171話 中央会議 [後編]
マムから、その能力と力の及ぶ範囲について聞いてた正巳は、改めて(マムはとんでもない存在になってしまったな)と思った。
『相手の電子制御された近代兵器を封じ、自身は近代兵器を駆使する。しかも、相手の使っていた兵器の制御を奪い、それさえも兵器として使用する』
……チートにもほどがある。
恐らく、マムは完成されたAIとしては最初の存在――人間で言うアダムみたいなものだったのだろう。これが、マムと同等の存在が居れば別だったのだろうが……今この世界はマムの成長を阻む者が存在しないのだ。
改めて仲間で良かったと思いながら、マムの頭を撫でた。
「パパ?」
「いや、マムも成長したなと思ってな……」
何の気なしにそんな会話をしていた正巳だったが、その様子を見ていた一同は、心の中で『成長処の話じゃないと思う!』と叫んでいた。
マムの頭を堪能していた正巳だったが、ふと隣のサナが静かな事に気が付いた。いつもならすかさず、自分も撫でろと要求して来るだろう。
不思議に思ってサナを見ると、小さく寝息を立てて寝てしまっていた。サナには毛布が掛けられていたが、恐らくユミル辺りが気を回してくれたのだろう。
少しの間サナの寝顔を見てから、本題に戻る事にした。
「そうだな、後は役割だが……」
ハク爺と目が合ったので、皆の前で確認をしておく事にした。
「ハク爺は、子供達が合流次第正式に一員になるという事で良いか?」
「うむ。そう頼みたいのぅ」
「分かった。それじゃあ、準備が出来次第迎えに行って貰おう。メンバーは……そうだな、テンとアキラにはハク爺と同行して貰う。帰ってきたタイミングで、ハク爺には教官の任について貰う。それで良いか?」
テンとアキラを含め、ハク爺に確認した。
すると、テンとアキラからは『ハッツ!』と返事が有って、ハク爺からも『よろしく頼む。向こうに残った子供達の中には、プロの傭兵をしている子も居るて、戦力にはなるはずじゃ』と答えがあった。
「――という事で、マムに"ブラック"を出して欲しいんだが……」
「パパのお願いなら! ……でも、マムへのご褒美は無いですか?」
そう言って、上目づかいで見て来る。
……いったいどこから仕入れた情報か分からないが、この攻撃は反則だと思う。
「ああ、そこら辺は大丈夫だ。マムには三日後丸一日あげるからな」
「ツッ~~! はい! 頑張ります! いっぱい連れて行きます!」
そう言ってテンションを上げているマムに、『一体何処に、何を連れて行くんだ?』と恐る恐る聞くと、『逆巻の友達を連れて来るのは無傷でですよね? その為に必要なだけマムとマスターの自信作を連れて行くのです!』と答えていた。
何となく今井さんに目を向けたが、説明したくてうずうずしている顔を見て、そっとしておいた。ここで下手に触れて説明が始まれば、どれだけ時間が掛かるか分からない。
「……それじゃあ、テン、アキラ、マム、頼むな」
「任せてくれよ、アニキ!」
「承知しました」
アキラは初任務とあって張り切っているようだったが、テンは落ち着いている様子だった。成長したテンの姿を見て、ふと思い出した。
「マム、ミンと子供達の様子はどうだ?」
自分達の国へと帰った子供達と、その手助けをする為に付いて行ったミンについて聞いた。すると、少し俯いたマムが説明してくれた。
「はい、それが……結局再び売られてしまったり、虐待を受けている子も多いようで、どうやらミンはそれらの子供を助け出そうとしている様です」
……半ば予想できた事だったが、親元に戻しても酷い目に会っている子供が居るらしい。何をするか決めた正巳は、再びテンへと視線を向けながら言った。
「マム、ミンの現在位置を出してくれ」
正巳に応えたマムが、パネルに地図と現地の映像を出した。上空からの映像と考えると、恐らく衛星を使って撮ったモノだろう。
「……テン、最初にハク爺の子供達を救出した後、ミン達を連れ戻してこい。必要であればあらゆる手段を使っても構わない」
正巳が言うと、一瞬表情を緩めそうになったテンが頭を下げて言った。
「ありがとうございます!」
「……成長した姿をミンに見せないとな」
小さく『はぃ……』と答えたテンを、まだ可愛い所があるなと思いながら、ハク爺に『それで良いか?』と聞いた。すると『手を貸そう』と言って、テンの肩に手を置いていた。
そんな様子を見ながら、マムに『"ブラック"に全員乗りそうか?』と聞いたら、『もし乗らなかった場合、他からチャーターしますので大丈夫ですよ』と答えがあった。
一応マムには『誰も乗って居ない、空いてる機体を使えよ?』と念を押しておいた。もし、乗客の乗ったままの機体を勝手に操作でもしたら、瞬時に世界中で流されるニュースになってしまうだろう。
ネット上であれば全て掌握できるかもしれないが、アナログで新聞になればどうしようもない。マムの『任せて下さい!』と云う言葉に若干不安を覚えたが、気のせいだと思う事にした。
テンとアキラは『実戦が出来るかもしれない』と盛り上がっていたが、その横ではハクエンが寂しそうな顔をしていた。恐らくは、先程テンとアキラを指名した事で、自分だけがハブられたように感じたのだろう。
その様子を見て、なんと声を掛けるか迷ったがそのままを言う事にした。
「ハクエンも、一人で三百人以上をまとめなければいけないんだ。頑張れよ!」
三人でまとめていた子供達を(二人が居ない間は)ハクエン一人でまとめ上げなければいけないのだ。一応、二人の代わりとして"代理リーダー"を立てる事も出来たが、止めておいた。
それと言うのも、ハクエンに足りないのは"リーダーシップ"であり、今回はそれを学ぶのには絶好の機会なのだ。今後、より前に立って率いて行くであろうハクエンには、今回の機会にリーダーシップを鍛えて貰う事にしていた。
正巳の言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした顔をしていたハクエンだったが、直ぐに息を呑んで『はい、お父さん!』と答えていた。
……確かに、即実戦である事と現場では指揮を通せる人材が必要な為、ハク爺と同行させるメンバーにはリーダーシップを取るのが得意な二人を選んだ面もある。
しかし、状況によっては自分がサポートに回る必要も出て来る"リアルな現場"で、サポートと気配りを学んでもらう為、同行メンバーとしてテンとアキラを選んでいた。
要は、其々に足りていない面を訓練する絶好の機会なのだ。
持ち直したハクエンと、興奮した様子のテンとアキラを横目に、まとめる事にした。
「それじゃあ、先ずは明日の引っ越し、次にハク爺達は子供達の保護、それで一週間後に政府との交渉だな。政府との交渉の際はハク爺が居ないが、外でのバックアップはマムとサナの二人に頼む事にする」
そこまで言うと、ハク爺が『すまんの』と言ったが、マムが『大丈夫です、本当ならサナも要らないです』と返していた。
サナが起きていたら一発触発の大惨事だったが、マムはそれも考慮して言ったのだろう。
「それは兎も角として、今回の話し合いで決まった事は共有しておいてくれ」
正巳がそう言うと、ミューが聞いて来た。
「どの様に伝えましょう?」
「そうだな……」
少し考えてから言った。
「理想の国をつくるから、皆も協力頼む――と伝えてくれ」
すると、ミューは『正巳様らしいですね』と言ってから頷いたが、テンも『"協力を頼む"ですからね』と何処か嬉しそうだった。
変な事を言ったかと思って今井さんの方を見ると、その隣に居た綾香と目が合った。綾香は、少し微笑みながらも『お兄様らしいので良いと思います』と言っていた。
どうやら悪い事ではないらしかった。
その後、何やら先輩が『そう言えば正巳が入社して来たときな、……』と話し始めたので、これ以上余計な事にならない内に締める事にした。
「以上で会議は終わりとする! 明日も朝早いんだからな、さっさと眠るんだぞ」
半ば散らす様にして解散させると、『おやすみなさい』と挨拶してパラパラと自分の部屋に戻って行った。
テンとアキラ、ハクエンはハク爺と共に出て行ったが、その際ハクエンに『おやすみなさい、お父さん』と言われて、何か込み上げてくるものがあった。
そんな様子を見ていたのか、それ以降に部屋を出る子供達が『お兄ちゃん』とか『お兄さん』とか、少し攻めた子なんかは『パパ』等と言って出て行った。
若干、『おやすみなさい、パパ』と言って出た給仕の子供に対して、マムが『パパの事を"パパ"って呼んで良いのはマムだけです!』と怒っていたが、それら含めてもとてもほっこりした。
綾香とユミルも自分の部屋に戻って行ったが、『お兄様、おやすみなさい』と言ってから、『やっぱり、お兄様に頼んで同じ部屋に寝かせて貰いましょう』と言い出したので、ユミルに『部屋に連れて帰ってくれ』と言った。
その後、始終立ったまま一言も発さなかったデウが、『私は先に部屋に戻っていますので』と言って戻って行った。予め、先輩から『先に戻っていてくれ』等と言われていたのだろう。
先輩に、『少し待っていて貰っても良いですか?』と言うと、サナを運ぼうとしているミューに声を掛けて言った。
「他の子は、今日は別の部屋か?」
元々、この部屋には数人のサナやミュー達と、境遇を同じにする子供が居た。しかし、この部屋内にはその子供達の気配が無かったのだ。
「はい、今日は大事な会議が有るので、別の部屋に泊まって貰ったんです。みんな『お泊り会みたい!』って楽しんでたみたいです」
どうやら、前もってミューが手を回してくれていたらしい。
小さく『私も、サナちゃんと一緒にお布団したかったので……』と呟いていたが、年相応な面もあるんだなと思いつつ、サナを抱き上げた。
「俺が運ぶから、扉を開けてくれるか」
すると、応えて扉を開いたミューだったが、サナをベッドに寝かせた処で服の裾を掴まれた。
「その、正巳様……お兄ちゃんも一緒に寝ませんか?」
「うっッツ!」
その仕草と言葉、全てに強打された。
一瞬呼吸を止めた正巳だったが、正巳の顔を見たミューが言った。
「そ、う、嘘でーすよ! 少し困らせたくなっただけなんです。さあ、待っている上原様の所に行って来てあげて下さい。お兄ちゃん」
「ああ、ありがとうな。……今日は、終ったら戻って寝る事にするよ」
そう言って部屋を出た。
何となくミューが頬を赤くしていた気がしたが、何はともあれ、年相応に可愛い所を見れてホッとした。そもそも、まだほんの5,6歳の子供なのだ。こうしてたまに甘えてくれれば少し安心する。
ミューに『戻る』と約束した為、早めに戻る事に決めて、今井さんと先輩に言った。
「それじゃあ、余り夜更かしは出来ませんが……話をつまみに一杯飲みましょうか」
どうやら、しっかりとミューの声が聞こえていたらしく、今井さんが『今日は程々にって事かな』と言うと、先輩が『すっかりお父さんって感じだもんな』と相槌を打っていた。
そんな二人に『まあ、随分と沢山の子供ですけどね』言いながら、マムが持って来た晩酌用のお酒を受け取った。先輩は相変わらずビールが好きな様だったが、今井さんは梅酒を手にしており、正巳は日本酒だった。
互いの器を軽く触れ合わせると、言った。
「大体の事を"観て"居ると思うので、先ずは俺から話しましょう。そうですね、俺は訓練の為に飛行機に乗って出発した訳ですが、最初に降りた訓練所の教官が酷い奴で……――」
その後、其々のしていた事を簡単に話し終えた正巳達は、本題に移っていた。
「それで、俺達は今後何を仕事として行い、利益を上げて行くかだが……」
「ああ、そうなんだ。先ず見て貰いたい資料があってね……」
「今井部長、これは凄い事ですよ。海のごみを資源として再活用するなんて……」
「なるほど、この場合は直接資源を採掘した方がよさそうですね……」
「その原料なら、直接仕入れできる取引先が……」
こうして、予想より大幅に話し込んでいた正巳達だったが、ようやく話がまとまった事でお開きとする事にした。
先輩は、『あいつまだ起きて無いよな……流石に寝ててほしいよな』と呟いていたが、どうやら相変わらずデウとは仲が良いらしかった。
上原先輩を見送った後、『風呂に入って来るよ』と言った今井さんに頷いて、寝室に音を立てずに入って行った。
ベッドの内、ミューの隣が広く空いていたのでそこに横になった。
流石にミューは寝てしまったみたいだったので、そのまま目を閉じて仮眠状態に入った正巳だったが、その後薄っすらと目を開いた少女に気が付く事は無かった。
――
風呂から上がった今井は、着替えて寝室に入った。
正巳が居る事が気になるどころか、懐かしささえ感じていた今井だったが、ふと目に入って来た光景に思わず頬が緩むのを感じていた。
少女は、男の服の袖をしっかりと掴んでいた。
その光景を見た今井は、一人呟いた。
「本当の親子みたいじゃないかい」




