249話 グランズキャット
正巳のコートを着たり嗅いだりしているサクヤの後ろ、二人を追いかけて来た面々がロウを見ている。中でも、直ぐに反応を見せたのはカイルだった。
「正巳様、その方は会場にいたガムルスの……」
顔を見て固まっていたカイルに答える。
「ええ、恐らく工作員として送り込まれたんでしょう。私も、直接の面識がありますから、少しだけ懐かしくも残念だったのですがね」
頷いたカイルだったが、後ろから近づいて来たジロウが言う。
「なあ、もしかして彼女が駆けて行く事になったのは、そいつが原因なのか?」
どうやら、ご褒美であるマムの頭なでなでを堪能した後らしい。スッキリしている。
「まぁそうだな……これは話しておくか」
そう言った後、目の前の男――ロウ・キャムサが起こした爆発の事を話した。話すべきかとも悩んだが、こういう話はどうやっても伝わるものだ。下手に歪曲して広まるより良いだろう。
「――と言う事で、この男も言わば被害者な訳だ。仲間のデウとも同僚だった過去が有るからな、ゆっくりと落ち着ける時間を過ごしてもらおうと思う」
実質的な軟禁の形にはなるが、子供達に害が及ばないと判断出来るまでは個室で過ごして貰う。体の健康あっての心の健康だろう。食事はもちろん、軽い運動も出来るようにはするつもりだ。
正巳の話を聞いていた一同の中、ミンは兎も角テンは少し不満があるみたいだった。
「正巳様、そいつは先頭に立って弾圧して来た男です。生きる価値はあるんでしょうか?」
隣でその言葉を聞いていたミンは、何処か悲しそうな顔で点を見ていた。しかし、正巳にはテンの気持ちが良く分かった。
それと言うのも、数か月間曲がりなりにもテンも一緒に"傭兵"として訓練したのだ。派遣された先で、同じような本当の悪――黒幕によって"据えられた"権力者を制圧していた。
ここでロウを生かすと言う事は、これ迄一貫していた行動を曲げる――そのように思ったのだろう。テンの心境を察した正巳は、ゆっくりと諭すようにして言った。
「テン、俺達はいつから他の"法"で生きるようになったんだ? お前が言っているのは、飽くまでも他の組織の法であって、俺達のではない」
そう、基準を何処に置くかで判断は変わるが、飽くまでも他の組織の法に基準を置けば、結局はその組織の後を追う事になる。そして、それは正巳の目的とするところでは無かった。
「……出過ぎた真似をしました」
頭を下げるテンに、『そんな事はない』と答えると、言った。
「この男は、このまま車に乗せて運ぶ事になる。移動の際見張りを付けるが、拠点の子供達には最低限を伝えるだけにしておいてくれ。それと、積まれている貨物だが、中身は――」
ロウの取り扱いと、積み荷はその中身に応じて今井さんから指示を貰うように――そう言おうとした所で、何か凄い音がした。
『ギギィィィィ!』
それは、まるで金属が叫ぶような音で……
「何だ?」
無いとは思うが、何か機体のトラブルであれば大変だ。何処から音が鳴っているのかと耳を澄ませた正巳に、サクヤとジロウが動いた。
「見て来る!」
「っ、俺も行く」
二人に、『気を付けろ』と言うと、頷いた二人はすり足で移動して行った。
その後、無理やり開け、ひしゃげていた部分をマムに直してもらいドアを閉めた。
一息吐いた正巳だったが……落ち着いた所で、叫び声と怒声の混じった声が、聞こえて来た。
「ぐぁっ! コイツら逃げんじゃねえぇ!」
「ジロウ、遅い!」
「そんな事言っても、くそっ、大人しくしやがれ!」
「乱暴ダメ」
「何だお前、痛えっ! くそっ、ペットのくせに!」
「あ、そっちは――」
何となく、頭に血が上っているらしいジロウと、それを落ち着かせようとしているサクヤの姿が想像できる。それにしても、いったい何を追いかけているのだろうか……
ペットと聞こえて来たが、思いつく限りペットは飼っていない。唯一、ペットのようであったボス吉も、今では立派な戦力兼サナの抱き枕だ。
考え込んでいた正巳だったが、どうやらそんな悠長な時間は無かったらしい。
「にゃぁぁぁあああああ――!」
何か、小さなものが飛び出して来たと思ったら、宙で体が大きくなった。
「ぼすにゃん~!」
そして、正巳へと辿り着く途中で、敢え無くサナに捕まった。
「にゃああああ――」
「暴れたらめっなの!」
手足をジタバタさせるボス吉だったが、サナの腕が解かれる事は無かった。そんな様子に頬を緩めていたが、ゆっくりともう一つの気配が近づいているのを感じていた。
「シャァー!」
背後から飛びついて来た気配に一瞬殺気を感じ、反射的にそれに応じた。
「ムッ……?」
一瞬応じるように殺気を返した正巳だったが、それが中型の生き物である事を見て手を広げた。
正巳の腕の中に着地したその生き物は、猫に似ていたが、若干牙がネコよりも発達しているみたいだった。飛び付いて来た瞬間は、確かに何か肉食獣の気配がしたのだが……
「ニャァゴロロロロロ……」
腕の中で丸まっている様子は、まるっきり何かぬいぐるみの様だった。
「おお、可愛いな」
見ると、ちゃんと爪もしまっている。
ひょっとしなくても、これはアブドラからの"報酬"の一つ"グランズキャット"だろう。それにしても、随分と人慣れした個体を送ってくれたみたいだ。
「アブドラには感謝しないとな」
そう呟きながら、その艶っとした美しい毛並みを撫でていた正巳だったが……まさか、この個体が"問題児"と呼ばれるほど気性が荒く、扱いに困られていた等とは知る由も無かった。
後日、この新しい仲間をアブドラの前に連れて行った正巳は、アブドラ一行の腰が引けているのを見て(こんなに大人しいのに、どうしたんだ? もしかして、神聖な獣として扱われていたりするのか……?)と不思議に思ったのだった。
その後、ボス吉から『主を迎えに行くと言う船に乗っていました』と言う事と、ジロウが『向こうに、鉄の格子がひん曲がった檻があった』と聞いて苦笑した。
どうやら、ボス吉は迎えに来てくれたが、その途中で"運命の相手"と出会ったらしかった。
ボス吉を離そうとしないサナに"ほどほど"にと伝えると、新しい仲間――グランズキャットの"シーズ"をサクヤに任せ、マムと打ち合わせに入る事にした。
議題は幾つかあったが、その一番目は、あと十数分で拠点に達すると言う、ガムルス発の"爆撃機"への対処だった。
◇◆
「――と言う事で、如何でしょうか」
マムの提案を要約すると、戦闘機並びに爆撃機を"無力化"し、それをハゴロモの"軍事力"を示すパフォーマンスに取り入れてはどうか――という提案だった。
「その場合、どのくらいの地域に放送できる?」
「中心都市並びに、衛星電波を使う地域には」
そう言ってマムが示したのは、世界各地数千地点の座標だった。
「……そうか、それじゃあその案で行こう。操縦士は途中で脱出させて、なるべく向こうの死傷者も少ないようにな。それと、絶対に拠点に被害が出ないように――」
最終確認した正巳は、現地での対応は先輩を筆頭にした面々に任せる事にした。
「よし、後は帰還してからの内容になるが、作戦に必要な数は用意できたか?」
「はい、全て予定通りに」
今回肝となる作戦、その重要な部分に抜かりが無い事を確認した正巳は、息を吐いた。
「……よし、一先ずは予定通りだな。あとは、ロウを匿う事をどうやって説得するかだが……先輩は良いが、デウに会わせるのは少し先だな。今井さんには……設備の関係上、最初に説明するか」
自分で決めた事とは言え、その苦労を考えると今から頭痛がしたが、まだ到着するまでに数時間あるのだ。この時間内で、説得する為の言葉を考えるしかなかった。
「はぁ~~」
ため息は、宙へと広がり消えて行った。




