217話 ベッドの上の少女 [前編]
地下居住区まで裏道を通って来た正巳は、着くや否や集まっていた子供達の中へと飛び込んでいた。気配を殺して近づいたので、子供達は視認するまで気が付かなかったみたいだ。
その後、子供達は正巳だと気が付くと直ぐに道を開けたが、その先に有ったのは一つの部屋だった。その部屋は、周囲に無数に存在する部屋と同じように二階建てとなっており、そこそこの広さのある部屋だった。
「この中に?」
部屋の前で立っていたユミルに聞くと、頷いて答える。
「はい。現在今井様が治療中、サナ様と綾香さんが補佐しています」
「そうか……」
冷静な調子のユミルから、中で治療が行われていると聞いた正巳は、それ迄の焦りが落ち着いて来るのと同時に状況が把握出来た。部屋の前で立っているのはユミルで、問題の部屋の中では治療中。ユミルは、中に人を入れない為のガードなのだろう。
一応、中は大人で8名程が住居出来る程度の広さになっている。子供であれば、10名弱が余裕を持てる空間だろう。しかし、外にいるのは百人単位の子供達だ。到底中に入れるような人数ではない。
何となく見渡すと、そこにはテンやアキラなどの顔は無かった。
「中心メンバーは殆どが片付けか?」
整列も無く集まっているのを見る限り、誰かが統制を取っているようには見えない。そう思ったのだが、後ろからしがみ付いて来る子供がいた。
「ま、ましゃ……正巳様っ!」
「うん?」
何か伝えたそうにしている。
内心、早く部屋の中に入りたいとも思っていたが、既に治療中と言う事で、今正巳が中に入っても何かできる訳でない事は明白だった。
それであれば、今できるのはせめて子供達の不安を軽くする事位だろう。優しい表情を浮かべるように気を付けながら『どうしたんだ?』と聞くと、その子が言った。
「あのね、お姉ちゃんしんじゃうの?」
思わずどう答えたものかと思ったが、直ぐに(何も迷う必要などないな)と思い直した。
「いや、それは無いさ。何せここには俺が居るからな!」
そう言いながら頭を撫でると、それまで不安そうにしていた子供の顔が晴れる。
その後、満面の笑みをした子を見ながら(俺の役割は、子供の不安を和らげる事だな)と考えていると、いつの間に来たのかマムが隣に立って報告して来た。
「パパ、整列するように言っておきました。それと――おや、まだ話があるみたいですよ?」
マムの言葉に再度視線を落とすと、そこに居た子供が手で筒を作り、秘密の話があると合図していた。その様子を見てしゃがむと、子供が言った。
「あのね、お姉ちゃんね、きれいだったの"キラキラ"してて!」
子供の耳打ちに、一度で理解できなかった正巳だったが、その子が自分の班の元へと戻る間、頭の中をその言葉がリフレインしていた。
(……キラキラってなんだ? きらきら、キラキラ? きらきら……)
正巳の頭の中をキラキラが占めている所で、何やら確認が取れたらしいマムが言った。
「投薬治療は済みましたので、入っても大丈夫です」
どうやら、終わったみたいだ。
許可を貰ったので、部屋の前まで行くとユミルに言う。
「子供達の中にはまだ動揺が抜けない子が多いみたいだが、俺が中にいる間に落ち着かせて其々の部屋に戻らせておいてくれ。夕食に関しては、其々の部屋で摂る形にしてくれれば良い」
そして、『必要であれば、俺の名前を使っても良い』と言うと、頷いたユミルに横に避けて貰い、中に入った。どうやらボス吉は部屋の外で待つつもりらしかったが、マムはピタリと後に付いて来ていた。
部屋の中に入った正巳は、そこに靴置きがあるのを見て靴を脱いで入る事にした。この部屋の主は綺麗好きらしく、掃除が行き届いているようだった。
「さて、この奥か……」
入った直ぐにはリビングがあり、その奥に寝室がある。治療は、どうやらそこで行われているらしい。治療している場所に、雑菌を引っ付けて入って良いものかとも思ったが……
マムが、"大丈夫です"と頷いたので、それを信用する事にした。先程"投薬"と言っていたので、手術などとは違いそこまで気を使う必要が無いのかも知れない。
トイレ設備やシャワールームのある廊下を抜け、奥の部屋に入ろうとしたが、そこで中の話し声が聞こえて来た。どうやら、中にいるメンバーで話をしているらしく、治療を受けていたと言う主の声もした。
「――ですから、私は何ら心配ないと思いますよ」
「そうなの。お兄ちゃんは優しいなの!」
「でも、こんなの見たら……」
「案外気に入るかも知れないねぇ。ほら、正巳君は生き物が好きだからね」
「そうですよ。お兄様は、ねこにゃんも可愛がってます」
「アヤカ違うなの、ボスにゃんなの!」
……どうやら、心配していたような状況――衰弱状態などに陥る状態では無かったみたいだ。この分だと、心配していた最悪の状態は、頭から除けて良いかも知れない。
安心したのと同時に、それまで殺していた気配を戻すと、ドアノブを回した。
「いや、それは違うだろう。正確には"ボス吉"だ」
上手い事会話に入ったつもりだったが、サナ以外は驚いて目を見開いてこちらを凝視して来た。どうやら、ベッドの手前にサナと綾香が座り、その奥に今井さんと一体の機体が居たらしい。
「お兄ちゃんなの!」
一瞬早く気が付いたからだろう、その場にいた誰よりもワンテンポ早く反応し、飛び付いて来る。そんなサナを抱き留めながら、部屋にいた面々と視線を交わすと、ベッドに寝て無理やり体を起こそうとしている少女に言った。
「先ずは話を聞かせてくれるか? ……ふたりっきりで」
正巳がそう言うと、今井さんが頷いた。
「問題無いよ、体力が落ちている訳では無いからね。ただ、薬品の副作用でしばらくは四肢に力が入らないと思うから、その点だけは注意してあげてくれ」
そう言って席を立った今井さんに礼を言う。
「ありがとうございます、今井さん」
「なに、礼を言われる筋合いはないさ。家族を助けるのは当然だろ?」
今井さんが部屋のドアを開きながら、サナと綾香も呼ぶ。
「ほら、大丈夫だよ。すぐ戻って来ればいいさ……あぁ、そうかここは綾香君の部屋だったね。なに、正巳君は別に何かを漁ったりなんかしないから心配ないと思うよ」
先程からチラチラとこちらを見て来た綾香に不思議に思ったが、どうやらこの部屋は綾香の部屋だったらしい。となると、ここは綾香とユミルの寝泊まりしている場所で……
「お兄様?」
「いや、なに二人で少しだけ話したいだけだ」
綾香の何処か探るような視線にそう答えると、何やら呟きながらも立ち上がってくれた。
拾えた言葉だけで言うと『そんな事心配してるんじゃないです。ただ、優しい言葉をかけられた後が心配なんです……』と聞こえたが、現状から出せる答えは無かったので、知らないふりをしておいた。そして、最後に――
「ほら、サナも後でな?」
抱えていたサナを下ろそうとしたが、これまたよく分からない事を呟いている。
「サナは人形なの、だから気にしないで欲しいなの」
……どうやら、サナは人形になり切るつもりらしい。
「そうだな、確かにサナはいつの間にか人形になってるな。それじゃあ綾香、大切な人形をしっかり連れて行ってくれ。くれぐれも大切に扱ってくれよ」
そう言いながら、引っ付いていたサナを持ち上げると、そのまま綾香に抱っこさせた。正直、重かったら今井さんに手伝って貰おうとでも思ったが、最近鍛えているという綾香は思いのほかパワフルだった。
「は~い。確かにお兄様の大切なお人形さんは、私が預かりました~」
若干お道化ながら歩いて行った二人は、そのままドアの向こうへと出て行った。廊下では、サナが『ずるいなの~だって、マムは中にいるなの~!』と言っていたが……
いつの間に移動したのやら、それ迄今井さんの補助をしていた機体のあった場所には、マムが移動していた。そして、それ迄動いていた機体はまるで"廃棄された後"の様に、わざとらしく部屋の隅に転がっていた。
「……まぁ、最悪の事態に瞬時に対応できるのはマムだからな、仕方ないか」
マムについては、何処にいても結局変わらないので放っておく事にして、いよいよ本題であるベッドの上の少女に話しかける事にした。
本日は後編も投稿予定です。
投稿予定時刻は15時頃です。




