255話 今井の想い
正巳が話したのは、悪の芽となり得る可能性――ガムルス国内で"支配層"として君臨していた者達とその家族に対して、取った行動だった。
ガムルスでは、"法"ではなく"人"が人を支配していた。
支配層が気に入った平民を買ったり、攫ったりして暴行するのは日常的だったし、それは年齢問わずに行われていた事だった。――行う側も、される側も。
よって、そんな事を行って来た連中に対し、正巳が取ったのは"完全監視"だった。
「それじゃあ、どこに行っても何をしているかが分かると?」
征士の言葉に正巳が頷く。
「それはどうやって? マイクロチップとか?」
「いや、僕らが開発したのはそんな優しいものじゃないよ」
今井の答えに綾香が首を傾げる。
「と言うと?」
「僕らが開発したのは、ナノサイズ以下の情報収集機器でね」
優しいものではないと言った理由が、どうやら分かったらしい。
「それって……」
「うん、壊したり抉り出したりは不可能だろうね」
これがマイクロチップであれば、それも可能だったかもしれない。
「でも、どうやって動くの?」
「体内に入ると全身に分布して、細胞に同化するんだ」
さすが現役生、今井の言葉で理解したらしい。
「そっか、電気信号で……」
綾香の回答に満足したらしく、頷くと付け加えていた。
「そう、それに脳神経からの信号を直で受けるからね。行動は元より、クセとか痛めている部分なんかも分かっちゃうんだ。それに、データを蓄積すれば、考えてる事なんかも分かって来るから――」
息をのんだ綾香が言葉を継ぐ。
「プライベートは殆どない……」
それに頷いた今井は、何処か心配そうにする綾香に苦笑した。
「大丈夫、少なくとも仲間にはしないよ。それに、これを使うのは"重犯罪者"に限ってるからね。これは、血を流したり命を奪う代わりの"罰"なんだ」
そう、これが"悪の芽"に対して行った事だ。
ガムルスで状況を目にした時、感情は"全て殺してしまえ"――と言っていた。しかし、それをしてしまっては、"血を流さずに戦争を終わらせる"という努力が、無駄になってしまう。
それに、国家の出だしとしてよろしくないだろう。
支配層として罪を犯し続けて来た者たちに対して、正巳達がするのはここまでだ。あとは、新生ガムルスとなった新しいガムルスの政府が行う事だ。
正巳の言葉を聞いた一同は、ほっと息をついていたが……そんな一同の心の内を吐き出すように、綾香が盛大なため息と共に言った。
「なんだぁ~平和的解決じゃない」
その言葉に沈黙をもって返す。
「……正巳さま?」
何かを察したのだろう。ミューが心配そうに伺ってくる。それには直接答えず征士の顔を見た。その顔を見た正巳は、(やっぱり親父は分かっていたか)と思った。
征士は聞き始めた時と同じく、目を閉じたままだ。
その様子に息を吐くと言った。
「俺は、私情によって指揮官の内の一人を殺した。それも、ここに連れて来た後で」
"ここに連れて来た後で"――この言葉の意味は明確だろう。その場の衝動で、という訳ではないのだ。
正巳の言葉に、場の空気が凍り付いた。
――が、それを許さなかったのはマムだった。
素早く、そしてはっきりと言った。
「パパはミンとテンの為にしたんです! それに、サナ、ミュー、戻って殺された子の為――」
言葉を続けようとするマムを止めたのは、正巳では無かった。
「それ以上汚す事は許さない!」
聞いた事の無いような厳しい叱責に、マムだけでなく全員が驚いた。
「……はい、マスター」
頭を垂れるマムだったが、今井は頷かなかった。
「私にじゃないだろう」
「……はい」
強く手を握りしめたマムは、正巳へ降り向くと頭を下げた。
「すみません、許されない事をしました」
マムの機体には人工皮膚を使っている。その出来には正巳も感心したし、今井も満足するほどのものだった。そしてマム自身も、自分でメンテナンスを行うほどに気に入っていた。
それなのに……
黙っていようかとも一瞬思ったが、何を言わずにいる事などできる筈が無かった。視線の低いマムに合わせ膝を屈めると、意識が向いた処で言った。
「大丈夫さ、マムの気持ちは分かっているからね……ありがとう。それに――今井さん、あまり強く怒らないでやって下さい。ほら、……マムは俺達の子なんですから」
頷かなかったものの、視線の鋭さが少し和らいだ気がした。
「……。」
無言で寄って来たマムを抱きとめると、その手を見て言った。
「ほら、折角の綺麗な手から、血が出ちゃってるじゃないか。俺じゃあ治せないから、今井さんに直して貰って来なさい……ほら今井さんも」
正巳の言葉に、立ち上がった今井が出口まで歩いて行った。
「パパ……」
白くてふわふわとした髪に、赤みがかった瞳。
潤んで見える瞳を、正面から見つめると言った。
「大丈夫、すぐに仲直りできるよ」
頷いたマムが向きを変えたので、背中を軽く押してやった。こちらを向いてはいなかったが、出口で待っていた今井を見て(絶対にな)と呟いていた。
二人が出て行くと、目を丸くして驚いていたサナが言った。
「怖いなの」
どうやら、今井が怒ったのが衝撃的だったらしい。それに苦笑すると言った。
「普段怒る事なんてないからな」
正巳の言葉に頷いていたサナだったが、何を思ったか正巳の事をじっと見ると言った。
「お兄ちゃんもなの!」
「えっ、そんな事ないと思うが」
少しショックでミューへと視線を向けるも、複雑な顔をしていた。
「正巳様、私達のためにって言うのは……」
「それは無いな、俺の為だ」
「でも、幹部って、私達を実験体にしていた男の事なんじゃ……」
「いや――」
再度否定しようとした処で、サナが言った。
「みゅー、『殺す業は殺す者に』なの。それは他の誰のモノでも無いなの」
言いながら顔を向けてくるサナに頷いた。
訓練してくれた教官の言葉だが、どうやら覚えていたらしい。
『殺す業は殺す者に、されど疑う事無くこれ行えば、それ死する者にも誉とならん』これは、――殺した罪は殺した者にある。しかし、迷いを以て殺したのであれば、死んだ者は浮かばれないだろう。せめて、殺す意思を以て殺せ、それが死ぬ者。への礼儀だ――という事なのだが、無法者の作法でしかない。
何処まで行っても正義などない言い分だったが、サナの真っ直ぐな姿勢に頷かされたらしい。
「申し訳ありませんでした」
気を使ってくれたのに、謝られているのはおかしい気がしたが……
「いや、大丈夫(?)だよ」
首を傾げながら答えると、ミューはほっとしていた。そんな様子を見ていた綾香は、何を言うべきか悩んだらしかったが、自分で落としどころを見つけたのだろう。
「私の時と同じって事よね」
――と呟いていた。
ユミルはただ頷くだけだったが、一番そのままを理解している気がした。
残るは征士だったが……いつの間にか目を開いていた征士は、綾香やサナ、ミューの様子を見ていた。その後で、今井とマムの出て行ったドアを、もう一度見ると言った。
「お前の判断だ、私がとやかく言う事は無いさ。それより、続きを聞いていないんだが……」
征士の言葉に首を傾げた正巳だったが、どうやら何があったかの続きの事だったらしい。苦笑した正巳は、同じく苦笑する面々に『変わってるだろ?』と言った。
しかし、返って来たのは『流石親子ですね』とか、『そっくりですね』とかいった言葉だった。納得は行かなかったが、仕方がないので続きを話す事にした。
「他にか、そうだな……他国からの支援の申し出があった事と、早速ガムルスの立て直しのため、現地で支援組織を立ち上げたのと」
他国からの支援は、正巳達"ハゴロモ"の事を偵察したい――と言う魂胆が見え見えだったので、終戦宣言をするまでは受け付けないと通達していた。
それでも構わず乗り込む国も存在したが、そんな輩には一切容赦する事無く、あらゆる現代機器を使用停止していた。車を持ち込めば使えなくなり、カメラや電子機材も残らず壊れる。
こちらの言葉を無視しているのだから、文句すら言う事が出来ない。
――そんなこんなで、結局大人しくなっていた。
「あとは、新政府の組閣にカイルだけじゃなくて、ミンが加わった事かな。あ、それと、第一号大使館をガムルスに作る事になったんだ」
何となくこうなるのではないかと思っていたが、やはり思った通りになった。テンは、現地で支援組織の立ち上げを行い、いづれ正しい在り方の"国防軍"を作りたいらしい。
正巳が『こんなところだな』と言うと、それに頷いた征士は言った。
「私が来てからの事は分かったよ。それで、これからの予定を教えて貰えるかい?」
どうやら、取り敢えずは満足したらしい。細かい事はまだまだ色々あったが……親父の事だ、何かあれば聞いてくるだろう。
これからの予定を知りたいと言う征士に頷くと、言った。
「それじゃあ、今日だけど――」
午後の予定を思い出しながら口を開くと、それを止めた征士が言った。
「いや、そんなに細かくなくて良いんだ。こう、決まった行事とか大きいイベントとかで」
どうやら、大まかに予定を知っておきたいと言う事だったらしい。恐らく、正巳が"今日"と言った事で、今日からの細かい予定を話すのだとでも思ったのだろう。
征士の言葉に頷くと答えた。
「ああ、その"大きいイベント"が、今日の午後にあるんだ」
やはり、予想した通り意外な答えだったらしい。
「……ちなみに、どんなイベントなんだ?」
若干引きつって見える征士に、思い出しながら答える。
「賞金の出る技術コンテストで、来場者予測では世界中から十二万人……話題性も抜群で、世界中のメディアから取材依頼が来てる――かな」
実は戦後処理より、こちらのイベントの準備と対応の方が大変だったくらいだ。
何でもない様に言うと、征士が苦笑した。
「通りで忙しくしていた訳だ……」
苦笑する征士に頷いた。
「ああ、地上はもっと賑やかだと思う」
実際、静かなのは地下だけで、地上は人で溢れているだろう。
準備自体は、既に完璧に終えている。
今地上では、専門の業者が上手い事捌いている事だろう。焦る様子の無い正巳に、深く息を吸い込んだ征士は、ゆっくりと息を吐いていた。
「我が息子ながら大した器だ」
その呟きには、感心と共に安堵が込められていた。




