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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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169話 同盟の申し出

 夕食の会場に着いた正巳は、普段と違う配置を見て驚いていた。


「これは……イスとテーブルが無くなると更に広く感じるな」


 元々1000名規模を収容できるホールではあったが、現在は長テーブルが数か所にまとまってある他、イスや丸テーブル等は無くなっていた。


「はい。このビュッフェ形式が、一番収容可能人数が取れますので」


 後ろを歩いていたユミルが説明してくれる。


「滅多にこの形式を取る事はありませんが、今回はどうやら人数が多いみたいですね……これは正巳様が手配をされたんですか?」


 見ると、既にそこに集まっていた子供達の他に、かなりの数の大人――ホテルの従業員も居た。大半の顔を見た事が無かった正巳だったが、その様子を見ると、どうやら子供達がお世話になっていた人達のようだった。


「……いや、これは俺じゃないな」


 楽し気な子供達の様子を見ながら、(そう言えば、今日が最後の夜だったな)と思った。本来であれば、俺が気を回すべき事であったが、一体誰が気を聞かせてくれたのだろうか……


 何となく先輩かマム、ミュー辺りの気がした。


 その後、正巳が到着した事に気が付いた子供達が、自然な動きで移動を始めた。正巳から見ると縦横無尽に移動している様にも見えたが、どうやら予め決められた位置に移動したらしかった。


 子供達の移動が終わると、そこには規則正しく整列した一団があった。

 少なくとも、縦横が綺麗に揃っているのが分かる。


「パパの出番ですよ」


 そう言って、マムが何処から持って来たのかマイクを手渡して来た。


 マムに礼を言うと、ミューが運んで来た台に乗った。


 ……少し高い所から見渡すと、綺麗に整列した集団の中には小さな子供達――サナの一つか二つ下だろう――が、一生懸命に前の人からズレない様にしているいる様子が見えた。


 その一生懸命な様子を見て可愛く思いながら、何となく厳しくし過ぎな気もした。ただ、今は忍耐と根気、努力が必要な事も理解している。もし統制の取れない集団となれば、一気に集団として破滅の道を辿るだろう。


 一団の"命の責任"を背負っている事を、改めて認識する。


「みんな、今日はこの"宿"で恩人と過ごす最後の夜だ。きっと沢山の思い出も出来た事だろう。その思い出に今日この時を加えて、明日への糧にしてくれ。それでは――」


 そこまで言ってから、視界の端にここ半年で度々お世話になった男――ザイの姿が目に入った。ザイとは数回、訓練中の任務を共にした。死線を共に抜けた事もあって、多少の事であればその視線と仕草で分かる。そして――


(……そうか、ザイが手を回したのか)


 ――ザイを見て理解した。


「それでは、この場を用意してくれた人達と素晴らしい出会いに感謝して」


 そう言って台から降りようとしたのだが、ミューに『宜しければ、食事の挨拶も……他に全体で音頭を取れる者が居ませんので』と言われた。


 仕方が無いので、簡単に済ませる事にして言った。


「楽しんでくれ!」


 そう言うと、子供達が『はい!』と答えたので、若干驚きながら『いや、ここは"頂きます"で良いんだがな』と呟きつつ台を下りた。


 その後、テンとミューが其々『自由にするように』と伝えた事によって、賑やかに夕食が始まった。その様子を見る度に思うが、良く鍛えられた伝達網だ。


 子供達は其々ホテル職員と話をしたり、各所テーブルに並べられ始めた食べ物を取りに行ったりしている。


 そんな中ふと見ると、サナが一つの列に並んで居るのが見えた。


 いつの間に移動したのか気が付かなかったが、恐らくサナの好物がそこにあるのだろう。俺の視線に気が付いた綾香が、サナの方へと歩いて行った。


 ……どうやら、綾香もすっかり馴染みつつあるみたいだ。


「パパは何が食べたいですか?」


 特別食べないでも大丈夫なのだが、こういった楽しい席での食事は、単に食べる以外にも色々な益がある。何となく、マムのおすすめを聞いてみたくなった。


「マムのお勧めは何だ?」

「はい! マムは、エネルギー効率から考えて……――」


 どうやら、マムのお勧めはエネルギー効率の良い食べ物らしい。


 マムらしいなと思いながら振り返ると、ユミルはハク爺と何か話し込んでいた。聞こえて来るのが『市街戦に於いてはどう対処する?』とか『中東で流行りの銃器は……』とか言った内容だが、楽しそうなので良いだろう。


「そうか、それじゃあマムのお勧めを食べようか」


 そう言うと、マムが『はい! 今取って来るので待っていて下さいね』と言って歩いて行った。少し前のマムであれば『直ぐに持ってきますね!』と言って、手段を選ばず用意していた処だが……どうやらマムも成長したらしい。


 そんなマムの後ろ姿を見守ってから、端の方で指示を出していた男の元へと向かった。


 ――


「気を遣わせたな」


 正巳がそう切り出すと、男は微かに口元を緩ませて言った。


「いえ、これは何方かと言うと我々の我が儘――半ば身内となっていましたので」


 そう言うと、頭を下げて続けた。


「勝手な判断で従業員を参加させ、申し訳ありませんでした」


 これは、一つのけじめなのだろう。


 要は、集団の責任者に許可なく行った事に対しての、謝罪なのだ。


 とは言っても、この男――ザイがどの様な考えでこれをしたのかは理解している。始まる前、始まってからの子供達の様子を見ると、どの子もとても嬉しそうに、楽しそうにしている。


 この男は、サプライズとしてこの場を用意したのだ。


 頭を下げるザイに対して口を開こうとした正巳だったが、そこに割って入る存在があった。それは、いつも通りの作業着では無く、スラッとした体に丁度良いサイズ感のスーツを着た今井さんだった。


「何を言ってるんだい? 君は、僕に予め了承を取りに来たじゃないか。全く、君が僕に何を着せようとしたか、覚えてないとは言わせないよ?」


 ……なるほど。


 どうやら、今井さんが来ている服はザイが用意させたものらしい。


 恐らく、今井さんが普段着ない様な服――女性らしい服を用意したザイに対して、今井さんが『そんなモノ着れるか』とでも言って、仕方なく従業員と同じスーツを着る事で落ち着いたのだろう。


 正巳に対して、『しつこかったんだからね』と言う今井さんに苦笑しながら、ザイに言った。


「そう言う事らしいな。それに、こちらが望んでいた事を叶えてくれたんだ。お礼こそすれ――って感じだな。まあ、俺としても今井さんのドレス姿は見たかったですけど」


 そう言うと、一瞬にして真っ赤になった今井さんが『僕はあっちにあるのを食べて来るヨ!』と言って、足早に歩いて行ってしまった。


「……感謝します。しかし、今回の費用はこちらで負担致します」


 その表情から、決して譲らない意思を感じて仕方なく『分かった』と頷いた。


 正巳が頷いたのを確認したザイは、ふとその視線を逸らすと、再び戻して言った


「正巳様、今井様の護衛は今後どの様に?」

「今井さんの護衛、か?」


 突然の質問に若干驚きながらも、この後の打合せで話そうと思っている事を伝えようと、口を開きかけて止めた。


「……そうだな、その前に"決して俺達に関する情報を他言しない"と誓ってくれ――自分の記章(バッジ)とこのホテルに懸けて」


 そう言うと、ザイは一瞬目を鋭くさせながらも次の瞬間、口元をほころばせた。そして、襟を裏返しその記章(バッジ)を見せると言った。


「この私の全てに懸けて――誓う」


 これで、最悪の場合でも安心できる。


「悪いな」

「いいえ、これで更に安心できます」


 ザイの言い方に、少しばかり興味を持ったが、先に話してしまう事にした。


「今井さんの護衛は、ユミルに任せるつもりだ」

「……なるほど、それなら安心ですね」


 ザイはそう答えてから、『なるほど、正巳様はそもそも護衛が要らない程で、且つサナ様やあの"管理者"が付きますか……少々過剰な程ですね』と言っていた。


 護衛について安心したらしいザイだったが、再び表情を真剣なモノに戻すと言った。


「正巳様、近い内に政府と交渉の場を設けられると思います」


 一瞬動揺しそうになったが、これ迄修羅場をくぐってきた成果か、反応しないで済んだ。心が読める様な者でない限り、正巳の表情から何かを読み取る事は難しいだろう。


 そのまま無言を貫こうかとも思ったが、ザイの誓いを思い出して口を開いた。


「……避けては通れないな」

「ええ、そうです。その際に提示する交渉条件ですが――」


 そこで言葉を切ったザイは、一瞬視線を上げて思い出す様にしてから言った。自分が、過去経験した事を思い出しでもしていたのだろう。


「強い手札は不可欠です。私の場合、その切り札は"人類の罪"たる兵器でした……既に知っていると思いますが、"核"です」


 ……珍しく面にはっきりと表れたその表情からは、苦悩と強い意志が読み取れた。


「ああ、確か匿った研究者と言うヤツか」


 大分前に聞いた情報を思い出しながら返す。

 そんな正巳に一つ頷いたザイは、一息吸うと言った。


「正巳様の事です。既に、交渉に十分な手札を揃えていると思います」

「まあ、そう考えているが……」


 正直、微妙な処だ。


 それこそ、今回の肝は政権の進退に左右する様なスキャンダルと、大臣を政治的に"殺す"情報が最も重要な切り札となる。


 それ以外にも、マムによるインフラの掌握など、ある意味この国の人間を"人質"に取る様な事も出来る。が、しかし、もしこの国が世界各国に助けを求めた場合、こちらに勝ち目はない。


 何故なら、マムも全能では無いからだ。


 もし、通信を使用しない原始的な方法で襲撃された場合(例えば、自爆テロ的に小型の核爆弾を持っての襲撃)は、こちらに防ぐにも限界が出て来るのだ。


 改めて交渉の成否の重要さを感じて、眉間にしわが寄り始めるのを感じていた。


 そんな正巳の様子を見ていたザイが言った。


「その交渉の際、このホテルの名も交渉の手札に加えて下さい」

「……どういう事だ?」


 ザイの言っている事が理解できなかった。


「交渉の際、『同盟組織として挙げて頂いて構わない』という事です」

「……そちらのメリット――いや、有難く申し出を受けよう」


 一瞬、ホテルにとって何のメリットが有るのか、何を見返りとして求めるのかを聞きそうになった。しかし、例えどんな見返りを求められても、こちらの受ける恩恵と比べるべくもないと判断した。


「それでは――」


 ザイが記章を表にするのを見て、正巳も自分の記章を前にした。


「同盟として、その死を共にする事を――「誓う」」


 その瞬間、いつの間にか静まり返っていた会場に拍手が鳴り響いた。


 ……いつの間にやら、マムがその様子を公開していたらしい。中心に現れている立体映像を見ながら苦笑した正巳は、念を押す為に言った。


「この誓約は、命を懸けて誓ったものだ。もし、破る様な者が居れば、その死を以って償う事となる――心する様に!」


 正巳が言うと、その場に『この命に代えても!』と言う声が響いた。


 主に答えているのは、集団でも比較的高い年齢層の子供達とホテルの従業員だった。しかし、その様子を見た小さな子達も、『いのちにかえて』と真似していた。


 その後、再び皆が食事や会話に戻ったところで、マムが来た。


「パパ、マムも頑張りますね!」


 その手には、二皿のグラタンを持っていた。


 マムに『いつも、十分に頑張ってくれてるさ』と言いながら、皿を受け取ろうとした。しかし、その間にサナが入って来た。


「お兄ちゃ! これ、ハンバーガー!」


 そう言って、サナが大きな器に山盛りになったハンバーガーを差し出した。


 そんなサナに『口に付いてるぞ?』と言って、口元についていたソースをふき取ってやった。すると、『あ、あのね、確かにいろんな種類があったから、ちょっと食べちゃってたけどね、一番おいしいハンバーガーを持って来るためだったの!』と言いだした。


 そんなサナに答えようとしたが、割り込まれたマムが再び前に入った。


「パパは、マムと食べるの」

「違うなの! お兄ちゃはサナとハンバーガーするなの!」


 両手に料理を抱えたまま、争い始めた二人に対して『それじゃあ、みんなで食べるか』と言って、給仕の人に小さなテーブルを用意して貰った。


 その後、三人で食べ始めた正巳だったが、ミューと一緒にデザートを持って来た綾香や、肉の塊を持ったハクエンとアキラ、デウとテンを伴って来た先輩が集まった為、賑やかな食卓となった。


 合間に、小さな子が度々来て握手を求めて来たが、口にしているのが『りゅうごろしのお兄ちゃん』とか『赤鬼のお兄ちゃん』とか言っていた。


 そのキラキラした目の前では、安易に否定する事など出来なかった為、ある程度希望通りに対応する事になった。


 驚いた事に、ボス吉もしっかり特別な器――大人二人前は優に入るだろう大きさだった――を前にして、尻尾を揺らして食べていた。


 しばらくそこで食べていた正巳だったが、近くに来たミューに『リルは、交互に来る子供達と食事を楽しんでいます』と聞いて、案内して貰う事にした。


 今井さんを始めとしたメンバーには、食後に部屋に来て貰う様に確認しておいた。


 ――


 その後リルの元を訪れた正巳は、一つの部屋の中、大きなモニターを前にして賑やかに食事を楽しんでいるリル達の元を訪れた。


 リルは、正巳の顔を見た瞬間嬉しそうにして、自分のお勧めの料理を持って来てくれた。リルと共に十分に時間を過ごした正巳は、『また明日な』と言うと、自分の部屋へと向かった。


 最後まで付いて来ていたマムとサナは、満足そうにしていた。


 ……サナはお腹を擦りながら。

 ……マムは笑みを(たた)えながら。


 今日の風景は、子供達にとって最良の思い出の一つとして記憶に残る事だろう。


 今後は困難な事もあるだろうが、常に最後は笑顔で終えられる。

 ――その様に努力しようと思ったのだった。


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