244話 雁字搦めの男 [後編]
ボールペンの内側、その内部に組み込まれたボタンを押したロウだったが、押したは良いが何の反応も無い事に若干不安を抱いた。
(……本当に、連絡は行ったのか?)
これが、何か目に見える形で反応があればよいのだが、いかんせん一方通行な道具だ。ボタンを押した後は、道具が正常に動いた事を信じる他ない。
せめて、きちんと通信が出来たかだけでも、分かるようになっていれば安心できるが……
(もう一回だけ、念の為押しておいた方が良いよな)
心配になったロウは、一度しまったペンを再び取り出した。そして、その上部をひねり出したのだが……司会者のアナウンスに意識を取られる事となった。
「皆様にご連絡があります。この度、独立宣言をされた"ハゴロモ"元首――国岡正巳様から、重大かつ重要な報告と議題があります」
いったい、何の報告があると言うのか。
思わず顔を上げたロウは、再び壇上へと上がって行く正巳の姿を見た。
(何となく嫌な予感がする……)
周囲の国の幾つかが慌ただしく動いているのを見て、少し不安になった。
これ以上、何かこの"ハゴロモ"と言う組織が力を持つ事が有ったら、それこそ我らが本国ガムルスにも影響を与える事になるかも知れない。
今のままであれば、精々が"日本"と言う経済大国の陰に隠れる、小さな組織に過ぎないが……それこそ、先日強襲した際失った将軍指揮する"戦艦"は、きっと何らかの手段で日本、或いは第三国に協力を頼んだ結果に過ぎないだろう。
その失った戦艦も、そう時間かからずに戻って来るだろう。
そう、それが日本であっても、過去我が国と秘密取引をした事があるのだ。その事を盾にすれば、こちらに協力せざるを得ない筈だ。
頭の中であれこれ考えていたロウだったが、突如として映し出された映像と壇上の正巳の言葉に、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
壇上の正巳は、確かに『我々の拠点がある者達に"襲撃"された際のものです』――と、そう言った。これは、明らかに我々ガムルスによる作戦の事を指している。
(くそっ、何で映像証拠がある。そんなものを撮っている余裕はなかっただろう……!)
慌てたは良いが、それからどうするも思い浮かばなかった。
どうしたら良いかもわからず、ただペンを握りしめていたロウだったが……数分も経たぬ内に、その映像の圧倒的な事に、余計に焦る事になった。
(そんな……海からの襲撃部隊は、最強の一隊だったはず……)
正直、ここ迄単に自分の運が悪いだけ、何かの間違いで相手に運が向き、失敗し続けて来たと思っていた。――そう信じ込んでいた。
しかし、これを見ればそれが間違いだったと認識する外ないだろう。
「この映像に出て来る"襲撃者"は一国の軍であり、それに対したのは個人です。それも――」
説明を加える正巳を見ながら思った。
――自分は、何か勘違いしていたのではないだろうか。
確かに、幾度となく"普通"じゃない事を目にして来た。それこそ、あり得ないような事も沢山目にしたし体験した。しかしどうだろう。その実、何処かでうがった見方をしていたのではないか。
もっと真っすぐありのままを見ていたら、きっと自分は、ここでこんな事をしていなかったのではないだろうか。そう、それこそ初めて会った日、裏切らなければ……
自分のこれ迄の選択について、走馬灯が過ぎるように振り返っていた。その結果、後悔する選択は幾つかあったが、結局はそれらすべてがその時の"ベスト"だったと、結論付ける事になった。
(いや、何方にしても祖国か正巳かを裏切る選択だったよな……)
映像に、ガムルスの暗部――国内で言う所謂D級国民(人権が無視される立場の者達)が映されているのを見て、自分の胸の内に"もうここまで落ちたくない"と言う思いがある事に苦笑した。
(見返してやりたいと思っていたが、結局は……)
混乱していた頭の中がいやに落ち着いて来た処で、手に持ったままだったペンを手に持ち直した。そして、そのボタンを押すとそれをそのままポケットにねじ込んだ。
その後、少女や裏切り者の話を聞いていたロウだったが、幾らその訴えかけを聞いても響くものは無かった。と言うのも、ある種の覚悟が決まったからだった。
「私は、友人を国に殺されました。恐らく、家族ももう生きてはいないでしょう」
裏切り者、カイル・デルハルンの言葉に小さく呟く。
「はっ、そんなもの生まれた時からいなかったさ……」
思い出してみて僅かに引っ掛かるモノもあったが、浮かびかけた男でさえ、かつて自分が裏切り見捨てた事を思い出した。
(……つくづく救いようがないヤツだな、俺は)
「人間として生まれてきた以上、権利がある筈です!」
演説の言葉に同調する周囲に、唾を吐きたくさえなる。
「国が違ったらな……」
その後も演説は続いたが、その一節で我に返った。
「我々国民、一人一人は小さいものです。取るに足らないものかも知れません。それでも、うねりは大きな無視できない存在を連れてくる事があるのです」
(確かにお前の言う通りだ。一人は小さいが、それでもできる事がある)
周囲を見ると、ステージに夢中でこちらを気にする者がいない事が分かる。ロウ自身は、今更隠れるつもりはなかったが、それでも訓練で教えられた通りの動きをした。
音も無く、注意を集める事も無く席を立ったロウは、会場の最後部――出口へと歩いていた。そんな中、それ迄気にならなかった演説だったが――
「立ち上がります、救国の英雄と共に!」
まるで、髪の毛を引っ張られたかのような感覚だった。
振り返りたい、ズキンと来る痛みが突き抜けた。
しかし、どうにかその衝動を抑えると、扉に手をかけた。
「俺は、英雄を殺す事で英雄になる」
その呟きを聞いた者は、本人の他誰もいなかった。
後ろで扉の閉まる音が聞こえた。
「さて……アレは、英雄とやらを殺すだけの威力があるんだろうな」
不穏な残り香を残した呟きは、その後殺到して来た報道関係者の面々によってかき消されていた。まるで、その気配さえ覆い隠すかのように……。
これ迄の伏線が意図せぬ形で回収される事になりましたが……計算した訳では無いので、少々驚いています。こんな事があるんですね。因みに、伏線が何なのかについては明言を避けさせて頂きますので、ご了承ください。……こういう事もあるんですね。




