205話 迎え入れ
早めの昼食を摂った後、帰還の連絡があったので迎えに出ていた。
――とは言っても、空港に向かったわけではない。
正巳達がいるのは、拠点へと通じる道路の上だ。
「本当に大丈夫なんだよな?」
心配したままを口にすると、隣にいるマムが頷いた。
「はい。十分な直線距離がありますし、走路上も清掃機によって整備されていますので。横幅に関してはギリギリですが、それも完璧に制御しますので問題ありません!」
「"横幅"ね……」
いつの間にか、左右一車線分だけ広くなっている気がする。どうしたのか気にはなったが、何となく"非常識な答え"が返ってきそうな気がして聞くのは止めておいた。
「そうか。それじゃあ、この距離でも大丈夫なんだな?」
言いながら振り返ると、凡そ30~50メートル程の場所に拠点が見えた。
いや、拠点だけではない。現在正巳の立つ場所から拠点までの間には、数多くのテントが張られていた。既に拠点を出てからその内容について確認してはいる。
どういうモノかと言うと――これらテントは、その中で体を洗浄する事を目的としているが、中で簡易的な治療も出来るようになっている。いわば"簡単な診療室"だ。
……マムの話では、ギリギリの場所に着陸するという事だったが。
もし、本当にここに着陸するのであれば、安全面を考えてもう少し離れた方が良い気がする。それに、道路の横にも幾つかのテントが張られているが……本当に大丈夫なのだろうか。
拠点や救護テントに近すぎるのでは無いかと心配した正巳だったが、それに答えたのはマムでは無かった。
地上から浮き上がって飛ぶ乗り物"ホバーグリオン"で乗り付けた人が、言った。
「大丈夫さ。摩擦や重量、風力なんかも計算しているからね」
「それはそうかも知れませんが……」
降りる今井さんに手を貸す。
「すまないね」
「いえ、少し高さがありますからね」
今井さんが降りたのを確認した正巳だったがふと、視界の端に先輩とデウが忙しそうにしているのが見えた。どうやら二人は、用意されたテント内の資材の確認をしているらしい。
それに、先輩達以外にも多くの子供達が動き回っていたが、数としては拠点内で準備をしている子供の方が多い様だった。ここに来る途中で確認したのだが、どうやらこれから来る"保護対象"の人々らには、拠点の地上部分を提供するという事らしい。
その事について、マムから『勝手に決めて申し訳ありません』とあったが、マムは恐らく俺の思考パターンから"どう判断するか"を計算したのだろう。
実際、もし『一時受け入れ場所はどうするか』と聞かれていたら、同様に地上階を解放していただろう。収容限界に達している訳でもなく、何か理由がある訳では無い今、その判断に"拠点外での保護"と言う選択肢は無かった。
逆に、それでは地下居住地に迎え入れれば良いのではないか、と言う話になるかも知れないが……これが出来ない理由は幾つかあった。
分かり易い所で言えば、"健康チェックの為"、"子供達への配慮"、"まだ仲間ではない為"と言った処だろう。
そして、中でも健康面については注意が必要だ。
もし保護対象が何らかの病原体や細菌を保持していて、それが子供達に移りでもしたら大問題だ。これが理由で、今働いている9歳以下の子供に関しては、安全の確認及び処置が完了するまでは、全員残らず地下居住区にて待機と言う事になっている。
まあ、ミューとサナに関してはそういう訳には行かないが、二人についてマムに確認したら『予防接種しておきますから大丈夫です。それに、ミューはまだしもサナに関しては大抵のモノに罹っても、少し熱が出る程度で済みますよ?』――と言っていたので、心配は要らないだろう。
「パパ、到着まで残り十分です!」
準備状況を確認していた正巳だったが、マムの言葉で振り返った。
「分かった。それじゃあ制御の方は頼んだぞ」
そう言った正巳は、いよいよ到着すると言うハク爺達の姿を空に見ていた。しばらくそうしていた正巳だったが、後方でハクエンが指示を飛ばす声が聞こえて来た。どうやら、テン達がいない間の経験でリーダーシップを以て、指揮統率が執れるようになって来たらしかった。
……子供の成長は早いと言うが、それにも増して本人の努力が有ったのだろう。暫くの間忙しくなりそうではあるが、落ち着いたらご褒美の機会を持とうと思った。
その後程なく上空に飛影が見え始めた。先頭に見えるのは独特な形をした機体"ブラック"であり、その後ろに続くのは旅客機のようだった。
「お父さん!」
「ああ、見えて来たな」
隣に来たのはハクエンだ。
小さい子供達の移動はミューに任せて来たらしい。
初めはハクエンが誘導していたのだが、子供達を地下居住区に移動させる"理由"を聞いて『僕は男の子だから、危険な所は僕がやる!』――となったらしい。
普段心根の優しいハクエンだが、一度決めたら頑固なところがある。恐らく、ミューも途中で折れる事になったのだろう。
視線を受けて頷くと、ハクエンが号令した。
「よしっ! 総員整列!」
ハクエンの号令によって、凡そ二百名弱の子供達が整列した。今井さんや綾香、ユミルと先輩にデウは列には並んでいなかったが、何となく整列の形を取っていたのが少し面白かった。
……マムの横には見慣れない機体が並んでいたが、どうやらマムのサブ機体と特殊な機器達らしかった。その中でも、亀のような形をした機器が数台ある事に目が留まったが――
「アレは、いざと言う時に消火活動をする百万の水亀です!」
――という事らしい。
あれが消火用機器という事は、その横に並んでいるのは切断する為のものだろう。長いアームを蛇腹に折り畳んでいる見た目には何とも言えないが、いざと言う時には役立つに違いない。
その横には、ずんぐりとした小さな車両が三台止まっていたが、アレは多分機体を牽引する為の車両なのだろう。何となく丸っこいフォルムが可愛かったが、後で何という車両か聞いておこう。
そんな事を考えている内に、いつの間にか上空の機体が"着陸態勢"に入っていた。どうやら、拠点に続く直線道路の内ギリギリから着陸に入るつもりらしい。
機体が着陸態勢に入った所で、先輩が寄って来た。
「……なあ、俺は大丈夫なんだがな? 子供達は怖くないかって思うんだ。ほら、普通はこんな風に着陸して来る飛行機と向き合う事なんて無いだろう? だよな!?」
言われて目を向けてみたが、子供達に怖がる素振りは無かった。何方かと言うと……
「先輩、心配だったらホバーに乗って居ても良いですよ? そうすれば、いざと言う時はマムが真っ先に避難させてくれると思いますから」
口元に分かり易く笑みを浮かべて言ったのだが、それに構う事なく頷いていた。
一同の視線を浴びる中、ホバーグリオンに乗った先輩だったが、腰を下ろしてみてようやく周囲の視線を集めている事に気が付いたらしかった。
「いや、なんだ。少しばかり腰が痛くてなぁ、ハハハ……」
乾いた笑いを響かせていた先輩だったが、それが聞こえたのもほんの僅かな時間だった。先輩の声が耳に残っている内に、轟音が辺りを包んでいた。
ブラックの飛行音はそれ程大きくないのだが、どうやら後ろの旅客機の音が大きいらしい。
先の道路で機体が着陸したのを確認する。
……それなりの速度が出ている。
路面に擦れる機体のタイヤ、機体を地面に押し付けようと羽を動かす両翼。
みるみるうちに近づいて来る機体を見ながら、それでも正巳は微動だにしなかった。
「……よしっ、ピッタリだったな」
正巳の手前、一メートル程で止まった機体を確認しながら横のマムに言うと、何か言う事は無かったが嬉しそうにしていた。
それもそうだろう、未だにエンジン音が響いているのだ。ここで何か言った処で声は聞こえない。こんな状態でコミュニケーションを取るには、近づいて大きな声で話すか、読唇術を習得していない限り無理だろう。
機体が止まったので、振り返って指示を出そうとしたのだが――
(そりゃそうか……)
腰が抜けてしまったのだろう。
ハクエンを始めとした子供達は固まっていた。
大人からすると、着陸する飛行機の前に立つという事がどういう事なのか容易に想像出来るが、子供からするとそういう訳には行かない。
何事も経験だと思うが、今回の経験で次はもう少し慎重になるだろう。
綾香も同じように腰が抜けていたが、その前には何故かユミルが庇うようにして入り込んでいた。デウに関しては、若干あとずさりはしていたものの、耐えたようだ。
こうして見ると、動かずにいたのは正巳を"一"として、今井さんとマムの三人だけだったらしい。マムは当然として今井さんも、自分の作った物に対しての"信頼"が有ったのだろう。
エンジン音が徐々に収まりつつあったが、声を通す事は難しかったので、ハンドサインで指示をする事にした。特別なサインがある訳では無いが、身振り手振りでハクエンに指示を出す。
正巳の指示を確認したハクエンは、直ぐにそれを数人の子供達(恐らく小隊長達だろう)に伝えていた。その後、程なくして移動し始めた子供達だったが、その先頭には正巳が立っていた。
其々ブラックと旅客機二機に分散した人員は、開き始めたドアを見つめている。
旅客機のドアが開くと、その下からタラップと呼ばれる階段が出て、地上まで下りられるようになった。対してブラックは、そのまま開いた口が昇降口になっている。
開き切ったブラックの昇降口、その中を見た正巳は言った。
「お帰り、ミン」
疲労の残る顔でこちらを見た少女は、掠れそうな声で言った。
「はい――、ただいま帰りました」
その顔には安堵の変化があったが、それ以外にも"変化"が確認できた。
それは、出発する前には無かったモノだった。
「ああ。大変だったみたいだが、もう大丈夫だ」
そう、ミンの顔には薄っすらと頬の辺りから耳にかけて、傷が入っていた。
それがカギ傷だった為、何が有ったのか想像するのは容易だった。飽くまで平静を装った正巳は、ミンと抱擁をするとその後は、ミンの後ろで控えたテンに任せる事にした。
テンがミンを抱えて下がる間際、テンにしか聞こえない声で言った。
「けじめは付けさせる」
その後、ブラックに乗った他のメンバーとも再会の抱擁をした。
取り分けハク爺の抱擁が激しかったが、その中で『ワシの子らが居るが、後で挨拶したい』と言って来た。見ると、確かに数人場慣れしてそうなメンバーがいた。
ハク爺に『そのつもりだ』と答えると、満足したらしく歩いて行った。
……数人から視線を感じたが、好奇の目だろうと判断した正巳は、それには構わず要救護者を運ぶ手伝いに入り出した。
マムの報告では『要救護者は治療した』と聞いていたが、それは"生死に関わらない傷"であって、既に欠損してしまった部位の治療ではないのだ。
足の悪い少年を抱えた正巳は、そのまま救護テントに歩き出した。
少年は軽かったが、心配そうな顔でこちらを見ていた。
「どうした? もう大丈夫だぞ?」
そう言った正巳に、一瞬逡巡した少年は言う。
「あの、何でもするので……出来る事は少ないかも知れませんが、何でもするのでどうか――」
震えながら言う少年に耐え切れなくなり、言った。
「何を言っているんだ。今日からここはお前の家だ――望みさえすればな」
小さくうなずく少年を抱きしめながら、何となく懐かしさを覚えていた。
「……弟が出来たな」
先頭切って指示を飛ばす声を聞きながら、呟いた。
因みに……切断する機器の事は"長足の螳螂"、飛行機を牽引する車両の事は"牽引甲虫"と言います。まだ出てきていない機器類は沢山ありますが、その一種に"防御虫"の類があります。その中でも、作中に出るか分からないモノを紹介すると"蠢き砕く者"『パラポネラ』や"人知れない死"『ミクロサイス』――があります。これらは、それぞれ"目視できる危険"と"目視出来ない死"ですが、その正体は何方も精巧に出来た機械です。これらに対抗する手段もきちんと存在しますが……どれも、前もって知っている事と、その為に必要な道具がある事が条件となります。
少し助長気味になりましたが、お付き合い下さりありがとうございました。




