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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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197話 敬愛される君主

 現在、正巳達は廊下を歩いている。


 隣を歩いているのはアブドラで、その後ろを歩いているのはライラだ。護衛兼従者として付いて来たライラからは、こちらの様子を伺うのと同時に、少し気が散りがちになっている気配がある。


「……少し離れても大丈夫だぞ」


 勿論、その言葉を向けたのは隣を歩くアブドラにでも、その後ろを歩くライラに対してでもない。その相手は――


「にゃおぉん!」

「ボス吉……?」


 そう、他でもないボス吉に対してだった。

 壁側を歩きながら、正巳の足にすり寄って歩くボス吉。


 とても歩きづらいと思うのだが、ボス吉がそれで良いなら構わない。

 ピッタリと足にくっ付くボス吉は、とてもモフモフとしており心地良いのだ。


 ただ、一点だけ困る事がある。


 ボス吉が壁側を歩くせいで、必然的にアブドラの方に寄る事になっているのは、少し困る。もちろん、人がすれ違う位の余裕は十二分にあるので、狭く感じる事は無い。


 それでも、ボス吉がひたすら擦り寄って来るので、それに応じて少しずつアブドラの方へと押されていた。その後、少し歩いている中かなり耐えたと思うが、流石にこれ以上はアブドラに迷惑が掛かると判断した。


「よしっと」

「みゃっ! みゃあぁぁ……」


 抱え上げた瞬間僅かな抵抗をしたが、それでも構わずガッチリと抱えてしまうと、それ以降は大人しくなった。腕の中で大人しくなったボス吉へと目を落とすと、何となく申し訳なさそうにしている気がした。


 もしかしたら、マムから何か言われていたのかも知れない。


 ……そう言えば、ボス吉を会場で見なかった。


 それが、いざ会場を抜け出す際にするりと出て来たのだ。ボス吉の耳元には小さな通信機が付いているが、これで連絡を取っていた可能性が高い。


 何となく気になって耳を澄ませると、通信機からみゃーみゃーと微かに聞こえて来た。間違いなく、マムがボス吉に何かしら話しかけているのだろう。


 そこで、不自然にならないようにボス吉の耳元に口を近づけると、囁いた。


「マム、余計な事をしちゃダメだぞ?」

「……はいパパ」


 当のボス吉は、正巳が抱えてからはマムの言葉に反応する様子が無かった。それでも、やはりそれ迄は何らかの指示を受けていたらしかった。


 心地良かった為、ついついそのままボス吉に顔を埋めたままでいると、どうやらアブドラが気になったらしい。


「なあ、正巳よ」

ふぉふふぃふぁ(どうした)?」


 そのまま答える。


「いや、その猫もう少し大きくなかったか?」

「……|ふぉんふぁふぉふぉふぁいふぉ《そんなことないぞ》?」


 ここは真面目に答えてはいけない気がしたので、誤魔化す事にした。どうやら、一応は自分の見間違えだと納得する事にしたらしい。アブドラは、頷くと呟いていた。


「そうか、てっきり大型犬位はあった気がしたんだが……」


 その後、ボス吉から話題は逸らしたものの、扉の前までは柔らかい感触を楽しんでいた。途中でアブドラから幾つか質問を受けたが、その内容は途中で水平移動したエレベーターであったり、外壁が傷付いていた理由だったりした。


「――……なるほど。つまり、ここがこの国の法律の適用外となったタイミングで、外部組織からの襲撃を受けたという事か。しかし、その様子を見ると"かすり傷"と言った処か?」


 アブドラが来る前に"襲撃"があったと話すと、がっつり食いついて来て、お陰で部屋で話すつもりが途中で話す事になってしまった。


「そうだな、そよ風が吹いたくらいだな」

「そ、そうか……それにしても、お前達に挑む勇者が居るとはなぁ!」


 ハハハッと笑うアブドラだったが、正巳は苦笑で返すほかなかった。


「さぁ、中に入ってくれ。俺の部屋だ」


 開いた扉から入るように促すと、恐る恐る振り返り言った。


「おぉ、もしかしてここに入るのは……?」

「お前が初めてだな」


 正巳が言うと、嬉しそうな顔をしたアブドラが言った。


「そうか、そうか俺が初めて入るのか!」

「まあ、外部から呼んだ人ではだがな」


 恐らく、ここにサナが居たら大きな声で自分は入った事がある、と言い出しただろう。そういった面でも、一先ず置いて来て正解だったかも知れない。


 中々中に入ろうとしないので、先に入ると促した。


「ほら、早く入ってくれ。実は、今話していた件で少し頼みが有るんだ」

「む、そうか。それじゃあ、入るか……よし、入ったぞ!」


 どうしたのか分からないが、やけにはしゃいでいるアブドラに苦笑していると、ふとライラの表情が目に留まった。一瞬だったが、ライラはアブドラの事を見て何か凄くほっと、安心したかのような表情を浮かべていた。


「……ほら、早くライラも入ってくれ」

「――ツッ! しかし……私はここで見張っています!」


 何故か緊張して言うライラを見て、そう言えばアブドラの国では王族の許可なくその私室に入ると、極刑になる国もあると思い出した。


「ああ、大丈夫だ。ここは俺の国なんだからな、他の国のルールは関係ないさ。そうだろ?」


 アブドラに確認する様に問いかけると、アブドラは思わぬ行動に出た。


「そうだな。こうすればお前も大人しく来るか?」

「っひゃ?!」


 一瞬屈んで何をしようとしたのか、ライラへ手を回していた。


 しかし、ライラとて一端の――いや、訓練された精鋭の中の精鋭なのだ。流石に簡単に掴まるはずが無い。恐らくは、ライラを抱えようとしたであろうアブドラは、どういう訳かその数秒後には手を繋いでいた。


「あ、あの、アブドラ王子国王さま?! 手がてががッ――」


 恐らく、アブドラに恥をかかせてはいけないと、咄嗟に手を繋ぐことに落ち着かせたのだろう。抱えられるよりはましな筈だが、それでも真っ赤になったライラは何やらモゴモゴと言っていた。


「むっ……まあ良いだろう。混乱する部下を導いてやるのも、我の仕事だからな!」


 変なノリで応じているのを見る限り、どうやらアブドラは若干照れ隠しをしているらしい。二人を弄るのも面白そうだったが、長くなりそうだったので入って貰う事にした。


「さっさと入ってくれ」

「うむ、そうだな」


 正巳がそう言うと、アブドラはライラの手を引いて一歩踏み出した。

 しかし――


「ちょっ!」


 変な所に力が入っていたのだろう。

 アブドラが手を引いた反動で、ライラのバランスが崩れていた。


「大丈夫か?」

「はいっ、腰が抜けただけですのでっ!」


 ライラは、床に座り込んでしまっている。


 拠点内は、常に清掃機体(クリーナーロボット)が清掃しているので綺麗に保たれてはいるが、仮にも淑女が床に座り込んでいるというのは、少しどうなのかと思う。


 まあ、訓練では紳士も淑女も無いのだが……


「……」


 さり気なく、アブドラに視線で促した。


「そ、そうだな。歩けないならやはり我が――」

「だ、大丈夫ですっ! 大丈夫ですから早く入りましょう?!」


 その後、たった三歩にえらく時間かけた二人は、若干上気させた顔に手を当てながらソファに座っていた。中に入ってからも、座れと言うアブドラと頑として座らないライラがうるさかった。結局、正巳が殺気を含ませ無理やり"命令"する事で、現在の状態に落ち着いていたのだった。


「まったく、子供じゃないんだから勘弁してくれ……」


 ため息交じりに言うと、やっと落ち着いて来たのか二人から反応があった。


「……すまん」

「申し訳ありません」


 その後、どうやら喉が渇いて仕方ないらしい二人の為に水を用意すると、本題に入る前に潤滑油としての話をする事にした。


「水以外にも欲しいものがあったら言ってくれ。それと、先程会場を出る前に言った"映像データ"だが、国に戻り次第指示して貰えばそちらに送る事にしよう……ライラにもな」


 そう言った正巳は、明らかに機嫌のよくなったアブドラと、表情を変えないまでもその仕草で嬉しそうにしているライラを見て、頬を緩めた。


 そう――マム監修の元、アブドラの半生を映像化して映画調にして、それを会場では流されていたのだが……どうやらアブドラは、自分が主人公であるという事が気に入ったらしかった。


 正巳には分からない感覚だったが、どうやら自分に注目が集まるのが嫌いではないらしい。もしかしたら、上に立つ人間とはアブドラのようなタイプこそ、向いているのかも知れない。


 兎も角、中々立ち上がろうとしないアブドラに、『後で映像データをやるから帰ったら見てくれ』と言って連れ出して来たのだ。


 ライラにもやると言ったのは、会場を出る際に、もの凄く後ろ髪惹かれて良そうだったからで、表情を見る限り判断は間違っていなかったらしい。


(主君を敬愛する部下か……)


 何となく、ライラのアブドラに対しての態度は、通常の忠誠心よりも深いものがある気がしたが、良い事には違いないので面白く眺める事にした。


 そんなこんなで、機嫌を良くした二人が一息つく間、その様子を眺めていた。


 当然、ただぼうっとしていた訳では無い。


 頭の中では、ハゴロモとして必要な次の一手(・・・・)について、その考えを巡らせていた。



 ◆◇◆◇◆◇



 その手元――再び(・・)大型犬ほどになったボス吉は、正巳の腕の中でされるがままになって心地よさそうにしていた。


 心地よさそうに膝の上で喉を鳴らす猫――その様子を目にした二人は、自分の目がおかしくなったのでは無いかと思った。


 しかし、二度見、三度見をしてようやく(どうやら自分の目がおかしくなったのでは無いらしい)と気が付くと(今更何も言うまい)とため息を付いたのだった。


 ――その猫は、確かに大きくなっていた。


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