215話 デモンストレーション
地上階へと向かった正巳は、マムの案内するままに一つの部屋に入った。どうやら先に来ていたらしく、部屋の中には今井に綾香、それにユミルとサナが待っていた。
「お兄ちゃん、やっと来たなの!」
「ああ、待たせたな。それで――」
飛び付いて来るサナを受け止めながら視線を向けると、綺麗な会釈と共にユミルが『おはようございます、正巳様』と挨拶をして来る。
ユミルに続いて、綾香と今井さんが挨拶をして来るので、それに応えながら聞いた。
「うん、おはよう。それで、ほかの皆は?」
挨拶しながら言うと、今井さんが答える。
「ココが女性専用の部屋だから、ほかの皆は別の部屋だよ」
「……へっ?」
思わず間抜けな声を上げてしまったが、話を聞くにどうやら男女で部屋を分けているらしく、この部屋は女性専用の検診部屋だったらしい。
まぁ、この後の健康診断で専用部屋になると言う事なので、セーフだろう。変な汗が出て来たので、それを拭いながら言った。
「それより、手本を示すという話だったと思うんですが?」
そう、そもそも正巳が来たのは、最初に診察を受ける事で安全な事を示し、不安を取り除く事が目的だった筈だ。こんな小さな部屋に居たのでは、皆に見えないのではないだろうか。
――そう考えたのだが……動揺していたのか、正巳の頭からは"テクノロジー"が抜けていた。
「うん、そうだね。それは、マムを通して映像を流してもらうから大丈夫だよ」
今井が言うと、マムが頷きながら続ける。
「はい! 私の"眼"を通して、それぞれの会場に映像が流されます。こんな風に!」
マムの言葉と同時に、マムの横に二つの映像が投影された。
一つは正巳を映した映像で、もう一つは他の"会場"を映したものみたいだ。
どうやら、保護組は最上階に集められているらしく、普段皆で食事する大会場にいる姿が見えた。対して元からいる面々は地下の居住区にいるらしく、地下居住区の内広い場所に集められているのが確認出来る。
「これは、もう流れているのか?」
自分が映っているのを見ながら聞いたが、どうやらまだらしい。
「いえ、パパさえ準備ができていれば何時でも始められますが」
「そうか……。それで、俺はどうすれば良いですか?」
マムに頷きながら聞くと、満面の笑みを浮かべた今井が答えた。
「ふふふ、正巳君もこの"アナリーくん"が気になっているみたいだね!」
「……アナリーですか?」
突っ込むべきか迷ったが、突っ込まずにはいられなかった。
「ああ、そうさ。この子は診察すると言うよりは、解析すると言った方が正しいからね!」
単にセンスがない訳では無く、どうやら意味あって付けた名前だったらしい。正巳の言葉に頷いた今井は、部屋の中央に置いてあった機械を指差しながら、その近くに移動するようにと言って来た。
「そうそう、その隣に立ってくれ給え」
その機械は厚さ三十センチ、直径は一メートル程ある円盤の形をしている。
「……こうですか?」
「うん、それじゃあ良いかな!」
今井の言うままに正巳が移動すると、頷いた今井にマムが動いた。
「――それでは、映像流します!」
マムの言葉と同時に、投影された映像の向こうに正巳の姿が映されているのが確認出来る。どうやら、始まったらしい。正巳が何か言った方が良いのかと視線を向けると、今井さんが口を開いた。
「さあ、今日は健康診断だ。とても重要な事だから、みんなに受けてもらうよ!」
そう言うと、続けて『これからデモンストレーションをするから、しっかり見て真似してくれ!』と言って、こちらに合図して来た。
「うん?」
何をすれば良いのか分からなかったので思わず首を傾げたが、マムが『装置の上に乗って下さい』と言って来たので、円盤状の機械に乗った。すると――
「おぅ……?」
正巳が円盤に乗った瞬間、正巳を囲うようにして下から半透明な光線が出て来た。外から見ると、下から上へと出た光線によって"円柱状"になった形だろう。
――いや、円柱状にレースを映し出しているのは、光線に見えるナニカだ。思わず手を伸ばすと何となく感覚があったので、実体があるのは間違い。
正巳の反応を見た今井は、補足する様に説明を続けた。
「これは、マイクロマシンとその働きをサポートする物質の集合なんだ。これ自体吸い込んでしまっても体に悪影響は無いから心配しないでくれ給え。それに、今回は体内の状態を確認する為に使うが、通常の検診では使う事は無いからね、貴重な体験だよ! それで、気になるこのシステムなんだがね――」
興奮気味な今井を見ていた正巳は、長くなりそうだったので先を促す事にした。
「今井さん、それで次はどうすれば?」
正巳は、その仕組みについて何となく理解できたが、映像の向こうの面々には伝わらないであろう事間違いない。
それに、こういった類の技術はその仕組みを知らなくとも、出来る事が分かればそれで事足りる。正巳の言葉に若干不満げな顔をした今井だったが、それでも何やら納得したらしく、説明に戻った。
「ふむ、まぁ実際に動くところを見たいと言うのも分かるね……良いだろう! 次は――」
ようやく説明に戻ったと思ったが、違った。
「下りてくれ給え。そう、これで終わりだ!」
……どうやら、これで終わりらしい。
「終わり、ですか?」
あまりにもあっさりし過ぎていた為、思わず聞き返した。するとそんな様子を見た今井が、心底嬉しそうにしながら言う。
「ああ、そうなんだよ。この"アナリーくん"が優れているのは、乗るだけで全て終わるという点でね。各種センサーを介する事で、健康状態を含めたあらゆる身体情報を取得できるのさ! 尤も、装置の上に乗る必要があると言うのが改善点だがね」
どうやら、本当に終わりらしい。
「なるほど……」
本当にあっさりと終わってしまった為、変な"消化不良感"が残ったが、本来簡単に終わると言う事は良い事なのだろう。頷いてから、一つだけ気になった事を聞いた。
「それで、何故男女で部屋を分ける必要が?」
正巳の言葉を聞いた今井は、若干の苦笑を浮かべながら言った。
「うん、これは最初の仕様を考えた時の"ミス"と言えばミスなんだけどね……」
そう言ってから、今井が指差した方向を見た正巳は、思わず呟いていた。
「……これは不味いだろ」
そこには、全裸の正巳が円柱状になった周囲に映し出されていた。どうやら、数秒毎にその体内構造の映像に切り替わるらしく、筋肉繊維の表示と骨格の表示に切り替わる様子が見えた。
慌てて、『以上だ。乗るだけで安全だからな、安心してくれ!』と言って、マムに通信を切らせると、装置の前に仁王立ちして言った。
「マム、至急コレをどうにかしろ。布や金属で覆っても構わないし、プログラミングし直しても構わない。こんな機能を実装したままだと、誰も検診を受けようとはしないぞ!」
その後、マムによって対策されるまでの間装置へ目が向かないようにと、その部屋にいた面々の注意を惹こうとした正巳だったが、既に時遅かった。
きっかり五分後に、マムによってよって拠点内全ての検診システム――通称"アナリーくん"がアップデートされ、裸体が表示される事も無くなったのだが……その日は、正巳の中で思い出したくない瞬間になった。
実は、正巳の裸体が放映される事を予測していたマムによって、流された映像は加工され問題無いようになっていたのだが……話題を出す度、無理やりに話を変えようとする正巳は、その事実を知る由も無かった。
ただ、マムフィルターによって加工された正巳は超絶美化されて映っていた為、それはそれで突っ込み処しかない映像だったのだが……。
何はともあれ、正巳の全てが拠点内に知られるのは、防がれていたのだった。
――部屋にいたメンバーを除いて。
「……部屋にいるから、終わったら呼んでくれ」
部屋までの道を一人で歩いていた正巳は、不意に足元に寄り添って来たボス吉に呟いた。
「まったく、どんな顔してみんなの前に行けば良いんだよ……」
ため息を吐いた正巳に、大型犬ほどに体の大きさを変えたボス吉は鳴いた。
「にゃおん!」
マムの通訳を介していないため正確な意味は分からなかったが、少なくとも励まされたのであろうと感じた正巳は、ボス吉の優しさに浸る事にした。
「ボス吉……柔らかそうだな」
その後自室に帰って来た正巳は、大きな抱き枕を抱えて横になったのであった。
……すみません。急にストーリーが降って来たので、その話を差し込む事になりました。前々話のあとがきで書いた内容は、少し話を挟んでからとなります。今月は執筆速度を上げて頑張ります……!!




