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2話 出勤

 目が覚めると、カーテンから洩れる日差しが部屋の中へと射し込んでいた。


「朝か……」


 横を見ると、食べかけのおつまみが袋の空いた状態で転がっている。

 どうやら、途中で寝てしまったらしい。


「おっ、そろそろ着替えないと」


 時刻は朝6時50分。


 ご飯を食べて、出勤準備をする時間だ。


 これまで、宝くじが当たったら直ぐに仕事を辞めようと思っていた。しかし、実際に当たってみると仕事を辞める事はしなかった。


 理由はいくつかあるが、その中でも大きい理由を挙げると次の3つだろう。


  1.急に仕事を辞めて怪しまれたくない

  2.辞めたからと言ってやることが無い

  3.今でなくても良い気がする


 取り敢えず、仕事は続ける事にしたのだ。


 朝食のバナナとヨーグルトを食べると、すっかり着慣れたスーツへと着替えた。


 最近では、スーツじゃなくても良い会社が増えてきているが、これも時代の流れなのだろう。


 スーツ以外のサラリーマンを容認する社会になって来たのだが、かく言うウチの会社も服装を"自由"としている。


 もちろん『時と場合を考えろ』とのお達し付きではあるが、社内でも私服姿の人をチラホラ見かけるようになった。


 特に、夏場などは涼し気な服装でいる人を見ると、私服で働くのも悪くなさそうだと思う。


 ――とは言っても、俺の場合スーツ一択だが。


 理由は色々あるが……強いて言うならば、社外の人との打合せが多い事と、毎回服を選ぶのが面倒なのが大きな理由だ。


 理由として後者が大きいのは秘密だ。


 そんな事でいつも通りに袖をまくると、顔を洗った。


「髪は……大丈夫か」


 寝癖が目立たない事を確認すると袖を直す。何となく鏡に映った姿を確認するが、アイロンしていただけあって皴が殆どない。


 袖を綺麗に伸ばすと、袖に付いている二つのボタンを留め、背広を羽織った。

 

 もちろん、ちゃんと忘れず(・・・)に眼鏡をかけてから家を出る。


「おお、良い天気だなぁ」


 朝特有な"澄みきった空気"を吸い込むと、体の隅々までリフレッシュされた気分になる。数秒朝日を浴びると、そのままエレベーターへと向かった。


 ドアはオートロックの指紋開閉型だ。


 エレベーターを降りると、舗装された道を歩き始めた。


 職場は自宅から徒歩20分の場所にある。


 始めの頃は自転車を使っていたのだが、カギを掛けずに会社に置いていたらいつの間にか盗まれていた。自転車が無くなって以降は、徒歩で通勤している。


 買い直しはしなかったが、その理由は自転車で通勤する必要が無くなったからであり、別に『面倒だったから』とかではない……決して。


 勤め先は世界屈指の総合商社だ。

 ありとあらゆる物を世界中で取引している。


 "世界屈指"と言っても、元は国内に数社存在した内の一つの大手貿易会社にすぎなかったらしい。それが、ある時点から国内に存在した上位数社の商社を買収及び統合し始めた。


 結果的に、買収が莫大な利益を生み出す結果となり、間を置かぬ内に国内では不動の地位を築いたのだ。その後、世界中に支店を進出させ、世界中で買収及び提携を実施した。


 何だかんだと、十数年ぽっちで『世界中の物流に影響を及ぼしている』と言っても過言ではない程の、"超"企業に成長したのだから大したものだと思う。


 ――全て、新入社員研修の時に学んだ内容だが、今振り返っても中々アグレッシブな会社経営だ。


 順調に収益を伸ばしているウチの会社は、昨年度の売上は数十兆円超。純利益では1兆円を突破している。全世界でも10本の指に入る規模だ。


 何だかんだ言っても、会社の一ヶ月分の利益が、俺の当てた"900億円"と同じくらいだと考えると、組織の力はとんでもないと思う。


 まあ、『世界屈指の大企業の一ヶ月分の利益を一人で得た』と考えると、それこそとんでもないのかもしれないが……そんな事を考えながら下水施設の横を通り過ぎる。


 この下水施設はつい二、三年前に工事を行ったばかりだが、工事前は通り過ぎるたび酷く匂っていた。実は自転車を購入した大きな理由が、この場所を早く通り過ぎる為だったりする。


 結局工事のお陰で匂わなくなり、わざわざ自転車通勤する必要もなくなったのだ。


 つくづく、匂わないと言うのは素晴らしい事だ。


 朝は穏やかな内に仕事に入りたい。


 その後も、美味しい空気を味わいながら歩いていたが、幾らもしない内に会社に着いた。


「おはようございます」


 社員入り口であるゲート。

 その横に立つ警備員が声をかけてくる。


「おはよう! お疲れ様~」


 挨拶をしてゲートをくぐるが、他に出勤している社員の姿は余りいない。


 こんな朝早くから出勤してくる人は少ないのだ。いや、"少ない"も何も、基本的に出勤時間は自由なので、何時に出て来ようとこまいとあまり関係は無いが。


 うちの会社は、どれだけ働こうが結果が全てなのだ。仮に毎日1時間しか仕事をしないでも、結果さえ出していれば文句は言われない。


 まあ、そうは言いつつも会社の上層部は上層部で、少しでも長い時間働くようにと色々な工夫をしているみたいだが……。


「おっす!」


 エレベーターのエントランスに進むと、同僚の男が声をかけて来た。


「うっす! 随分と早いですね」


 返事をしながら男の様子をみる。


「でしょ?」

「徹夜ですか」


 目の下に薄っすらとしたクマがあり、着ている服もどこかくたびれている。服装は、チノパンにポロシャツ……外部との打ち合わせがほぼ無い部署に所属している特徴だ。


「そうなんだよ、先月あったイベントの処理でね」

「ああ、チャリティ?」


 話しながら、エレベーターに乗り込む。


「そうそう。正巳(まさみ)が担当だったよな」


 先月あったチャリティイベントとは、国内でも最大級のイベントで、ここでの収益の大半が多くの孤児院に寄付されている。


 俺自身孤児であった事もあり思う所もあったので、社内で担当者の募集の際に立候補したのだ。


「ですね~準備は大変でしたけどね。やり切ったんで、後は先輩の仕事ですね!」


「ははは、もう少しで終わるから……まあしっかり仕事はするさ」


 なんだか元気が無いが、恐らく徹夜の疲れが来ているのだろう。


「程々に、ですよ?」

「分かっているさ。正巳も無理するなよ」


 自分の部署のある階に着いたので降りると、そこでも少しばかり顔色が優れない先輩が気になったが。しかし、余りしつこく言っても仕方がない事だろう。


「それじゃ、また!」


 敢えて明るく手を振ったが、それに先輩も手を上げて返してくれた。


「ああ……」


 どことなく疲れた様子の先輩を見送ると、自分のデスクへと向かう事にした。


「後で差し入れでも持っていくか」


 差し入れるカロリーバーを思い浮かべた正巳だったが、自分の"戦場"が見えて来た処で、最初の仕事の洗い出しを始める事にした。


「さて、今日は面倒が無いといいなぁ」

先輩、あまり無理はしないで下さいね。

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