184話 化物を殺す炎
拠点へと戻った正巳達だったが、それとは対照的に目的を果たす処か、何が何だか分からぬ間に死にかけた男達が居た。
男達は、五人一組で編成された"部隊"だった。
男達の内、一人の男は仲間達を引き上げながら毒づいていた。
◇◆◇◆
「くそっ、どうなってんだよ。操作も通信も壊れるなんて……」
呟きながらも最後の一人を海から引き上げると、休憩を取るように言ってから指揮官へと連絡を取った。すると、少しの間があってから応答があった。
「……こちら指令、送れ」
「報告。強襲班作戦失敗につき、指示を求む」
「了解した。状況報告、送れ」
「了解。人的欠損無し、車両消損、各員休息中」
「装備報告、送れ」
「報告。標準装備、予備弾薬2、手榴弾3……」
その後、自分含め班員達の装備を報告した。
中には、特殊兵装の全てを車両と共に失っていた者も居た。
報告後、てっきり再突撃命令を受けるかと思っていた。
しかしそのような事は無く、代わりに現状に沿わない私的な事を聞いて来た。
司令官が『友人との関係はどうだ?』と聞いて来たのだ。
流石におかしいと思い、一種の覚悟を以って聞いた。
「質問の理由をお聞かせ下さい」
遥かに階級が高い存在に口答えをしたのだ、当然のごとく処罰されると思ったし、そうならなくてはおかしいと思った。
しかし、そうなったらそうなったで良い。
異常は無い事になる。
いざ処罰されるとなったとしても、司令官の上――裏で指示を受けている真の上司に、手を回して貰えば良い。恐らく、処罰の代わりに昇格して貰えるだろう……そう考えていたのだが、一瞬間があった後司令官は言った。
「何を言っているんだ! 我ら戦友なれば、その身を案ずるのは当然だろうが!」
声は、司令官の声だ。
数度のブリーフィングで実際に耳にした、"特徴的なだみ声"だ。
しかし――
「……貴様は誰だ?」
自分が知っている司令官――海軍グラズミア級高速戦艦司令ウラウ海佐は、部下のプライベートを気遣うような人ではない。
それこそ、全てを軍に捧げた様な人で、その功績から褒美を与えられると言う時でも、最新の高速戦艦を求めたような男なのだ。それに、『軍人たるもの自身の事を統率管理できなくてどうする!』と、新兵を殴り飛ばす事で有名な根っからの軍人なのだ。
部下に『命を捧げろ』とは言っても、『身を案ずる』等と言う事はあり得ない。
――そう判断しての言葉だった。
そして、それはどうやら間違っていなかったらしい。
数秒の沈黙があった後、答えがあった。
「……君達が敵に回した存在だよ」
その声を聴いた瞬間――首筋から腕、そして指の先まで鳥肌が立った。
中性的な声に、大人とも子供とも言えないような声。敢えて言うなら、声変わりの途中のような声――その声で、淡々と言って来たのだ。
これは"恐怖"と言えばよいのだろうか、それとももっと別の……
余りの事に思わず後ろを見て、そこに誰かが居ないか確認していた。当然そこには誰も居なかったが、それを確認した後でようやく落ち着いて来た。
……通信相手は司令官ではない。どうやってかは分からないが、通信に介入している。その相手は、自らをこちらの『敵』だと言っている。
少し冷静になって考えてみると、段々と落ち着いて来た。
簡単な事だったのだ。
「貴様――いや、貴様達はこの回線を(どうやったか知らないが)乗っ取り、情報を引き出そうとしたのだろう。しかし、それはここで終わりだ。お前は、恐らくあの男と一緒にいたハッカーなのだろう。お前が今回の件を主導し、車の操作も行ったんだろうな。しかし――」
安心したからだろう、普段に増して饒舌になり色々と余計な事まで話していた。
「しかし、我らも今回は本気だ。必ず"実験体"を持ち帰り――痛ッツ!」
途中で、首元に痛みを感じて手を当てた。
すると、当てた手には薄く血が付いていた。
状況を確認しようとしていると、同じ様に『痛い』と言う声が部下達から聞こえて来た。そこで目を凝らしてみると、空中に小さな――指の関節二つ分くらいの――虫がいる事に気が付いた。
……いや、あれが虫なのかは分からない。
かすかに聞こえる羽音が、とても生き物のそれとは思えなかったのだ。何方かと言うと、何か機械的なリズムを持った……いや、まさかそれは無いだろうが……
何となく不安になり始めたが、それも一時的な事だった。
虫たちは、気が付いた時には上空へと飛び立っていた。
何となく、健康に異常が出るのでは無いかと心配はあったが、取り敢えず『敵』だと言った相手の素性を確認しようと思った。
「お前達は敵だと言うが、それが今回我々が所有物を取り返す為に……? くそがっ!」
……通信は既に終了していた。
その後、部下達や自分の健康に問題無いか確認していたが、一向に変化が無かった為問題が無いと判断した。恐らく、先程刺されたのはこの国に生息する虫の一種だったのだろう。
異常が無い事を確認した後、今度こそ司令官に指示を仰ごうとしたのだが――幾度も通信を試みた後にようやく連絡の取れた本国指令室と情報の共有をし、そこで始めて事態を把握したのだった。
司令官含む本隊は壊滅、未だに消息不明。
事実上、全ての作戦が失敗していた。
危うく部下に八つ当たりしそうになったが如何にか抑え、帰路につく事となった。
通信を終えた男は、部下たちから少し離れた場所で呟いていた。
「どうなってるんだよ……」
そもそもが変だったのだ。
あの時案内した男が資産家なのは分かっていた。
デスゲームに参加する程なので、ある程度の資産があるのは前提なのだ。しかし、つい数か月前に入手した情報では、数千億単位の費用をつぎ込んで拠点を造っていると言うでは無いか。
この時点で、男がちょっと処でない資産家なのが確定していた。
当然、早めに襲撃して実験体達を回収しようという話もあった。協力者がいるので、国内に於いて多少派手に立ち回っても問題ないとも言われた。
しかし、男達は"不可侵"と言われる武力派組織――我が国のでさえ事を構えるには、覚悟が必要な組織へとその身を隠していた。
それからしばらく経った後、主人が怒り狂っているのを目の当たりにした。どうやら、子飼いにしていた幾つかの組織が、何者かによって潰されたらしかった。
その後、幾度か同じ様に主人が感情をむき出しにしている場面に出会った。主人がその怒りを向けるのは、決まって買って来た奴隷相手だったが、毎回用意するのは少々骨が折れた。
そんな中だった。
あの男の建設していた拠点が完成し、それに伴う情報として協力者から『男の拠点は、政府との交渉によって、その一帯が治外法権となる予定だ』と連絡があった。
男に政府と交渉するだけの力がある事に驚いたが、ようやくチャンスが回って来た事で実験体を取り戻す事になった。
実験体――今は亡き"研究者"によって開発された新薬を、実験投薬された子供達の事だ。"狂人"と言われた研究者だったが、紛れもない天才だった。
その天才にして狂人の手によって、偶然生まれた新薬。
その新薬は、人体に一種の変化をもたらすと噂されていた。
下っ端に過ぎない俺は詳しい事は知らなかったが、実験体達が投薬の生き残りだった事は、後から教えられて知った。それ迄は、単なる奴隷であり商品としてしか見ていなかった。
男が実験体を持ち出したあの日、実験に関連した全てのデータが消滅してしまったらしい。
その為、新薬を次世代の兵器開発に役立つと踏んでいた上層部により、男の元に連れ去られた実験体達を取り戻す事が、最重要となっていたのだ。
過剰とも思える武力で攻めたのだが……結果はこの通りだ。
自分達強襲班に関しては、あの凄腕ハッカーが生き残っていたと考えれば、まだ理解は出来る。分からないのは、あの最新にして最強の一角であった高速戦艦が撃沈したという事実だ。
「俺達は、一体何を相手にしているんだろうか……」
再び嫌な汗が流れ始めた処で、部下達の内其々の班長が準備が整った事を報告して来た。応えながら目を向けると、そこにはどこから持って来られたのか、一隻の漁船があった。
古びてはいるが、どうやら動いたらしい。
エンジニアの兵士に『ご苦労』と言うと漁船に乗り込み、帰途へついた。
漁船自体はとても、大人四十名が乗る大きさでは無かった為、途中で通った港で船をもう一隻調達した。その際に一人の部下が言った。
「我々は、レヴィアタンでも相手にしているのでしょうか」
そう言った部下に男は言った。
「……或いはそうかも知れないな」
そこで言葉を切ると、何か思い浮かべるようにして言った。
「何であれ、実体があれば殺す事も出来るだろう」
そう言った男は、『流石ですロウ隊長!』と言って士気を上げている部下を見て思った。
化け物であれば、それを倒した俺は英雄となるだろう。
そうすれば、これ迄俺を見下して来た者共の事もきっと見返す事が出来る。
「あぁ、やってやるさ……」
――小さく呟いた男は、胸の内に小さな炎を燃やし始めていた。
今回は久し振りに登場した人物(名前は伏せます)視点で書きました。
変な部分があれば、ご指摘いただけると幸いです。




