261話 瞳の奥に揺れる
どうやら、注目を集めすぎていたらしい。
人々の視線に気が付いた正巳は、マムのアドバイスもあって、少し離れた場所に移動して来ていた。
抱え上げ、半ば強制的に連れて来たサナを降ろすと、ぷくっと膨らませていた母から空気を出し言った。
「せん滅なの!」
物騒な事を口走るサナに再度説明する。
「サナ、あれはデモンストレーションだったんだ」
「でも本物だったなの!」
どうやらサナも、投げられた手りゅう弾が本物だったと、気付いていたらしい。頷きながら落ち着かせる。
「確かにそうだ。でもな、何度も言うがあれはデモンストレーション……つまり、予め打ち合わせしてした事なんだ。だから問題ないんだ――そうだよな?」
そう言って、そこに居るメンバーに視線を向けた。援護射撃を求めての視線だったが、芳しい反応とは言えなかった。
「どうなんだ?」
そこに居たのは、アキラを初めとした護衛部及び傭兵であるサクヤ。それに、少し前顔合わせをしたばかりのザイだった。
視線を合わせるも、何か言いにくい事があるのか、直ぐに逸らされてしまう。
「ザイ、説明してくれ」
唯一視線を逸らさなかったザイに説明を求めると、頷いたザイが言った。
「どうやら、会場内にネズミが入り込んでいた事を、事前に把握しておられたようです。それを今井様が上手く活用された様でして。現在実行犯を泳がせておりますが、巣穴丸々掃除しますので、処理の方はお任せください」
……どうやら、とんだ勘違いをしていたらしい。
ザイの言葉から考えるに、つまりあの男――手投げ弾を投げたのは、本物の"テロリスト"だったわけだ。男の情報を事前に掴んだ今井さんは、利用する事にしたのだろう。
きっと、男の武器が爆弾しかないのも把握していたのだ。それに、ああして自分がステージに立っているのも、きっと自分に的を絞らせる目的で……。
状況とそこに至るまでを理解した正巳は、ふつふつと溢れ始めた激情に口を開いた。
「どうしてそんな事を許した」
一つ間違えば、取り返しのつかない事になっていただろう。抑えてはいたものの、つい口調が厳しいものとなった。
「だってよ、姉ちゃんの指示だったんだ」
「そんなものが理由になるか」
仕方がなかったと言うアキラに、若干気の緩みを感じ思わず反応する。
怒鳴った訳では無かったが、普段あまり怒る事の無い正巳にしては、少しきつい言い方だったかも知れない。
しかし、アキラは護衛部のリーダーでもあるのだ。気が緩んでいては、話にならないだろう。
張り詰めた空気の中、アキラは何か言おうとして、それでも声が出ないようだった。
そんな様子を見ていたのだろう。隣に居たサクヤが、一歩前に出ると頭を下げた。
「判断ミスでした二度としません」
サクヤに続いて、そこに居た全員が頭を下げる。
一人一人を見回した後で目を向けると、アキラが唇を噛んで見えた。本人も反省しているらしい。
(油断に陥るのが一番怖い事だからな……)
数秒間を置いてから、息を吐くと言った。
「信じよう」
人は失敗する生き物だ。一度の失敗は問題ないだろう。重要なのは、同じ失敗を繰り返さない事――取り分け、取り返しのつかない問題については、二度と間違わない事が大切なのだ。
それ以外の問題は、一つを間違わない為の練習台と言っても良いだろう。
「期待してるぞアキラ」
正巳の言葉が合図になったのだろう。頭を下げていた面々が、ゆっくりと顔を上げほっとしている。
数歩離れると、サナとマムが付いて来た。
その後ろには、少し離れてザイが控えるのが見えるが、恐らく何か報告があるのだろう。
背後では、サクヤに慰められているアキラが見えるが、どうやら良い関係を築いているみたいだ。落ち着いて来たらしい面々を横に、マムに確認した。
「それで、本当の原因は何だったんだ?」
流石に、ここに居るメンバー全員が、ちょっとやそっとの指示で危険行為をそのままスルーするとは思えなかった。何か理由があるのだろう。
一度目を閉じたマムは、数秒の間そのままだった。その後、ゆっくり目を上げると、澄んだ目を合わせ話し始めた。
「マスターがこれしかないと。『"本物"でないと口説けない』と懇願されたのが、理由かと思います。実際、優秀な人材は先程使われた"モノ"と、それを防いだ"技術"について興味を持ったみたいですので……マスターの試みは、意図通りに"成功した"と言えます」
どうやら、全ては人材確保の為だったらしい。
……なるほど、確かにおかしいとは思ってはいた。今井さんは、このイベントが始まる前、やけに"自分は安全だ"とアピールしていたのだ。
それを受けた正巳も、てっきり何か最新の機器――例えば、見た目がそっくりのアンドロイドを用意して、それを分身として使う――など、ハイテク面での滅茶苦茶をすると思っていたのだ。
きっと今井さんは、正巳にそんな"思い込み"がある事も知っていたのだろう。それこそ、チケットを一般販売する時点で、既に仕込んでいた可能性すらある。
今井さんは、そういう無茶をする人なのだ。
「これは、完全に俺のミスだな……」
恐らく、命令すればマムは本当の"事のあらまし"を白状するだろう。マムの目は、覚悟を決めた目をしていた。
しかし、これは他でもない俺自身のミス――国岡正巳の今井美花への理解不足――ヒューマンエラーだ。
(まったく、一番気をつけなきゃいけないのが仲間だとは)
頭をガリガリと掻いた正巳だったが、覗き込んで来たサナに言った。
「どうした?」
「サナは何も隠してないなの」
首を振って言うサナに苦笑する。
どうやら、ずっと正巳の事を観察していたらしい。きっと、隠し事をされたかわいそうな奴、くらいに映ったのだろう。
なんにも隠し事は無いんだよ?とアピールするサナに、内緒話をするように言った。
「はは、そうだな。だがな、隠しているのが悪い事って言うと、そう単純な話でもないんだぞ。良い女には、一つくらい隠し事があるものだからな」
そう言って頭を撫でてやると、首を傾げながらも笑顔を浮かべていた。
その後、会場から拍手が聞こえて来た。
状況を確認したところ、どうやら今井さんのデモンストレーション及びプレゼンテーションが、無事終了したらしかった。
率先して拍手を始めたのは、東寺首相だったらしい。今夜予定している、打ち上げ兼"夜会"には首相も招いているが、その時にでもお礼をしておこう。
マムに礼を言い、この後会場では"試作機"によるデモンストレーションが残るのみだと聞いて、終わり次第、今井さんを呼び出すようにと言っておいた。
一先ずの"心配事"を整理した正巳は、少し前から控えていたザイに振り向いた。
「それじゃあ、聞かせて貰おうか?」
すっかり、落ち着いた口調へと戻った正巳だったが、その瞳だけは静かに紅く燃えていた。
「承知しました」
その視線を正面から静かに受け止めたザイは、一つ礼を取ると報告を始めた。




