174話 希望の光を灯して
子供達が乗っている車両は、今井さんがマムと作ったという12台の大型車だった。
どうやら、何度かこの車両で編隊を組み、移動を行うらしかった。
ホテルを出た車両は、その後も順調に移動していたが、ある地点まで来ると停止した。不思議に思った正巳は、どういう事か聞いたのだが――
「計画の中には、"先ず護衛部が先行しポイント毎に下車、その後給仕部が移動する"とありますので、周辺警戒の為の最初の部隊だと思います!」
――とマムが説明してくれた。
どうやら、先行する護衛部の子達は"移動経路"の途中で待機し、車両が通過する間、周囲の警戒を行うらしい。
正直、周囲の"警戒"と言う面ではマムが居れば十分なのだが、折角の子供達の晴れ舞台にケチを付ける事も無いだろう。いざと言う時に即座に対処できるようにして、基本的には見守っている事にした。
その後の移動は順調だった。
途中、何となくサナの様子が気になった正巳はその姿を探したのだが……どうやら、ボス吉を風呂に入れているみたいだった。
今井さんの元へと戻ると、映像は拠点の中へと移っていた。
見ると、其々十人ほどの班になって拠点の案内を受けている。
……案内しているのは、人間ではなかった。
「アレは?」
思わず聞いた正巳だったが、それに答えたのはマムだった。
「はい、マムです!」
一生懸命手を上げて『ここがアピールポイントだ!』と言わんばかりの様子だ。
「マムなのは分かるが、何であんなに沢山……」
「まぁ色々有るんだけど、今の機体になる迄に色々失敗があってね」
みな迄聞かなくても、何となく様子が想像できた。
恐らく、盛り上がって色々な機能を付けたマムを作ってしまったのだろう。
映像で確認できるだけでも、かなり個性的な機体が幾つも見て取れる。中でも、背中にリュックを背負っていたり、下半身がキャタピラになっていたりする機体は目を引いた。
色々と思い付きで作ったであろう事が見て取れたが、何にしても作った機体が今こうして役立っているのだから、一概に無駄とは言えないだろう。
その後、何故か構えている今井さんに『別に怒ったりしませんよ、必要な事だったんですよね』と言いながら、見ていた。
案内を受けていた子供達は目をキラキラとさせていたが、勝手に遊び始める者は居なかった。恐らく訓練の成果も大きいのだろうが、何となく元々の境遇が大きく影響している気がした。
一通り見て回った後は、給仕部の子供達は其々別れて清掃を始めた。つくづく働き者だと思うが、今働いている分は、後で自由時間を作って思う存分探検して貰えば良いだろう。
昼食は、其々が何かお弁当を持っている様だった。
一緒に移動する班単位で休憩時に昼食を摂っていた。
その後、ミューやテン、ハクエン、アキラを始めとした子供達が働いている様子を、今井とマムと見ていた正巳だったが、ふと思いついた事をマムに提案しておいた。
「――……と言う事で、編集は出来るか?」
「はい、勿論可能です。どのタイミングで公開しますか、パパ?」
そう聞かれた正巳は、マムに言った。
「今夜の夕食の時だな。……ほら、全員が集まれる様な場所もあっただろ?」
「分かりました! それでは、地上階の3階――"星見階"で夕食を取りましょう」
確か、地上階と言うのは六つの棟からなる建物だったと思うが、どうやらその三階は全員が集合できるような造りになっているらしい。
恐らく今井さんの命名だろうが、"星見階"とは中々洒落ている。
マムに頷きながら言った。
「よし、今日は星見の夜だな」
不自然に静かになった隣を見ると、ボス吉に顔を埋めた今井さんが居た。マムも真似してボス吉に顔を埋めているが、当のボス吉は少し鬱陶しそうだった。
当のボス吉と目が合った正巳だったが、直後『にゃぉ!』と鳴いて体を一回り大きくしたボス吉に対して、苦笑いしながら突っ込んでいた。
「いや、俺はやらないからな!」
その後、最後の護衛部の子供達が出発したと聞いた正巳達は、自分達も移動する為に準備をしていた。準備を終え、先に車両へと向かった今井を見送った正巳は、そこに残っていたボス吉の横っ腹に少しだけ顔を埋めた。
……とても柔らかかった。
ボス吉を堪能していた正巳は、部屋の隅で静かに煌めく"二つの瞳"に気が付く事は無かった。その後車両に向かった正巳は、何故かニコニコとしている一同に迎えられ、居心地の悪い中新しい拠点へと出発する事になった。
ホテルの職員達と子供達は、十分に別れを済ませた後らしく、中には目尻を赤くしている者も居たが、今生の別れと言う訳でもないので『偶には、遊びに来て下さい』と言っておいた。
見送りには、ガウス、デュー、バロムの三人も来ていたが、ただ頷くだけで特に会話はしなかった。しかし、ザイを合わせた四人と拳を軽く合わせて"挨拶"をしていたサナを見て、自分もそうすれば良かったと思った。
ドアが閉まり、走り出した車両から"最後にもう一度"と振り返った正巳は、ふと視線の合ったザイの口元が『頼んだ』と動いた気がした。
拳をつくり胸元に持って行った正巳は、それを見たザイの表情が緩んだ気がした。
再び見た時は、何時ものザイとなっていたが……
「……似てるじゃないか」
呟いた正巳だったが、サナが袖を引っ張って来たのでそちらに顔を向けた。
「どうした?」
サナは口元をモニュモニュとさせていたが、正巳が促すと言った。
「あのね、明日はサナと一緒なの?」
そう言ったサナを撫でると、マムに一度視線を向けてから言った。
「そうだなぁ、マムも一緒だと駄目か?」
すると、少し考えてからサナが言った。
「いいなの! でも、それだとマムの日はどうなの?」
思ったよりもすんなりと承諾したマムに、少し驚きながら言った。
「マムの日にはサナが付いて来れば良い。そうだな、明日はサナの行きたい場所に行って、明後日はマムの行きたい場所に行くのでどうだ?」
正巳の言葉に、サナとマムが揃って言った。
「そうするなの!」
「そうします!」
そんな二人と正巳の様子を見ていた今井は、楽しそうに呟いていた。
「僕は、それ迄にあの子を完成させないとね。……いや、正巳君は飛ぶのが好きみたいだったから、飛べるはずのあの子を作るかなぁ……それよりやっぱりエネルギーの事かな……」
今井さんは、自分の作った機器類を『子』と呼ぶ事が多い。ここで言っている『あの子』と言うのも、恐らく新しい機器や装置の事だろう。
視界の端で何やら呟いている今井を見ながら、心の中で『出来れば命の危険が無いモノでお願いします』と呟いていた。
――その後、少し経った処で見えて来た。
薄暗くなり始めた空の下、目の前の拠点は淡い光を放っていた。淡い光に包まれた拠点の入り口には、ずらりと並んだ子供達が待っていた。
マムに言って手前で降ろして貰った正巳達は、そのまま歩いて行くと、ねぎらいの言葉を掛けながら新しい家へと歩き始めた。
子供達は、皆が――年少者から年長者まで――その瞳に希望の光を灯している様に見えた。もしかすると、単に拠点の放つ光が反射しているだけだったのかも知れないが、その表情はしっかりと明日を見据えている様にみえた。
――新しい拠点での生活が始まった。




