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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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258話 第二回腕相撲大会

「腕相撲なの!」


 ――そう言ったサナは、どうやらチケットを賭けたイベントをやりたいらしかった。


 言っても聞きそうにない事と、問題分子が紛れ込んでいた場合、チケットを餌におびき出せそうでもあったので仕方なしに頷いた。


「よし分かった。期限は付くが、それまでは好きにやって良いぞ。サポートにマム……は難しそうだな。よし、それじゃあ道具を用意するついでに、補佐人員も探してくるか」


 参加するであろう人達が一般人(カタギ)とも限らない。補佐する人には、司会進行に加えて"抑止"となるような、見た目の"(いか)つさ"が求められるだろう。


 ◇


 丁度良さそうな人員を探していた正巳だったが、中々適任を見つけられずにいた。途中、ハク爺や傭兵団のメンバーとも会ったが……任務柄、表に出て目立つのは宜しくないだろう。


 ただ、役に立ちたいですと言って来たハクエンは、その外見と大きな声でもって、既に若干周囲の目を引いていたが……。アキラによって引きずられて行くハクエンを見送りながら、再度見回した。


 どうやら、腕相撲用の"金属製の台"が運ばれて来たらしい。


 着々と準備が整って行く中、ふと感じた気配と懐かしい視線に振り返った。それは、目の前の状況を横に置いても反応すべき、嬉しい気配だった。


「来てくれていたのか!」


 振り返るとそこには、ホテルの総支配人にして正巳の"師匠"とも言える男"ザイ"がいた。


 その横には、恐らく今日のお付き(・・・)なのだろう。オールバックに筋骨隆々な男がいるが、何となく"漢"と書いて"男"と呼んだ方がイメージに合う気がする。


 声を掛けると、柔らかい笑みを浮かべ返してくれた。


「お久しぶりです」


 相変わらず美しい礼を取る男だ。懐かしく感じながらもそれに答えた正巳は、ザイとの再会を喜びながらもここに居る理由を聞いた。


「何故ここに? それに、そちらの方は?」


 正巳の疑問に答えたのはマムだったが、その後ザイの紹介を受けて驚く事になった。


 ――横に付いたマムが言う。


「実は、バックアップとして依頼を出していたんです」


 それに頷いたザイが、引き継ぐ。


「我々、確かにそちらの"ガーディアン"……っと、マム様でしたな。マム様から依頼を受け、参りました。ご紹介が遅れましたが、こちらは八人いる我々"ホテル"支社長の内の一人です」


 どうやら、男は世界大使館(ワールドエンバシー)と呼ばれる"ホテル"の、支社長だったらしい。


 少し前にとある国の王子(今は国王だったか)に教えられて知ったが、世界大使館(ワールドエンバシー)の支配人(各支社長)は一国の国王並みの力を持っているらしい。


 視線を向けると、目を伏せて口を開いた。


八大使(・・・)の内が一人、ガモン・ドルドレイクと申します。この度は、お目に書かれて幸いです。ご用命を漏らす事無く果たして見せましょう」


 視線を合わせないのは、一種の古典的礼儀作法なのだろう。


「丁寧にありがとう。それでガモンさんは――」

「私の事は、ドレイクとお呼び下さい」


 引かなそうな気配を感じて頷いた。


「それじゃあ、ドレイクさん……」

「はっ、何なりと」


 先ほど、八大使と言っていたが、恐らく支社長の事を社内呼びで"大使"と呼んでいるのだろう。ドレイクの圧に、負けそうになりながらも聞いた。


専門(・・)は何ですか?」


 主語の無い質問だったが、これで伝わるだろう。正巳の質問にスッと視線を上げ、じっと目を合わせて来たドレイクだったが、満足したのか目を伏せると言った。


「私の専門は"環境清掃"です」


 環境清掃――つまり、客室やフロントなど限定された何処か(・・・)ではない訳だ。


 環境と言うのが何処までを含むのかにもよるが、ザイが今日ここで紹介して来たのを考慮すると、かなり広範囲の"環境清掃"を手掛けているのだろう。


(何にしても、信頼が置けるかが重要なわけだが……)


 正巳の考えを知ってか知らずか、ザイからの補足があった。


「私の腹心の一人にして、我々の組織の"中枢の一人"です」


 どうやら、信頼の担保はザイと"ホテル"がしてくれるらしい。


「なるほど、よく分かった」


 頷いた正巳に続ける。


「今後会う機会もあるかと思いましたので、今回同伴させました」

「ほう、今後と言ったか……」


 どうやらザイは、今後の国家としての"ハゴロモ"に、この男が役に立つと言いたいらしい。正巳の言葉に頷いたザイは、チラリとマムへ視線を向けて言う。


「勿論、その絶大な力は"前回"から、そして"今回"も確認しております。しかし、時に何かしら役立つこともあるかと思いますので――」


 前回、今回と言い分けたのは、恐らく実際に同伴していた時期とその後、独立した"ハゴロモ"が行ったガムルスとの戦争の事を言ったのだろう。


 世界各国からの探り(・・)が入っているのは確認していたが、ホテルからの干渉はそれほど報告に上がっていなかった。知ってはいたが、どうやらホテルの諜報部隊は優秀も優秀らしい。


(確かに、人ならではの手段もあるのだろうな)


 何となくザイの"意図"が見えて来た処だったが――


「チケットなの、とってもいいもの(・・・・)なの! 勝負して買ったらあげるなのー!」


 どうやら、サナは煽る(・・)事を覚えたらしい。


「えっと、この前もしたから……二回目のすもう大会なの!」


 まだ始めたばかりみたいだが、不意に聞こえて来た声に慌てた。


「申し訳ない、どうやらウチのが始めたらしい。早速で悪いが頼まれてくれるか?」


 急な依頼だったが、元よりマムからの依頼で来たのだ問題ないだろう。


 正巳の言葉に、状況を把握したらしい。頷くザイに、チケットを賭けた"腕相撲大会"を始めたサナのサポート(・・・・)を依頼した。


「承知しました。つつがなく」


 手を交わしたザイはともかく、ドレイクが受けてくれるかが心配だった。


 しかし、そんな心配は不要だったらしい。


「フハハハハ、愉快な仕事ですな! なに、お任せください。見事盛り上げて見せましょう!」


 心底面白そうに笑うと、力こぶを作って笑いながら歩いて行った。


「どうやら適任だったみたいだな」


 その後ろ姿を見送りながら言うと、苦笑したザイが頷く。


「祭り事が好きなもので」

「ははは、想像つくな。あれだな、祭りで大いに騒いだ後、きっちり掃除までして帰るタイプだ」


 半ば冗談を込めて言った正巳だったが、それに深く頷いたザイはひと言呟いて言った。


「そうですね、きっと元より(・・・)綺麗になっている筈です」


 その声のトーンには、冗談の気配が一切無かった。そんな、ザイの"ブラックジョーク"に苦笑するも、一礼したザイが向かうのを、見送りながら呟いた。


(ユミル、お前の親父は相変わらず元気そうだぞ)


 何処かで既に再会済みかも知れないが、二人の事だ。顔を合わせても、知らない顔してすれ違っていそうな気がする。それも一つの形なのだろうが……


「あとで時間を設けようか」

「そうですね、今夜にでも」


 マムに頷くと、服の裾を掴んでいた手を握り、異変があれば対処できる位置に移動した。


「――さ~て、次の挑戦者だー! おっとぉ~これは、中々ガタイが良いぞ~! お、コールもかかっているぅ! どうやら、筋肉自慢の男たちの様だぁ! 自慢の筋肉を生かし切れるかぁ~? それとも、少女相手に只の無駄肉だと醜態をさらすのかぁ~!」


 早くも盛り上がり始めた腕相撲大会だったが、その中には、ちらほらと実力者の姿も交じり始めていた。どうやら、思ったよりも餌の匂いが強かったらしい。


 その様子を眺めながら、そりゃそうだよなと頬を掻いた。


「その類の人間には、チケットが回らない様徹底したからな……」


 それは何も、諜報員の様な人間相手だけではない。


 招待した有力者であっても、その護衛の入場は不可にしたのだ。護衛としても、是が非でも手に入れたい"チケット"なのだろう。


 絶妙な煽りと、サナのポップさが相まって一般人からしたら、一種の見世物だとでも思われていたのかも知れない。参加する男たちは、次第に本気(・・)になり始めていた。


「くそぉー! どうなってるんだよ!」

「ほら、負けたんならさっさと退きな」

「てめぇ、あのチビ恐ろしく強えぇぞ……」

「はんっ、盛り上げるだけの仕込み(・・・)はもう十分だぜ!」

「なっ、やんのかてめぇ!」

「なんだとやるかぁ!?」


 手が出始めた男たちだったが、直ぐにストップが入った。


「オーケー! 盛り上がるのは良いが、盛り上がり方を間違えるんじゃないぜー!」


 一部、盛り上がり過ぎた者達も居たが、そう言った男たちは漏れなくドレイクによる強制退場を受けていた。実際に拘束、連行していたのはザイだった為か、あまり強制感(・・・)は出ていなかったが……。


 何にせよ、メインの前イベントとしては、上々の盛り上がりだろう。


 途中から、マムの機転によって全モニターでの中継がされていたが、その効果もあって全体で盛り上がり始めていた。正巳としては、楽しそうなサナの姿が見れるだけで、やって良かったが。


 盛り上がりの理由には、少女とむさい男たちの対決と言う普通あり得ない構図があった。


 少女が男たちを一捻りにする様子は、見ていて面白くコメディ感があった。チケットを手に入れたい男たちにとっては、そんなつもり微塵も無かっただろうが。


 ふと視線を向けると、屋台を手伝う子供達からは尊敬の眼差しが、警備を担当する子供達からは憐みの眼差しがそれぞれ向けられていた。


 そんな様子に苦笑しながら、もう少しだけ楽しませてもらう事にした。


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