196話 上映会と諜報機器
今井さんの描く教育。
天才である今井さんの事だから、てっきりとんでもなくぶっ飛んだ内容かと思った。しかし、内容に関して聞いてみると、想像していたよりも遥かに現実的で且つ合理的な内容だった。
「習った事は"知識"として仕舞っておくよりも、"体験"を通して使った方が身に付くからね。適性と希望に沿った学習をして、早い段階から知識の昇華を狙うのさ」
……なるほど、今井さんらしい。自身がそうであったように、習うより慣れろ、習った事は実践で血肉にしろと言う事みたいだ。
「それは確かに身に付きやすいかも知れないですね」
俺自身、傭兵として訓練していた間は知識の即実践、そして実戦。その繰り返しだった。お陰で戦う技術や生き残る術、戦略の立案と実行、それら必要な事が身に付くのが早かった。
「そうとも。仕事の適性さえ見つかれば、年齢は関係ないからね。早い内から自分に合った仕事を見つけて、適切に"必要"を満たして行けば、それだけ早く自立できると思うんだ」
どうやら、今井さんは元々の目的"自立した個を育てる"を、きちんと意識してくれていたらしい。その事実に思わず感動していると、上原先輩が来て言った。
「正巳、話も良いが……」
声を潜めて言う先輩に、どうしたのかと思って前を向き直すと、そわそわした様子のアブドラが居た。その横で大臣達が集まっているのを見ると、何か話し合いを終えた処だったのだろう。
先輩に小さく頷くと礼を言った。
アブドラ達は、どうやら今井さんが提案したその内容に関して話し合っていたらしい。気になるのは、何故アブドラに落ち着きが無いのかだ。
「アブドラ国王、どうやらそちらも話がまとまったみたいだな」
一応、大臣達の手前である事や話の内容が公的な面が強い内容だったので、敬称を付けて話しかけた。すると、それに対するアブドラの反応は早かった。
「何をかしこまっているんだ。私達の間柄では無いか! それに……なんだ、その、このように上質な肉を今後も我が国で食べられるともなれば、それは良い事では無いか! 聞いた所によると、通常出回る食肉価格の半額で良いという話! こちらは元より、"話をまとめる"も何も無いがな」
そう言って、豪快に笑うアブドラだったが……
実は、マムによって副音声的に報告を受けていた。
『大臣達とは、"その価格面において、国内で消費しても第三国へ出荷しても利益が上がるだろう"といった内容の話し合いがされていたようです』
マムからの報告とアブドラの話を聞いていた正巳は、頷くと言った。
「そうだな、その提示額で交易を結ぼう」
「なに! そうかそうか、それは良いな。両国にとって!」
正巳の言葉を聞いたアブドラ達に、喜色の色が浮かぶ。
そんな様子を見ながら、『それと、詳しい内容は改めて書面で交わす事にはなるが』と前置きを入れて、言葉を続けた。
「食品である以上、出荷先――この場合"グルハ王国"になるが――から第三者へと商品を売る場合、その責任はグルハ王国にその責任を持ってもらう事になる。我々が責任を持つのは、一次出荷先のみだ」
隣に居るマムが『パパ、甘いです。第三国への出荷の禁止ぐらいすれば良いのです!』と耳打ちして来るが、それに対しては『政府以外の業者が手を出したら面倒だろ?』と返した。
そう、国として約束を違えた場合は簡単に事は済むが、複数の裏組織何かが絡んでいた場合に面倒なのだ。そんな面倒をかけるぐらいならいっその事、面倒が無いように責任の範囲を制限すれば良い。
どうやら若干面食らったようだったが、それでも自分達の利が大きい事を知ったのだろう。改めて確認の言葉を向けて来た。
「分かった。こちらに出荷された後は、その責任を持とう。ただし、こちらとしても一つ」
どうやら、ある程度想定はしていたらしい。
その代わり、とばかりに早速要求を出して来た。
「聞こう」
何を要求しようとしているかは分からなかったが、今更こちらに悪い事は言ってこないだろう。そう判断して促した。
「こちらで要求するのは、輸出品目の内"食品"に関して、その輸出先を我が国に限定する事だ」
「……それはつまり、グルハ以外に輸出をするなという事か?」
頷いたアブドラを見て、若干眉間に皴が寄りかけたが、一人で決める内容ではなかった為一先ず話し合いの時間を貰う事にした。
「さて、どうするのが最善か……」
そう呟いた正巳は、マムが責任を持つ面々に対して通信機を通して説明している間、食器を片付けている給仕の子やデザートであるスイーツを運んでいる子供達を見ていた。
少し経ってから、マムから報告があった。
『共有が終わりました。全員から"決定に従う"との返答がありました』
正直なところ、子供達の回答は分かっていた。
それでも意見を求めたのは、子供達にも自分が当事者である事を自覚して欲しいからだ。
マムに礼を言うと、目の前の二人に聞いた。
「二人はどう思いますか?」
問題は、食料品の輸出先を限定する事によって、将来的な大きな利益を失する可能性が有る事だ。もちろん、問題点だけでなくメリットもあるのだが……
「そうだね、僕は構わないと思うよ」
「ちょ、今井部長?」
何でもない、という今井さんに上原先輩が慌てるが、今井さんも何も考え無しではないみたいだ。先輩に対して今井さんが言う。
「だって、幾ら可能性を残したとしても、それは先の事であって確認のしようが無いからね。それに、これは一つの考え方だと思うけど、僕は"工場的"であっても良いと思うんだ。結局大元を握るのは僕らだし、最悪自分達の分だけ生産すれば良いからね」
「確かにそうですが、それでも可能性を拾う事で莫大な利益を生む事は往々にしてありますし……それこそ、正巳はどう思うんだ?」
こちらを見て話を振って来る先輩に答えた。
「そうですね、将来的に利益をより多く取れる事は魅力的です。でも、それをするには人的余裕が無くてはいけませんからね。現状で考えるとどうしても先輩にしわ寄せが行くと思いますよ?」
この手の交渉は、色々なバランスを考えられる人間が対応する必要がある。
しかし、現状でさえ忙しいのだ。
更に忙しくなったら、流石に厳しいどころの話では無いだろう。その点については、ある程度外部の人材を補填すれば良いとも考えられるが、どうやっても結局は仕事が増える。
正巳の言葉を聞いた上原は、目を閉じて悩んでいた。
根が真面目な先輩の事だ、恐らくは組織の事を考えてより大きな利益を生み出す事を考えていたのだろう。今悩んでいるのも、自分の中で仕事に優先順位を付け、その上でこなせるかどうかを考えていると見える。
その後、少しの間考えていた先輩だったが、流石にこれ以上忙しくなるのはきつかったらしい。苦笑いを浮かべながら言った。
「そうだな、少し現状を踏まえて考えるべきだった」
先輩に確認する。
「それじゃあ?」
「ああ、俺も賛成だ」
これで、全体の意見がまとまった。
正直なところ、培養肉に限らず需要が高まった際に、こちらで全てを捌くのは大変だと思っていたのだ。それが、食料品という分類に限った話ではあるものの手間が減ったのは良かったと思う。
今後食品に関しての問い合わせがあった際は、その全てをアブドラ達に投げれば良いだろう。アブドラ達の上げる利益は、面倒な事務対応の"手間賃"だと考えれば良い。
意見がまとまった所で、再びアブドラに向き直ると言った。
「そちらの言う条件を受け入れよう。ただし、一律全品目に関して同じ対応をするという事では無く、何らかの必要が生じた場合には、話し合いに基づいて"調整"する余地を含めて貰いたい」
意識して、若干威圧を込めて言った。
すると、どうやら"分かって"もらえた様で、一瞬喜色を浮かべたアブドラとその後ろで青ざめた顔をしている大臣達が、揃って頷いていた。
「それじゃあ、詳しい事については後で書類で取り交わす事にしよう」
「うむ。ここでは"合意"と"約束"だな!」
そう言って、手を交わした。
その後アブドラは自分の席に戻ると、近くに居た大臣に『これで国に戻っても食えるぞ!』と言っていた。何となく、交易による自国の利を考えたのではなく、自分の為に欲しかっただけでは無いかと思ったが、それはそれで良い気がした。
その後、いつの間にか運ばれて来ていたデザートであるスイーツを食べた。スイーツは、卵を使用した物と、果物をゼリー状にした物の二種類があるようだった。
ヒンヤリと甘いスイーツを食べていると、正巳から見て左側一角に居た子供達が移動し始めた。見ると、それぞれに支給されている通信端末から指示を受けているのが分かる。
……どうやら、何かを始めるつもりらしい。
大臣達は驚いて立ち上がった者もいたが、自分達の王であるアブドラが動じていないのを見て、いそいそと座り直していた。
その後、移動した子供達はバランス良く四方に分散して再び座ると、何かを期待する様にぽっかりと開いた空間の方へと視線を向けていた。
中には、こちら――正確には、正巳ではなくアブドラの方を見て、笑顔を向けている子供も居た。その様子を見て何となく状況を察した正巳は、いよいよになったら撤退する準備をし始めた。
「マム、俺は途中で部屋に戻るが、その際にアブドラも連れて行こうと思っている。サナを連れて行く訳には行かないから、上手く盛り上げてくれ」
何となくだが、アブドラの雰囲気から、二人で話す話題があるのではないかと感じていた。ひょっとすると、その内容がサナや他の子供達に関係する話の可能性もある。
アブドラが話し出し易いか否かという面で、俺以外居ない方が良いだろう。若干、マムが付いて来ると言い出さないか心配だったが、その心配は必要なかったらしい。
「はい、任務ですね。そういう事であれば、私もお供しない方が良いですね……大丈夫です、きちんと護衛は用意します!」
マムの答えに満足した正巳だったが、そこでアナウンスと共に明かりが薄暗くなるのを感じていた。アナウンスの主は、いつも通り今井さんだった。
見ると、視界の端では給仕の子達が大臣含めたアブドラ達に、小さな"端末"を渡しているのが見えた。もしかしなくても、耳に付けるタイプの翻訳装置だろう。
いつの間に移動したのか、子供達のいなくなった場所の中心に今井さんが居た。
「さあ、今日はお客様が来ているね! そう、みんな知っての通り"冒険王子"さ!」
……やはり、そういう事らしい。
今井さんの横には、見覚えのあるトランク型の機械がある。
盛り上がる子供達に手を上げて応じていたアブドラだったが、『それじゃあ今日も"上映"開始だよ!』という言葉と共に目の前で起きた事には驚いていた。
今井さんの言葉と同時に横にあったトランク型の装置が開き、中から微細な機械が飛び出した。遠くから見ると、細かい霧のような物が大量に噴出しているようにも見える。
「うおぅ? おい正巳、アレはなんだ?」
驚いて聞いて来るアブドラに苦笑しながら答えた。
「アレは、空中に立体投影する装置だな。昼間見せたホログラムの上位互換で、より鮮明によりはっきりと見えるタイプのモノだ。難点は、外なんかの風がある場所では使えない事だな」
目を丸くして食い入るように見ているので、一応デメリットも教えておいた。
「そうか……いや、それでもこれは凄いな」
目の前で、映像が立体的になり始めたのを見て同意する。
「そうだな、俺も凄いと思う」
「うむ……なあ、これを我の国にも――」
考えるまでもない。
「それは無理だな」
「……そうだよなぁ」
頷きながら呟くアブドラを見て、取り敢えず満足するまで見させてから自室へと招待する事にした。どうやらアブドラは、ホログラム技術によって立体的に描き出される、その大迫力の映像とクオリティに心底驚いているようだった。
◆◇◆◇◆◇
見入っていたのはアブドラだけではなかったが、その内の一人である大臣は密かにこう思った。
(これは、我が国に多大な利益を生む!)
自国に多大な利益をもたらすであろう技術――それを目の当たりにした大臣は、上司であり絶対的な君主。若き王、アブドラに視線を向けた。
当然その手腕――ついひと月前に自らが王の座に座すことを決め、反対勢力であり腐敗していた高官たちを残らず処した――その王に期待した訳だが……。
新王は、一言断られただけで諦めた様だった。
不甲斐ないとは思いつつも、如何にかしてその情報の一部だけでも自国へと持って帰ろうと思った。そこで、男は予め仕込んでいたカメラに全てを収めるべく、上着を動かし始めた。
(そう、この機器は"諜報特化・分散型情報収集機器"と言って、最先端の技術を集約した"技術の結晶"なのだ。要はスパイカメラな訳だが、仮にカメラの仕込まれた上着を失ったとしても、撮影したデータだけは自動でネット上の極秘サーバーに保存される。この情報を参考にして、我が国の技術も……)
確かに優秀な情報収集機器だったのだろう。
――それが、通常の相手に対してであれば。
前回正巳達を巻き込む事になった革命未遂の際、マムは入り込んだ軍事サーバーから極秘情報の詰まった場所へと到達していた。
既に、その中に在った情報の一部活用していたマムは、今回大々的にスパイ行為を暴くよりも、見逃す事でその後も利用し続ける事を選択していた。
当然ながら、これらホログラム技術一つを取っても、マムと今井のようなイレギュラーが居てこそ生み出す事ができたのだ。
今更、(映像だけでどうにかなる筈がない)と判断した監視者は、多少情報が漏れる事を容認しつつ、要注意人物であるとして今後の監視対象に加えたのだった。
『釣り針は、バリエーション豊富な方が良いですしね……』
電脳世界に居た少女が呟くと、サナの隣に居た少女もまた頷いていた。
くはぁ……如何にか書き終えた。
後数話で200話ですが、ガリガリ書きたい作者です。




