191話 賓客"国王陛下"
アブドラ国王一向を部屋に案内した後、正巳は三人を連れて地上最上階へと向かっていた。腕の中には、子猫ほどの大きさとなったボス吉が居る。
現在会場では、国王を歓迎する為の準備がされている筈だ。
何となく、普段食事を摂っている場所で迎えるのも悪い気がしたが、まさか地下に案内する訳にも行かないので最上階を会場に設定する事にしたのだ。
……まあ、アブドラとライラであれば地下に案内しても良いのだが、他の護衛の者達は見知った仲と言う訳では無い。子供達のプライベートエリアでもある場所に、知らない人を連れて行く訳にも行かないだろう。
食後の事を考え始めた正巳だったが、腕の中のボス吉が小さく鳴いた。
「どうした?」
「『主よ、報告がある』――と言っています」
通訳してくれたマムに礼を言って、ボス吉に続けるように促す。
「聞こうか」
正巳がそう言うと、ボス吉は腕の中で体勢を変え、こちらを見上げる格好になった。
恐らく、"報告"する体勢を取ったのだろう。前々から思っていた事だが、つくづく律儀と言うか人間みたいと言うか……変わった猫である。
「『主に、我が一帯のリーダーとなった事を報告する』――と言っていますが、恐らくこの拠点の周囲の猫を束ねる事になったのかと思います」
マムの言葉に、『にゃんにゃん』と言っていたボス吉が小さく小首を下げていた。そんな様子を見ながら、何となく"平和"で良いな~と思っていたのだが、そういう事では無かったらしい。
「そうか……ん? ぁあ、よくやったな流石だ、お手柄だぞ!」
ボス吉が少し寂しそうにしたのを見た後、隣で哀れむような表情を浮かべたミューを確認した。そこでようやく理解した正巳は、若干取り繕うような形にはなったがボス吉を褒めていた。
ボス吉は嬉しそうにして頭を下げて擦りつけて来たが、ミューには苦笑されてしまった。そんな様子を見ていたサナはと言えば、ボス吉が頭を擦りつけているのを見て羨ましそうにしていた。
「お兄ちゃん、モフモフ?」
「ああ……ボス吉、サナが抱っこしたいって言うんだが良いか?」
正巳がボス吉を撫でながらそう聞くと、一度全身ですり寄った後、自分でサナの腕へと移って行った。少なくない間一緒にいたからだろうが、ボス吉のサナに対しての反応は他の子に対してよりも親しいものが有るように感じる。
傍目から見ると、少女と子猫が戯れているだけなのだが、ボス吉が心から寛いでいる事が良く分かる。何と言えば適切なのかは難しい所だが、"戦友"と言うのが相応しい気がする。
そんなこんなしていた正巳達だったが、乗り込んでいたエレベーターの扉が開いて、その奥ですっかり準備が整いつつある会場を見て驚いていた。
彼方此方で準備している子供達に交じって、独立して移動する機械達も食器を並べたり、シーツを綺麗に伸ばしたりしている。
天井は、元々ガラス張りで外が見えるのだが、現在は一部を天窓の様にして形を取っているみたいだった。所々幾何学模様をしており、中々綺麗に見える。
「こうやって見ると中々悪くないだろ?」
声を掛けて来たのは上原先輩だ。
「中々良いですね、最初からこういった事も考えて設計を?」
「まあ、多少は考えてはいたが詳細を詰めたのは管理者――マムの功績だろうな」
先輩がそう言いながら、チラリとマムに視線を向けると、マムは胸を張って『あらゆる状況パターンを生成しておいたお陰ですね』と言いながら頭を近づけて来た。
「そうか、流石だなマム」
「いえ、パパのマムですから!」
分かり易いおねだりに頬が緩みそうになるのを抑えて、マムの頭を一往復撫でた。若干物足りなそうにしていたが、余り構ってしまうと他の子供達への示しがつかない。
手を戻した正巳に、小さく『これは、もっと頑張ってナデナデの権利を獲得しなくては……』と呟いているのを聞いた。マムの呟きに苦笑いしていると、ミューが『お兄さん』と声を掛けて来た。
「私は準備に戻りますので、後ほどまた宜しいでしょうか?」
「ああ、分かった」
綺麗に礼をして会場準備へと戻ったミューだったが、その様子を見ていた先輩が言った。
「なあ、あの子確か"ミュッヘン・ド"って言ったよな?」
「ん? あぁ、確かそうでしたね。それが何か?」
「いや、何となく昔欧州で聞いた話を思い出してなぁ」
「へぇ、どんな話ですか?」
何でもないように言った先輩の言葉に、何となく興味が湧いた。
「いや、大分前の話なんだが、ある貴族の一人娘が居てな。その娘は美しい金髪に、よく澄んだ青い瞳を持っていたらしいんだ。確か姓名は――」
話の途中で、今井さんが近づいて来て言った。
「ほら、君たちもちょっと来てくれ!」
「分かりました。先輩、その話は後で聞かせてください」
「そうだな、子供らが働いてるのに眺めている訳に行かないしな」
後ろに、何かサポート機械のような物を付けた今井さんに頷くと、準備に忙しくしている中に手伝いに出て行った。
その後、重い物を運んだり細かい調整をしていた正巳だったが、どうやら正巳に関して言えば"戦力"としてよりも"やる気底上げ要員"として、多少は役に立ったみたいだった。
正巳が手伝い始めると、何故か自然とその場所の子供達が増えて、その度に誰かが来て子供らを他の場所に散らすという作業が入ってはいたが……
どの子も、褒めて欲しそうな表情をしていた。
ちょっとした事で、自分が父親代わりになっている事を実感する事になった正巳だったが、気持ちを新たに気合いを入れ直した。
因みに、大半の子は頭を撫でるか口頭で褒めるかすると、満足してくれたみたいだったのでそれ程問題では無かった。問題だったのはサナだ。
正巳が他の子を褒める度、何故か少し脹れていたのだ。
サナには、後で言い含めておく必要を感じながら、その後の準備を終えた。
途中でミューに『着替えますか?』と聞かれたが、正巳にとっては戦闘服が正装だったので『大丈夫だ』と答えた。どうやら、今井さんや先輩含め、ユミルやデウも途中で交替して着替えていたらしかった。
サナは服が変わっていなかったが、胸元にはザイ達"ホテル"から貰った記章を付けていた。恐らく、『お兄ちゃんと一緒』とでも言ったのだろう。
いつの間にか来ていたハクエン達"護衛部"の子供らも並び、目の前には子供が大勢集まっていた。その様子を見て、この後どうすれば良いのかと思っていたのだが、その心配は不要らしかった。
マムが拡声器を使って言った。
「配置に着け」
端的なマムの指示に、子供達が一斉に動き始めた。
……中には、年少者の手を引いている子もチラホラ見受けられたが、皆が自分が何処に並ぶのかを分かっている様子だった。
「練習してたのか」
「はい、正巳様がアブドラ国王をご案内している合間に」
教えてくれたのはユミルだったが、どうやらユミルや綾香、先輩達は正巳の近くが定位置らしかった。途中で姿が見えなくなっていたボス吉も、その体を大型犬ほどに変えると隣に座った。
その後、整列し終えた子供達を前にしてマムが言った。
「これから迎えるのは、我ら"ハゴロモ"にとって重要な賓客です。その証に――パパ、すみませんが屈んで下さい――この証である"サルビアの記章"を主が付けます!」
マムの言う通りに屈むと、点いていた照明が薄暗いものへと変わり、スポットライト状になった光が正巳とマムを照らし出した。
それを確認したマムは一度間を取ると、預けていた記章を器用に取り付けてくれた。どうやら、ザイから貰った記章を一種の"象徴"として使う事にしたみたいだ。
マムに小さなマイクを渡されたので、それを通して話す。
「――そういう事だ。今回の客人は、我々にとって重要な人物だ」
何を話そうかと思ったが、子供達の顔色が若干強張ったのを見て、決めた。
「何より皆が良く知っている人物で、現在は国王となった――冒険王子アブドラだ!」
正巳がそう言うと、そのタイミングでエレベーターの一つへとスポットライトが当てられ、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。
正巳からアブドラへと視線を移した子供達は、次の瞬間大歓声と拍手で迎えられることになった。どうやら、アブドラも面食らったらしく数瞬驚いていたが、流石慣れたもので直ぐに笑顔を浮かべるとゆっくりと歩いて来た。
アブドラはミューが迎えに行っていたらしい。
視界の端に、エレベーターから最後に降りる姿が見えた。こちらの視線に気が付いたらしく、小さく会釈して来るミューに微笑み返すと、呟いた。
「見事だったぞ」
正巳の呟きを受け取ったのは一人だったが、それを計画したであろう人物は小さく微笑むと言った。
「いえ、今回の事に関しては皆の協力が無くては、決して出来ませんでしたから……今回に関しては、皆を褒めてあげて下さい――パパ」
こちらへと近づいて来るアブドラ国王を見ながら、正巳は心に何かが満たされて行くのを感じていた。それは一種の満足感であったかも知れないし、一種の達成感かも知れなかった。
自分の心に満たされるそれらを感じながら、心の何処かで不安を感じずにはいられなかった。
……今ある事が、そのまま永遠である事は無いだろう。
いずれ変わらなくてはいけない時、変わってしまった時、その結果が更なる幸福な時である事を願わずにはいられなかった。
目の前まで来たアブドラを迎えた正巳は言った。
「ようこそ、これが俺の大切だ!」




