今井が続ける。
「でもね、それも人の営みの中の"自然"なんだ」
「"自然"ですか?」
理解できないという表情と、それに頷く今井。
「そうさ、人には欲がある。この欲が"罪"を生むんだ」
「では、その罪がなければ、人は完全になれる……?」
首を傾げるマムに今井が首を振る。
「いや、そうじゃない。罪があるからこそ、欲があるからこそ、ここまで繁栄して来たとも言えるんだ。要は、欲が無ければそれ以上の"進化"は無いのさ」
そう答えた今井は複雑な表情を浮かべていた。
それもそうだろう。今井自身、不正を告発した両親を、その善なる行動によって失っている。本当であれば、肯定とも取れる事を口にするのは苦痛他ならないだろう。
そこから先は、正巳が対応する事にした。
「少なくとも、現時点で敵対するつもりはないな。俺たちの敵は、安全を脅かし不幸を持って来る相手だ。そいつらに対して容赦はしないが……」
言いながらマムを見て、今井を見て続ける。
「それに、今回の場合、俺達が安全と幸せを脅かす側だからな。この言い分で行けば、俺達が出て行かないと筋が通らないんだ」
言い方はあれだが、筋を通そうと思わなければ簡単に出来るだろう。
しかし、どうだろうか。子は親を見て育つ。親が筋を通さなくては、子は筋を通さなくて良いものだと、それが普通だと思って育ってしまう。
少なくとも、我が子にはそうあって欲しくはない。
正巳の言葉を受け、考えていたマムだったが、やがて顔を上げると言った。
「しっかりと刻みました。マムは、マスターとパパの子ですから!」
どうやら一件落着したらしい。
マムの話で逸れたが、ミューとハク爺には拠点を移る可能性があると、共有しておいて貰う事にした。質問もあるだろうが、フォロー含めて機を見て対応していけば良いだろう。
了解したと言うハク爺と正巳の父で、国民となった征士は何故か目を潤ませていた。
「……どうした?」
「「 感動した 」」
苦笑した正巳だったが、手をスッと上げたザイに視線を向けた。正巳の視線を受け、咳ばらいを一つしたザイはおもむろに言った。
「それで、新しい拠点――いや、"国土"は何処に決めたのでしょうか」
その口調は断定的で、半ば既に"決まっている"と知っているかのようだった。
しかし、それに何でもない顔をして頷いた正巳は、目を輝かせ始めた今井が、余計な事を言わない内に口を開く事にした。
「それは、まだ教える訳には行かない」
これは譲れない。
現状、予定地周辺は、完全にして完璧に情報遮断している。マムに確認した処、あらゆる手段――地、海、空、そして宇宙からも、情報が抜かれないようしていると言う話だ。
極秘中の極秘と言って良いだろう。
正巳でさえ正確な位置情報を知らない訳だが、それを知っているのは唯一、今井とマムのみ。マムは問題ないとして、今井さえ漏らさなければ知られる事はない。
ちらりと視線を向けると、ハッとした様子で大きく頷いた今井が言った。
「そうだね、まだ教えられないなぁ~」
若干不安ではあったが……ザイの事だ、これ以上の詮索はしないだろう。教えられるタイミングになったら、真っ先に教えると約束して引いてもらう事にした。
その後、少しの間談笑していた一同だったが、夜も遅くなってきたので解散する事にした。
今回共有したのは、テロの予測とそれに伴う影響。拠点を移す可能性について。
対して、明かさなかったのは、ザイの報告にあったもう一方の情報の一部だったが、機が来れば否が応でも知る事になるだろう。
戻って行く面々を見送りながら、小さく呟いた。
「探りの段階なのか、それとも……」
今回の事件の裏に、"列強国"と呼ばれる国の工作員がいた事を考えると、安寧の時間はそう長くないのかも知れない。
少しばかり気が重くなってきたが、今出来るのは備えと対策だろう。
話があると残った今井、今日は泊まる事にしたらしいミュー、それとマム。部屋に残っていた三人へ目を向けると、体を解しながら言った。
「さて、ようやく休めそうだな」
白湯を入れて来たミューに礼を言うと、背もたれに深く腰を下ろした。
どうやらマムは、人について一つ学んだようです。




