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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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256話 掌に握って

 午後のイベントまで時間があったので、ゆっくりと拠点内を回っていた。


 訓練場は相変わらずだったが、こちらを見つけたサクヤが飛んで来て、模擬試合をする事になった。現実(リアル)仮想(バーチャル)の二種類で行ったが……


 結果、現実(リアル)では正巳の勝利、仮想(バーチャル)ではサクヤの勝利の引き分けだった。どうやら、ここ最近仮想(バーチャル)での訓練を欠いていたのが影響したらしい。


 微妙に反応速度や感覚が変わったと思ったら、システムの大規模アップデートをした後らしかった。つまり、サクヤはその差を上手く利用した訳だ。


 引き分けだった筈だが、自慢げに近寄って来たサクヤが『あとでご褒美』と言って来た。一蹴しても良かったわけだが、努力に報いる事にした。


 サクヤに『可能な範囲でなら良いぞ』と答えると、周囲で固唾をのんでいた者達も沸き返っていた。その反応に覚悟した正巳だったが……やはり、その後手合わせの申し込みが殺到した。


 まぁ、サクヤとの一度目でその変化()を感じ、二度目で調整したのだ。サクヤに負けた以降は、一度も負ける事は無かった。


 因みに、その場には護衛部の子供達と、ガムルスからの避難民の"民兵"、それにハク爺達が混ざっていた。その中からの挑戦者だったものの、ハク爺含め傭兵の面々はサクヤ以外誰も挑戦して来なかった。


 視界の端では、ひたすら腕立て伏せを続ける白髪の老人が居たが……


 恐らく、ハク爺か補佐役のサーシャが、我慢するようにと傭兵団員には釘を刺していたのだろう。何せ、ハク爺達"白髭傭兵団(ホワイトビアド)"には、午後のイベントでの警備を依頼している。


 会場の警備の際は、所有外の土地も挟む為、携行する武器に銃器の類や刃の付いた物は使わない事になっている。有事の際、相手が武装している事も考えられる為、消耗などもっての外。


 万全を期す必要があるのだ。――そんな事もあってか、怪我をしても『筋肉でどうにかなる!』などと言いそうな、ハク爺でさえ我慢していた。


 それを踏まえると、先程のサクヤは問題行動をしたようにも思えるが……。きっと、きちんとセーブしていたのだろう。


 ……多分。いや、隅っこで休んでいるけど……たぶん。


 朝会ったばかりの二人、綾香とユミルも体を動かしに来たみたいだったが、今回は観戦に留めておくようだった。目つきは真剣そのものだったので、次は手合わせする事になるかも知れないが。


 そんなこんなで、訓練場を出る頃にはそれなりに時間が経っていた。


「サナは良かったのか?」


 ずっと横に居たサナに、体を動かさなくて良かったのかと聞くと、満面の笑みで頷いた。


「いいなの!」


 どうやら、サナはサナで楽しんでいたらしい。


「何か楽しい事でもあったか?」


 軽い気持ちで聞いた正巳は、サナの笑顔とその答えに胸を撃ち抜かれる事になった。


「お兄ちゃんがかっこ良かったなの!」

「グハッ……」


(……不意打ちがこれほど効くとは)


 照れ隠しにサナを撫でると、少し緩んだ頬を無理に引き締めた。


 その後、拠点内をぐるりと回った正巳は、楽しそうに掃除したり、勉強したりする子供達を見て回っていた。中には眠そうな子もいたが、正巳と目が合うと決まって背筋を伸ばしていた。


 無理するよりはかえって、一度寝てしまったほうが良いとも思うのだが……。


(今度、昼寝を提案してみるか)


 学生だった時の事を思い出した正巳だったが、最後にと決めていた目的地まで来た。


 相変わらず、そこ彼処(かしこ)に用途の分からない機器類が並んでいる。そんな、数ある奇妙な機器類の中でも目を引いたのは、明らかに怪しい――端の方にあった円柱型のケースだった。


 液体の中には、何やら布の様な物が浮かんで見えるが……何となく気になってよく見てみると、そこに付いた小さな傷から、それが何か(・・)が分かった。


「……そうか、一先ず(・・・)だな」


 視線を戻した正巳は、サナが手を伸ばしているのを見て、思わず心臓がキュッと縮むのを感じた。サナが手を伸ばしていたのは、明らかにヤバそうな銀筒状の装置だった。


「サナ、やめとけ」


 振り返ったサナの手は、筒上部のボタンを押す直前だった。


「ダメなの?」


「ああ、ここにある物は余り触らない方が良いぞ。ほら、あれだ……ハンバーガーが、美味しく食べられなくなったりする"可能性"があるからな」


「ひょへっ!?」


 よほど驚いたのだろう。


 変な声を上げた後、両手をバンザイさせゆっくりと後ずさって来た。


「ブファ……すーはぁー」


 思わず噴き出しそうになったが、どうにか留まると言った。


「いや、危なかった」

「なの、良かったなの……」


 シリアスな表情のサナに、再度胸が震え始めるが、それをどうにか抑えると言った。


「ふぅー、向こうから声が聞こえて来るな」


 微かに聞こえてくる音に足を向けると、歩き始めた。意識を向けないとしていた背後では、両手を挙げたまま付いて来るサナの姿があった。


 ◇


 様子がいつもと違う事には気が付いていた。


 普段であれば、一緒の時はマムが案内してくれていた。仮に一緒でない場合も、階層内に入ると直ぐ出迎えに来てくれた。その両方が無い理由は、やはり……


(ふむ、行けば分かるか)


 歩きながら、今朝の出来事を思い出す。


 今井さんのマムに対する厳しさは、"製造者"としてのと言うよりは、どちらかと言うと"愛する子"へのと言う気がする。正巳自身母の記憶がない為、この感覚が合っているかは分からないが。


 それでも、知識として知っている"母の愛"に、近い気がしてならなかった。


 背中をサナに掴まれ歩いていたが、曲がった先から声が聞こえている事に気付いた。


「なるほど、それじゃあ"炭素"に絞った時の"単元素単体構築時間"はどれ位かな?」

「はい、理論上50ゼプト秒前後になりますね」


 ゼプト秒って……なに?


「それだと、単純生成でも1グラム生成するのに1分と40秒近く掛かるのか……」

「そうなりますね。複雑な構造を持つ物質の場合、ここに構成処理も入りますので……。少なくとも、実用化させるには何らかの改良が必須になります」


 生成って、なにか作るのかな……。


 会話の内容に圧倒されていた正巳だったが、理解できない会話の中、一つだけ分かった事があった。それを確認(・・)した正巳は、それ以外を考えるのを止めた。


 そう、大切なのはこの状況――


「仲直り出来たみたいだな」


 二人の関係が戻っている事だろう。


 背中にサナをひっ付けたまま出て行くと、こちらを向いたマムがはにかんだ。もしかすると、マムは、自分と今井さんが仲直りしたのを、見て欲しかったのかも知れない。


「ふふ、僕とマムだからね!」

「はい、マスターと私なのです!」


 仲良さげに顔を寄せる二人に頷くと、駆け寄って来たマムを受け止める。


「それで、手のひらの傷は……あれ?」


 予想では、綺麗さっぱり消えていると思っていたのだが、マムの手には小さな痕がはっきりと残っていた。薄くはあるが、傷痕に間違いない。


 どういう事なのかと首を傾げた正巳に、歩いて来た今井さんが言った。


「それはね、マムから"残してくれ"って言われてね、形として残って行くようにしたんだ。勿論、皮膚自体は新しい物に変えてあるけどね!」


 どうやら、デザインのような形で残す事にしたらしい。


「それじゃあ、他のマムの機体も?」


 まさかそんな筈はないと思いながら聞いたが、どうやら本気らしかった。頷いたマムが、曇りのない澄んだ瞳で頷くのに苦笑した。


「当然です、大切な"思い出"ですから!」


 ◇


 ――その後、背中に引っ付いたサナについて聞かれたり、今度新作を紹介すると言われて身構えたりしていた。それでも、予定の時間が来たらしく、マムの案内で地上に向かう事になった。


 当初、全員で一度集まるかと言う話も出ていたが、前もって準備は完ぺきに済ませたのだ。改めて気合を入れる必要はないだろう。


 するのは唯、各自の仕事を踏み行うのみだ。


「それでは、私は巡回しながら見守っていますので。今井さんも無茶はしないで下さいね」


 普段より念入り(・・・)に、白衣を着こんだ今井は頷いた。


「安心してくれたまえ、僕は安全だよ!」


 何を根拠にしているかは分からなかったが、絶対の自信があるらしい。


「さて、それでは行こうか、優秀な技術者の獲得(ハント)に!」


 張り切っている今井を横目に、これまでの事を思い出しながら息を吐いていた。


「ええ、何事もなく終わると良いんですけどね……」

「大丈夫です、マスターとパパにはマムが付いています!」


 力こぶを作って『任せてください!』と言って、これ以上ないほど張り切るマムを、そっと撫でながら『自分達以外の仲間にも気を配っておいてくれ』と頼んだのだった。


 何もなく終えるのが一番良いものの、きっとそうは行かないだろう。


 既に報告を受けている内、各国の諜報員や工作員のリストを見ながら呟いた。


「まぁ、こちらからすれば"良い情報源"にもなり得るか」


 盗りに来るのであれば、盗られても仕方がないだろう。


 ◇


 スイッチが入り始めた正巳だったが……


 それを横で見ていたサナは、状況が良く分かっていなかったものの"楽しく"感じていた。


「きっと、楽しい事が沢山なの!」


 ――そう、これまでそうだったように。これからもきっと。


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