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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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250話 号外

 視界の端に、サクヤがグランズキャットの"シーズ"を抱いているのが見える。初め暴れていたシーズだったが、少しは気を許したらしい。


「大丈夫か?」


 噛み傷の残る手に目を向けながら、声を掛けるとサクヤが頷いた。


「大丈夫、慣れた(・・・)


 正巳には、どっちの"慣れた"なのか分からなかったが、きっと"シーズが"の方なのだろう。あまりに痛そうであれば治療薬を使うが、一先ず消毒しておく事にした。


 マムに消毒液を取って貰う。


「少し沁みるぞ」

「……」


 正巳が消毒するも、サクヤは眉一つ動かさない。

 良い事なのか微妙な所だが、痛みには慣れているらしい。


「よく頑張って来たな……」


 これ迄どれだけ苦労して来たのか考えた正巳は、無意識の内に頭に手を置いていた。


 普段であれば、確実に『弟がする違う、お姉ちゃんする』――となるだろう。しかし、シーズの抱き心地に浸っているのか、反応を返さなかった。


「……」


 されるがままのサクヤだったので、乗せた手でそのまま頭を撫でた。子供の細く柔らかい髪とは違うが、それでもふわっとしている。


 その後無心で手を動かしていた正巳だったが、途中で気付いたサナが飛び付いて来た。


「お兄ちゃんの手はサナのなの!」

「いや、俺の手は俺のだが……」


 ボス吉を抱えたまま飛びついて来たサナを咄嗟に支えると、そのまま膝に乗せた。


「これで良いか?」


 そう言って、膝に乗ったサナの頭をぐりぐりと撫でると、満足げな反応があった。


「いいなのー!」


 そのまま、ボス吉を抱えたサナを膝に乗せていたが……何となく視線を感じた。


「どうした?」


 視線を外さないサクヤに聞くが、何を言う訳でもなくじっと見ている。そんなサクヤを見て、サナが動いた。動いたと言っても、頭をぐりぐりと押し付けて来ただけだが、それでも――


「ムゥ……」


 挑発には十分だったらしい。

 ゆらりと立ち上がったサクヤが、正巳の元へと近づいて来るのを見て嫌な予感がした。


「サクヤ、取り敢えずシーズを下ろして――」


 落ち着かせようとした正巳だったが、遅かった。


「ネコ、行く」


 どちらかと言うと"行け!"と言う感じだったが、放たれたシーズは真っすぐサナへと放物線を描いた。そんなシーズに反応したサナは、何を考えたのか、ボス吉を抱えたままもう片方の腕を広げた。


「シャアァ――ぁぁぁ……にゃぁ」


 交戦体制だったシーズだが、サナに着地した直後大人しくなっていた。正巳には、ボス吉が視線を向けた事だけが分かったが、何か先輩として"忠告"をしたのかも知れなかった。


 サナは、まるで大きな"子猫"の様になったシーズを、優しく撫でている。


「良い子なのー!」


 満足そうなサナと、悔しそうなサクヤを見て言った。


「サクヤ、投げちゃいけない」

「むぅ……、分かった」


 不満そうではあるが、頷くのを見て安心する。

 一度約束すれば、それを守るのがサクヤだ。


 溜まったストレスは、訓練で発散してもらえば良いだろう。


 サクヤの様子を確認した後でサナを見ると、サナの腕の中はシーズとボス吉で"ネコ鍋"状態になっていた。幸せな毛玉に和んだ正巳だったが、サナにもきちんと言っておいた。


「サナ、サクヤも仲間なんだ。仲良くな?」


 これが、性格が合わないとかであればまた話は違うが、何方かと言うとサナとサクヤは似ているのだ。きっと、気の合う処もあるだろう。


 正巳の言葉に首を傾げていたが、どうやら考えてはみたらしい。『相手しだいなの』と言うと、自分から正巳の膝を降り、サクヤの前まで移動して行った。


 様子を見守っていた正巳は、その後サナがサクヤにシーズを抱っこさせるのを見て、ほっとした。


 何となくシーズがサナの腕を離れる時、ボス吉はシーズを引き留めようとし、逆にシーズは急いで離れようと――サクヤの元へと移動しようとしているかに見えたが、きっと気のせいだろう。


 その後、何だかんだで隣に座っているのを見てほっとしていると、マムが戻って来た。


「マスターから連絡が入っています」


 見ると、ホログラムを展開待機(スタンバイ)させている。


「繋いでくれ」


 正巳がそう頷くと、目の前に映像が映し出された。


「やあ、無事終わったみたいだね」


 何となく疲れて見えるが、こちらの様子を見てほっとしたみたいだった。今井さんの様子も気になったが、用件を優先する事にした。


「こちらは、無事終えて帰還途中です。そちらはどうですか?」


 正巳の質問は、ある程度拠点の状況を予測しての"確認"だった。予定では、そろそろガムルスからの来客(・・)がある筈だ。


「こっちは、ついさっき全員の"避難"が終わった所だよ。それはそうとして、まったく、マムから"爆撃機が接近している"なんて聞いた時には、流石に驚いたじゃないか」


 どうやら、無事移動を終えていたらしい。

 笑っている今井さんに軽く謝りながら、肝心の事を確認した。


「それで、到達までどれくらいですか?」

「ふむ……"圏内"に入るまで、残り180秒を切ってるね」


 そう言って、手元のモニターに目を落とした今井さんに苦笑した。


「180秒って――ちょっと待ってて下さい!」


 モニターから機内に視線を戻した正巳だったが、そこに居た全員が、目は向けていないにしても耳を傾けているのを見て苦笑した。


「全員集まってくれ!」


 恐らく、このタイミングでの通信と言う事に、何らかの重要な意図を感じたのだろう。もしくは、単純に他にやる事が無かったかだが……。


 集まったのを確認し、話し始めた。


「今現在、拠点に"ガムルス"からの戦闘機及び爆撃機が近づいている。これは、我々を殺す為の"悪意"の攻撃だ。――大丈夫、心配するな」


 心配そうな顔をしたカイルやミンに、言い聞かせる。


「当然拠点の安全は確保されている。そして――ここが重要な点だが――今回の、一連の模様は全て"全世界"へと発信される事になる。その実際の所を一緒に確認して欲しい」


 時間も無かったので、話す内容は短くまとめたが……要は、"取り敢えず一緒に見てくれ"と言う事だ。正巳が話し終えると、横に居たマムがスクリーンを拡大させた。


「やあ、皆お疲れ様。これから、皆には"開戦"の証人になって貰うよ」


 そこに映った今井さんが、いつになく真面目な表情で言う。


「この映像は、一部の拠点メンバーと出張メンバーである君達に"代表"して見て貰う事になってるからね、その辺りもよろしく頼む」


 ……事前に確認した部分だったが、今井さんの意見も同じだったらしい。この映像を全員に見せない事、それは未熟な状態の子供への影響を配慮してだった。


 中核メンバー以外は、映像を見せないばかりではなくそれ(・・)を感じさせない為に、地下へと移動させていた。


 本当であれば、わざわざ地下など行かずとも問題無いのだ。それを、わざわざ"安全確保の為"として理由を後付していた。その証拠に、一部は地上階――その展望部分で様子を見守っている。


 話し終えた今井さんが、こちらに頷くと言った。


「さあ、こちらの性能を見せてやろうじゃないか!」


 その言葉と同時に映像が切り替わった。


 その映像には、ドーム状の建物とその奥には広く海が見える。丁度夕方ごろと言う事もあって、夕日を映した海は赤く焼けていた。


「……それで、向こうの戦闘員はどうした?」

「全て、途中で捨てて来ました」


 小声で聞いた正巳に、何でもない風にマムが答える。その容赦ない言い方に苦笑するが、途中で強制的にせよ降ろされる事で命が"助かる"のだ。感謝して欲しい。


「そうか、よくやった」


 短く返した正巳に嬉しそうにしたマムだったが、どうやら始まったらしかった。


 映像の中、中心辺りにゴマ粒ほどの何かが見えたと思ったら、次の瞬間別視点の映像に切り替わった。その映像は、スクリーン中心にその機影を捉えるほど"接近"した映像だった。


「ガムルス空挺部隊、最新鋭戦闘機四機に"重"爆撃機二機ですか……」


 カイルの呟きに何処か不安を感じるが、それも仕方がないだろう。恐らく、その戦闘機と爆撃機の"性能"を知っているからこその"不安"なのだ。


「号令を」


 何処か恭しい様子で言うマムに頷いた。そして、自然に腕を上げるとその"標的(マト)"に標準を合わせるようにして言った。


落とせ(やれ)!」


 正巳が言った瞬間、夕日に赤く染まった空に一筋の光線が煌めいた。どうやら、それは拠点よりはるか下から発射されたみたいではあったが、その威力は語る必要もない程だった。


 光線が機体を貫いた――そう思った次の瞬間、爆撃機が爆散した。


 その爆発は凄まじく、一瞬太陽が二つになったかと思った。確認すると、どうやら一度の攻撃で六機全てが木っ端みじんになった様だ。


「おいマム、あの兵器の事は聞いてなかったと思うが? それに、あれだけの爆発なんだ、爆風とか衝撃なんかは大丈夫なのか?」


 余程衝撃的だったのだろう。放心状態の面々を横目に、マムに確認をした。すると、どうやら正巳の記憶違いだったようで……


「以前"開発リスト"にて、確認いただいていたと思います。爆風についても"対策"しているので、まず問題ないかと思います。実際、時間があったので危険な"爆弾"はほぼ回収し終え、代わりに派手になるように少し細工しておいたんです」


 そう言って微笑むマムに、(きっと今井さんが嬉々として考えて(やって)たんだろうな)と思った。取り敢えずの問題は無さそうだが……何れにしても、あの光線兵器の事は後でしっかり確認しておこう。


 衝撃で暫く放心状態にあった面々が息を始めたので、マムに映像を切り替えて貰うと言った。


「開戦の狼煙は上げられた。こちらも作戦開始としよう!」


 正巳の言葉に今井が頷く。


「うん、いよいよ(・・・・)だね!」


 興奮して見えるが、恐らく先程の迎撃が成功した事でテンションが上がっているのだろう。映像の向こうで腕を振り上げた今井は、誰もいないであろう空間で声を上げた。


「さあ、その成果を見せる時――"コロンブスの卵作戦"開始だよ!」


 突っ込みを入れようとした正巳だったが、切り替わった映像の中、多数の機体が飛び立っていくのを見て頷いた。これで、後は早期決着で終えられるよう、美味いこと事を運ぶだけだ。


 コロンブスの卵作戦――つまり、ターゲットを確実に捕らえる"エッグスター"を遥か上空から投下し、相手国の重要人物を捕縛するのだ。


 エッグスターは堅牢性を重視しており、生半可な衝撃では壊れない。その為、上空から投下しても問題無いのだ。おまけに、統括するのはマムである為、連携は完璧と言っても良いだろう。


 奇襲、連携、捕縛、そして、捕縛後の鎮静機能により、完全に"保護"状態にまで持って行けるのだ。この機体の優れている点は、捕縛にも保護にも使える点だ。必要に応じて対処できる。


「よし。後は、全て事が済むのを待つばかりだな」


 ――そう呟いた正巳に、その場にいた面々は其々違った反応を見せていた。


 何か言いたそうにして、最終的には苦笑で納得する者。不安そうな表情をするも、深呼吸と共に切り替える者。それらにはあまり関心がない様子で、猫に顔をうずめる者。


 中でも、今回の件で重要な役割を果たした少女はユニークだった。


 唯一、正巳に近づくと言った。


故郷(・・)をお願いします」


(そりゃあ、腐っても……だよな)


 ミンの言葉に、故郷への強い想いと覚悟を感じた。どう答えようかと思ったが、敢えて"故郷"と言った言葉には触れない事にした。正巳は、ミンの頭を撫でると言った。


「心配するな、遠くない内に住めるようにもなるさ」


 その後、しばらくの間賑やかに過ごしていた一同だったが、やがて其々休息を取ったりトレーニングをしたりと、思い思いの時間に戻って行った。


 ◇◆


 正巳達がのんびりとしていたその頃、世界各地ではある映像が話題の中心に上がっていた。


 その映像は、さながら近未来の兵器を使ったかのような"戦闘"の映像で、その内容もまたトップニュースとして扱うに相応しい内容だった。


「――軍事大国として知られるガムルス共和国。そのガムルスが侵略行為をするも、その相手国である新興国家に敗れました」


 その映像は、丁度一筋の光線が爆撃機を撃破した際の物だった。


「これは、軍事国として名を知られるガムルスとしては手痛い結果であると言えます。ガムルス対する新興国は、現時点において()軍事国家と言えるでしょうか」


 映像を元に専門家が考察するも、それはどれも"理論上可能な兵器"の話であり、何処かの国が実戦配備したと言う話を聞いた事が無いモノばかりだった。


「具体的な国名は、各社報道会社の正式な発表を待つばかりとなっていますが、既に映像内でも明言されている通り、この新興国はガムルス共和国への"宣戦布告"を宣言しており――近いうちに大きな動きがあるものと思われます」


 これは、予め情報の開示順を計算した結果であり、予定通りの内容だった。


 初めに、大手報道各社を正式な形で招き、そこに報道の意識を集中させる。その後、何か派手な演出によって世間の注目を集め、その後で初めて正式な発表を報道がする。


 この順を守る事で、世間の注目度と報道各社での取り扱いを"最大化"出来るのだ。


 思惑通り全世界の注目が集まった中、各国の新聞報道各社は、派遣していた筆頭記者達から上がって来た"記事"を号外、そして次の日の新聞の一面として取り扱う事になった。


 世界各地で配られた"号外"には、それぞれ違った見出しが付けられていた。


"血の錬金術――兵器大国の真実――"

"少女の祈り"

"なりふり構わぬ狂想――果たして正義は何方にあるか――"

"奴隷階層のある国――問われる国家の姿――"

"崩れる安定と問われる政治"


 それぞれ、その国の事情や国民性を反映した内容だったが、そんな中変わった見出しで報じた国があった。


"宝くじで900億円当たったから、理想の国をつくる事にした"


 これは、他の国でも"候補"に上がりはした言葉だったが、様々な理由から却下されていた。


 この日各都市で配られた号外は、一部のオークションでは数万円の値が付くほど話題になり、同時にある種の"支持層"と悪感情を持つ"集団"とを生み出す結果となった。


 この様々な"新たな動き"が、後々影響して来る事にもなるのだが……そんな事を知る由も無い正巳は、号外の知らせとその見出しを聞いて(やってしまった)と少し後悔した。


 少しばかり沈んでいた正巳だったが、やがて見えて来た拠点に、気持ちを切り替えた。


「宝くじ当たったんだから、そりゃあ国くらいつくるだろ……」


 こうして呟いた言葉に同意する気配はなかったが、それに感謝していた面々は、ただ嬉しそうにしていた。――この男に当たって良かったと。

【章終わりとなりまして】

・ここまでお読み頂きありがとうございました。これにて、第肆章が終わりとなります。次は第伍章となりますが、場合によっては少し時間を頂いての投稿となるかも知れません。その間、他作品も投稿していますので、宜しければそちらもお願いします!

・以前、感想の方でリクエスト頂いた"人物相関図"ですが、活動報告の方で書かせて頂く事にしました。当初、パワポで作ろうとしたのですが、想像以上に時間がかかるのと、技術不足を思い知りまして……申し訳ないです。尚、作者ページの方から"お気に入り登録"して頂くと、更新情報やら何やらが届くらしい(?)ので、宜しければそちらもご利用ください。


追記:投稿再開は12月末日予定です。

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