257話 ナンパ野郎?
人、人、ヒト、ひと……何処を見ても人がいる。
どうやら、ここまでは予定通りに来たらしい。
特別問題が起きていない事を確認しながら、感じ始めていた疲れに苦笑した。
(鋭すぎるのも問題だな)
精神的な疲れに違いないが、恐らく鋭くなった五感が関係しているのだろう。
少しの視線にも反応してしまう感覚に、初めてとも言える"欠点"を感じて苦笑した。
そんな正巳に気が付いたのだろう、ピクリと反応したサナに聞いた。
「どうだ、楽しいか?」
すると、小さく頷きながら答える。
「なの、人が沢山なの、美味しいなの!」
右手にいるサナは、りんご飴を舐めながらきょろきょろと見回している。どうやら、純粋に楽しんでいるらしい。サナはいつも通りだったので、今度は反対側にいるマムに聞いた。
「どうだ、気になるモノはあったか?」
「いえ、……楽しいですよ、パパ!」
マムもマムで同じように周囲を見回していたが、純粋に楽しんでいるサナとは少し様子が違った。恐らく、その"眼"でもって周囲の監視をしているのだろう。
傍から見れば、二人の子供を連れた少し若いお父さんだったが……
二人から顔を上げると、状況を確認しながら頷いた。
「準備は上々、あとは仕上げるだけだな」
封鎖され歩行者天国となった道路は、その両側に出店が並び賑わいを見せていた。道の途中には、一定の距離を空けて設置型のモニターが置かれている。
出店は、その其々にハゴロモ側の人員が入っている。
言わば、給仕として訓練して来た子供たちの"初デビュー"でもあるのだ。それぞれ、担当する屋台の練習をしていたのを知っている。
加えて言えば、護衛部の子供達も傭兵団である"ホワイトビアド"の指揮の元、各所で護衛の任務にあたっている。一応、其々に"現金"を支給しておいた為、思い思いに楽しんでもいるはずだ。
因みに、子供たちに支給したのは表向き"給金"で、実際の処は"お小遣い"だった。両替には、銀行に協力して貰ったが……大臣には、一つ貸しを作ってしまった。
(気にする必要はないとは言っていたが、今度借りを返さないとな)
思い出しながら、俯瞰的に子供たちの様子も確認した。
実は、子供達には『外で顔を合わせても反応するな』と通達している。その為、こちらを見つけてからの"見て見ぬふり"を懸命にしていたりもするが……その懸命さがまた可愛かったりする。
――そんな、色々な意味を含んだイベントではあったが、このイベントのメインは飽くまで"賞金獲得者の発表"なのだ。そのメインイベントについても、抜かりはなかった。
「モニターも設置し終えているな」
設置されていたのは、メインイベントの会場を映すモニターだった。
このモニターによって、より一体感を演出できるだろう。場合によっては放映時の"リアルタイム加工"を行う事にもなるが、これは情報の保護と対象者の安全の為だ。
準備が終わっているのを確認し満足していると、サナの手にキュッと力が入った。
そちらを向くと、サナは一つの屋台をじっと見つめていた。
「……くもなの」
どうやら、ふわふわの砂糖菓子――"わたがし"が気になったらしい。
予め用意してもらった小銭は、まだ十分に残っている。
小銭を三枚用意するとサナに渡した。
「ほら、買って来て良いぞ」
目を輝かせたサナは、頷くと駆けて行った。
手元には、サナから渡されたりんご飴が残っていたが……それをマムに渡すと、相変わらず周囲を見回しながらもカリカリとかじっていた。
一応、今回出店した屋台の内、余った分は原材料費に少し色を付けて引き取る事になっているが……拠点"居残り組"の子たちへのお土産は、一先ず"りんご飴"と"わたがし"が良いかも知れない。
(それにしても、マムは"味"をどう認識しているんだろうな)
正巳の視線に気づいたマムが微笑むのを見ながら、サナが戻るのを待つ事にした。
「マムはいま幸せです」
――マムにとっては、その視線がりんご飴よりも"甘く感じる"のだと、知らないまま。
「何か言ったか?」
「いいえ、楽しいですね!」
首を傾げた正巳だったが、それに答えたマムの笑顔に小さく笑みを漏らした。
「……ああ、そうだな」
◇
――約十分後。
「お兄ちゃ!」
背後から聞こえてくる声に振り返る。
少し時間が掛かったものの、単に"わたがし"を買って来ただけだと思った。
しかし、どうやらその予想は違ったらしい。
サナの横に立つ一人の男の子と、その親であろう男性を見て頬が引きつった。
「お帰り。……それで、こちらの坊やはどちら様かな?」
気持ち言葉が鋭くなった気がしなくもないが、きっと気のせいだ。
正巳の問いに、サナが答えるより早く少年が噛みついて来た。
「おれは、坊やじゃねえっ!」
どうやら、子ども扱いされるのが気になる"お年頃"らしい。
それを軽くあしらうと、少年の父親であろう男性に言った。
「すみませんね。祭りでナンパするような野郎は嫌いで」
半分冗談で言ったのが伝わったらしい。
口元をニヤリとさせた男性が頷いた。
「そうですな。私もナンパ野郎は大嫌いですよ、ハハハハハ!」
それに対して焦ったのは少年だった。きっと、自分の父は加勢してくれるとでも思っていたのだろう。恨めしそうに睨んでいたが、その後思い出したように言った。
「って、おれは別に、そんな気があったわけじゃねえよ!」
見た感じでは九歳~十歳と言った処だろう。
首を傾げているサナとは違って、どうやら色気づき始める年頃らしかった。
「うん? そんな気ってどんな気だ?」
「あーもう、どんな気でもないよっ!」
わざとらしく言った正巳だったが、流石にこれ以上は弄り過ぎだと止める事にした。仕切り直すように一拍置くと、手を出しながら自己紹介した。
「初めまして国岡です。こちらは娘達ですが……あなた方も今日は遊びに?」
正巳の言葉に続けるようにして、マムが軽く会釈する。
どうやら、この親子は"問題ない"らしい。
「はい。普段寂しい思いをさせているので、今日くらいは一日楽しみたいなと思いましてね」
どうやら、この親子は父子家庭の父と子らしかった。
マムからの情報を確認した正巳は、それなら……と、親子にとっておきのプレゼントをする事にした。それは、ある意味値段の付けようがないほど、一部の人達にとって価値ある物だった。
「マム、"会場"に特等席を用意してくれるか?」
そう言って耳打ちすると、それを聞いたマムが答えた。
「そういう事ですか。それでしたら、一応私たちの分がありますが……」
そう言って取り出した三枚の認証カードの内、二枚を受け取った。
そして、それを親子に差し出すと言った。
「これは、とっておきです。もし良ければ一時間後に会場――ここから真っすぐ行った先の特設会場です――に行ってみて下さい。きっと、忘れられない思い出になると思いますよ」
不思議そうにそれを受け取った親子だったが、どうやら気が付いたらしい。
「えっ、これって今日の"イベント会場"へのパスですか?!」
「え、父ちゃんそれって、一枚がものすごい値段で転売されてたって言うやつ!?」
驚いている親子に苦笑しながら頷いた。
「転売されている事は知りませんでしたが、きっとそのチケットだと思います」
きっと、高額転売の理由はその話題性と、需要に比べ遥かに供給量が少なかったせいだろう。何せ、数十万人の求める分母に対して、会場には入れるのはたった百名足らずなのだ。
その後、感謝して止まない親子と別れた正巳達だったが……
何故かじっと固まったサナが、とんでもない事を言い始めた。
「どうした、サナ?」
「あのね、そのチケットはサナのなの?」
どうやら、残った一枚のチケットが気になっていたらしい。
それに苦笑した正巳は言った。
「まぁ、あげた二つが俺とマムのだったとしたら、そうだな」
マムからチケットを受け取りながら、複雑な顔をした。
(もしかしたら、さっきの少年が気になったのだろうか)
――そう思ったのもつかの間、サナの言葉に苦笑する事になった。
「あのね、そのチケット欲しいなの」
「何に使うんだい?」
「あのね、腕相撲大会するなの」
「うん?」
「腕相撲大会、きっと盛り上がるなの」
「……ええと、さっきの子と一緒したいとかでなく?」
正巳の苦笑に、何の事だと言った様子でサナが返す。
「腕相撲なの!」
どうやら、それしか考えていないらしい。
サナの真っ直ぐな眼と、そのキラキラと輝き始めた瞳に苦笑以外の何も出てこなかった。
残念だったな……少年よ、我が娘は青春より"腕相撲"らしいぞ。




