200話 秘密の共有
いつの間に搭載していたのか、マムが取り出したのは立体投影機――ホログラフィックシステムだった。そして、そのホログラムにより映し出されたのは、先ほどまで居た"会場"だった。
その様子をばっちり見ていたらしいアブドラだったが、どうやら状況が把握できていないらしかった。まあ、その気持ちも良く分かる。
「……おい、これは……いや、その娘は……?」
疑問符となっている様子を前にして、先手を打つ事にした。
「言いたい事は分かるし、疑問に思っているのが何であるかは分かっている。だがな、今は順番に行こう。先ずは、今なんでこれらがココに有るのか、一先ずその事からだ」
そう言いながら、半ば強引にマムに続けるようにと促した。
「それでは、続きから。これはパパ達が部屋に戻られた後の流れを簡略化したものですが、最初に少し前に流した映像を流し、その中盤でパパが活躍した革命の鎮圧の話を流しました。そして、その終盤で革命を防いだ後のお祭りの様子を流したのですが、どうやらその時の映像に……――」
マムの話は映像を交えながらの話だった為、非常に分かり易かった。しかし、当のアブドラはと言えば、事の経緯などはどうでもよくなっているらしく、終始マムから目を離せない様子だった。
「――……と言う訳でして、今回も力比べが行われました。その際の景品として、こちらからは"通信デバイス"を出し、護衛や大臣の方々からは『外にある』と言う"褒賞品"をと言う事になっていたのです。その結果は、今目の前にある通りですが……。パパ、これで宜しいですか?」
話し終えたマムが、展開されていたマイクロデバイスを収納しながら、頭を向けて来た。そんなマムに苦笑しながら言った。
「ああ、そうだな。それと、他の子達は今どうしてる?」
他の子供達の様子が気になったが、どうやらそちらも心配なかったらしい。
「はい、既に順次寝室に戻るように伝わっているので、部屋に戻っていると思います。グルハ王国の皆さんも、給仕のメンバーによって部屋まで案内された後かと思います」
マムがそう言うと、ミューがフォローするように言った。
「皆が『行って良いよ』と言ってくれたので、私も一緒に来ました。もし宜しければ、明日にでも皆の事を褒めてあげて下さい……その、皆頑張っていましたので」
どうやら、ここにミューが居るのは、他の子供達が気を使った結果だったらしい。
「ああ、分かった。そうだな……サナ、これはサナが勝ち取った物が多い様だが、これを使って皆にも何らかのご褒美を用意しても良いか?」
そこに有るのは、一点物の工芸品や美術品とそれに即した物が多かった。
このまま皆に何か形として挙げる事は出来ないが、同じだけの価値のモノを原材料にして何らかのものを作り、配る事は出来るだろう。
「良いなの! サナは前に貰ったのがあるなの~」
そう言って頭を出して来る。
突き出された二つの頭に、苦笑いしながらも『偉いぞ』と言って頭を撫でると、マムとサナは二人で嬉しそうにしていた。二人とも白髪なので、こうしていると姉妹に見える。
何となく落ち着いた正巳だったが……その横では、お預けを喰らった後すっかり置き去りになっていた男が口を開いた。すっかり気がそがれた様ではあったが、それでもきっちりと突っ込んで来た。
「なあ、我が友よ。その娘はいったいどういう存在なんだ?」
「どういうって、家族ではあるが……ああ、そういう事か」
家族と答えた正巳だったが、アブドラの責めるようなジトっとした視線を受けて、何を聞きたいのかが分かった。いや、最初っから分かってはいたが、幾ら今更誤魔化せないとしても行ってしまう事に躊躇が有ったのだ。
深呼吸して覚悟を決めた正巳は、言った。
「そうだ、この子は人間では無いんだ」
正巳がそう言うと、予想はしていたであろう筈のアブドラが目を丸くして、口を開けて驚いていた。何となくその様子が可笑しかったが、頭の中はマムの事を口止めする事に頭が行っていた。
「……そ、それじゃあ、やはり?」
数秒してから、ようやく思考が追い付いて来たらしい。まあ、ずっと動いていたマムの姿を見ていて、普通の子供だと思っていた子が人間じゃなかったとなれば、その驚き様も分かる。
「ああ、人造人間と言うかまるっきり機械だからな。それこそ、人工知能"マム"としか言いようがないな。何にしても、これは他言無用で頼むぞ?」
そう言って念を押した正巳だったが、アブドラは『怖くてこんな事何処にも言えん!』と言っていた。ついでにライラに視線を向けると、『命に代えても口を割りません』と言っていた。
流石に、命に代える程の情報では無い為『いや、命が危ない状況だったら話してくれて構わない。なに、どんな相手だろうと全て始末するさ』――と言っておいた。
アブドラはしばらく興奮していたが、他のメンバーが思いの他冷めた反応だった為か、テンションが戻るのも早かった。その後、冷静になったアブドラが『おい、この事は決して公表してはいけないぞ? 世界中が混乱に陥るからな?』と言って来たが、今更だったので適当に流しておいた。
……既に、何度か世界規模での混乱を起こしているのがマムなのだ。
「それじゃあ、そろそろ寝るか?」
そう言った正巳は、アブドラの様子を見て苦笑した。どうやら、落ち着くのと反比例して目は冴えて来たらしく、首を振ると言った。
「こんな刺激を受けた後だと暫く眠れそうにないな。何処か鍛錬できる場所があれば、体を動かしでもしたいんだが……」
体を動かして、体力を消耗したいという事らしい。
アブドラの気持ちも分かるが、体力の消耗は明日に響くだろうから避けるのが良いだろう。アブドラは、もう少し王として自覚を持った方が良いと思う。
それに、目が冴えて寝られないという事であれば、おあつらえ向きの物がある。
「丁度良いものがあるぞ」
アブドラに笑みを向けると、マムに言った。
「――VR訓練機使えるか?」
いつの間にか頭を撫でられるという恰好から、サナと一緒にそれぞれ両側から抱き着く――傍から見ると締め上げる――形になっていたマムが答えた。
「あと十秒このままで居させて頂ければ、直ぐに起動用意します」
「分かった、良いだろう。十秒な?」
何でもない風に正巳が答えると、マムがしまったという顔をして言う。
「やっぱり二十、――いや、十五秒で!」
「今度な」
即答した正巳に対して、少し悔しそうにしたマムだったが、その後きっかり十秒後に腕を離していた。その様子を見ていた一同はいつもの風景の一つとして見ていたが、ライラとアブドラ――取り分けアブドラは、驚きを隠せないでいた。
「……本当に機械なのか?!」
そう言って驚く姿を見ていた正巳は、片方の腕に付いていた腕輪の片方――イモリの形を模った腕輪を外すと、アブドラに渡した。
「ほら、これを耳に付けてみろ」
「これを?」
腕輪を見て不思議そうにするアブドラに、腕輪を耳元に持って行くようにレクチャーする。
「ああ、こうやれば良い」
「……こうか?」
正巳がレクチャーした通り真似したアブドラは、その腕我が細かい部品に分かれて、瞬時に耳を覆う形になったのに驚いていた。
「……うむ?」
耳を覆った腕輪だった物を触るアブドラを見ながら、正巳はマムに言った。
「そうだな、アブドラにこう言ってくれ――……」
「はい、パパ!」
マムに耳打ちすると、頷いた後で早速実行していた。
「うぉ?! 声がするぞ? ――なに? "非常時以外には何の音もしませんが、用があれば連絡します"って、どういう事だ?」
……どうやら、多少内容に手を加えたらしいが、言った通りに伝えてくれたらしい。不思議そうにしているアブドラに言う。
「それは特殊な物でな。普段は腕に着けていられるんだが、いざと言う時は通信端末になるんだ。それはアブドラにあげるから、いざと言う時はそれを使ってくれ」
本当はあげるつもりなど無かったのだが、高価なものを"奪った"となれば何となく申し訳が無い。そこで、代わりに腕輪として着けていた通信端末"イモ吉"をあげる事にした。
それに、通常ではありえない事――口を動かしても居ないマムの声が端末から聞こえて来る――を経験して、アブドラにもマムの事が理解できたのでは無いかと思う。
その後、少しばかり眺めたり端末を通してマムと会話をしていたアブドラだったが、段々と事の次第が理解出来たらしく嬉しそうに言った。
「おおなんと! これは嬉しいぞ、我が友よ!」
どうやら、端末自体の"価値"と秘密が真実である"証拠"について理解できたらしい。手を掴んでその感情を表す様子を見ながら、贈って良かったと思った。
「ああ、"友情の印"として持っていてくれ。……それでだな、そいつの名前は"イモ吉"と言うんだが、実はその細部に至るまで、実に精巧に作られていてな――」
嬉しそうなアブドラに気を良くした正巳は、わざわざその名前とその造りがいかに美しいかを、じっくりと教えてやろうとしたのだが……良い所で阻まれた。
「あの、正巳様!」
「……どうした?」
珍しくユミルが口を挟んで来たので、余程の事なのだろう。名前に関しては、後でじっくりとその造形の素晴らしさを踏まえて話す事にして、ユミルの言葉を聞く事にした。
「どうした?」
「はい。そろそろお時間も良い頃なので、綾香様とハクエン様を、お部屋にお連れしても宜しいでしょうか? それと、そろそろお客様をご案内した方が宜しいかと……」
どうやら、少し周りが見えていなかったらしい。綾香はうっつらうつらと船を漕ぎ始めていたし、ハクエンも眠たそうな目を擦っていた。
「ああ、そうだな。ありがとう」
ユミルに礼を言うと、綾香とハクエンに挨拶をした。
「お兄様、私も鍛えたいのですが……」
「そうだな、最初は子供達と一緒に体を動かすと良いと思うぞ」
どうやら綾香はわざわざ許可を取りに来たらしい。
別に自由にして貰っても構わないのだが、律儀な事だ。
「お父さん、その……」
ハクエンは何か言いたい事があるらしい。
促すと、若干溜めてから言った。
「その……おやすみなさい!」
「ああ、お休み。何時ハク爺達が帰って来るか分からないからな、ゆっくり休んでくれ」
少し驚いたが、どうやらハクエンはお休みの挨拶をしたかったらしい。一部まばらな白髪の混じった頭を撫でながらそう言うと、嬉しそうにしていた。
その後、部屋を出る三人を見送った正巳だったが、振り返るとミューの姿が目に入った。てっきり、眠いのでは無いかと思ったのだが……どうやら何か興味を引いた事があったらしかった。
「ミューはどうする?」
「お兄さんと一緒に居ます」
珍しく主張が強い気がする。
「そうか、眠くなったら無理するなよ?」
「はい、大丈夫です!」
ミューの様子に頷くと、先程からずっとしがみ付いているサナに声を掛けた。
「随分嬉しそうだな」
正巳の言葉に顔を上げたサナが、キラキラとした目で頷く。
「楽しみなの!」
どうやら、サナもVR訓練機が楽しみらしい。
サナは、この訓練機を使って訓練するのが好きらしいのだが、その理由を聞くと『気配がわからないから楽しいなの!』と言っていた。
恐らく訓練として楽しいと言うよりは、単純にゲームのようで楽しいのだろう。
何はともあれ、アブドラをすっかり待たせてしまった。
そわそわしている様子を見る限り、我慢の限界も近いだろう。
「それじゃあ、向かうか」
そう言った正巳に対してのアブドラの反応は、素早かった。
「うむ! VR訓練とやらだな?」
「ああ、そうだ。付いて来てくれ」
アブドラが立ち上がったのを見た正巳は、奥の部屋へと案内を始めた。
【お陰様で200話となりました!】
アブドラが帰る処で200話を締めようと思ったのですが、思ったよりも膨らんでしまい、次話にて"アブドラの訪問編"が終わる予定です。これから、いよいよ本格的に世界を巻き込んで渦が回り始めます。どうか、今後ともよろしくお願いします!




