165話 非常事態
ミューとリルの二人は始終『すごいね!』しか言っていなかったが、その驚きは本物だったみたいだ。二人の様子を見ながら、サナやハクエンが来たらどんな反応をするのか楽しみになった。
「パパ、次はマムが紹介しますね!」
「ん? ああ、頼むな。因みに次はどんなフロアなんだ?」
グイっと近づいて来たマムを落ち着かせながら、これから向かうフロアについて聞いた。すると、満面の笑みを浮かべた今井さんが何やら言おうとしていたが、すぐ横に居た先輩に止められていた。
……今井さんの気持ちも分からないでもないが、流石に今回も出番を奪ってはマムが可哀想だろう。今井さんには、『後で色々話聞きますから』と言ってから、マムに続けるように促した。
「はい、あのマスターが説明したければ……」
マムがそう言って今井さんを見るが、流石に先輩に注意されたのが効いたのだろう、『いや、僕は後で話すからここはマムに紹介して貰おうか』と言っていた。
「さあ、そう言う事だ……ここは地下五階か?」
エレベーターが止まったタイミングでパネルを見ると、[五]と表示されていた。
「はい、パパ! ここは五階"工作室"です!」
「……工作室?」
「ああ、いや確かに僕がそう命名したんだが……まあ、研究フロアみたいな感じだ。基本的に僕が使う事が多くなると思う。後は、よく使う資材なんかはこのフロアに保管しているかな」
途中で今井さんに説明が移ったが、マムにそれ程気にした様子はなかった。どうやら、マムは最初の紹介が出来れば満足な様だった。
「このフロアは、基本的に"設計エリア"と"組み立てエリア"、そして"試運転エリア"に分かれてるんだ。他にも幾つかの"専用部屋"が有るんだけどね、それは必要になったら紹介するよ。それより……ほら、この部屋では設計をするんだけど、いま表示されてるのは"溶接機WD-typeA"だね。あれは、溶接に特化した機械でね……――」
詳しい説明を始めた今井さんに相槌を打ちながら、先を歩くマムについて行った。
「――って事で、近いうちに指示を出す事で設計通りに、遠隔で施工出来るようになるんだ。これ迄はある程度の制限が有ったんだけど、今研究中だからより便利になるよ!」
「それは……凄いですね」
どうやら、建設業者が真っ青になる様な技術が完成されつつあるらしい。
「パパ、あの、こちらへ来てください!」
「ああ、分かった。……ほらリルもミューもおいで?」
マムに呼ばれたので、近くに歩いて行ったのだが、何故かリルとミューの二人は途中で立ち止まっていた。そんな二人に声を掛けたのだが……
「えっ、いえ……私はここで待機していますので」
「そうだね~ぼくもそうするよ、うん。怒られたくないし~」
そう言って、丁度3メートル程の場所で立ち止まっている。
「……怒られるって?」
リルにそう聞いたのだが、マムが反応した。
「その、子供達には『機械類には許可が無い限り触らない様に』と決まりを作っていたんです。そうでないと、指や腕が簡単に飛んでしまいますので……」
そう言ったマムを見て、何となく嫌な予感がして聞いた。
「……過去にそう言った事故があったのか?」
すると、マムが頭を振ってから言った。
「いえ、ただ……マムが危険だという事を知らせる為に"実演"したんです」
「……実演か」
「はい。色々危険だと口で言うよりも分かり易いかと思いまして」
確かに、マムの言う通りだ。
百回耳で聞くよりも、一回目で見た方が良く分かる。
恐らく、マムは子供達を集めた処で実演――指を飛ばすか腕を飛ばすか、をして見せたのだろう。それを見た子供達がどれほど衝撃を受けたのかは、想像に難しくない。
「……無茶したな」
「いえ、選択肢の中で"最善"を選んだだけです」
そう言って、はにかんだマムの頭を撫でながら聞いた。
「それで、これが3Dプリンターか?」
目の前にある四角い箱に入った機械を見る。
「いえ、これは組み立て用の機器でして……数世代前のモノですが、今回は丁度良かったのでこれを使う事にしたんです」
「丁度良かった?」
「はい、これを直そうと思ってるんですが、あんまり小さいと逆に見えなくて面白くないと思うので……」
そう言うと、マムが手の平に俺が壊して帰って来た偵察用機器――ヤモ吉を出した。
「ヤモ吉じゃないか! ……元に戻るのか?」
「いえ、"元に"は戻りませんが、再設計して更に進化したのでそちらをここで組み立てます」
マムがそう言うと、ヤモ吉を手の平に再び仕舞った。そして、こちらを向いて『近くで見てあげて下さい』と言ったので、四角い箱に近づいた。
箱に近づくと、一台のアームロボットが近づいて来て、箱の中に台をセットして行った。よく見ると、台の上に細かい部品が沢山有るのが分かるが、それがどの様な部品なのかは分からなかった。
「それでは、組み立て開始します!」
マムが言うと同時に、箱の中に幾つもの小さな機械のアームが現れた。そして、中心が動き出したかと思ったら、微細な閃光が瞬き始めた。
「これは?」
「あれはね、極細サイズの出力と結合、組み立てから溶接まで全てが行われてるんだ。言うなればこの箱は一つの"工場"と言った処かな」
説明してくれた今井さんには悪いが、何やら凄いんだなという事しか分からなかった。しかし、途中でリルとミューが箱の中に釘付けになっていたので、その様子を見ていた。
……ユミルも一緒になって並んで見ていたのは、ご愛敬だろう。
その後少しすると、箱が開いた。
「はい、パパ。これが新しい"ヤモ吉"です!」
そう言って渡されたヤモ吉を受け取ると、その出来栄えに驚いた。
イモリ独特の質感があり、サイズ感は全く違和感のないモノだった。
余りに驚いていると、マムが『こんな事も可能です』と言った。
「おおっ!」
見ると、手のひらの上でヤモリ基ヤモ吉が動いている。
「こんな風に、完全にリアルに動く事も出来ます」
「これは……完璧だな……素晴らしい……」
尻尾が時折動くのを眺めながら、愛でていたのだが……ふと視線を感じた方を見ると、先輩が若干引いていた。更には、リルとミューも若干残念なモノを見るような目をしている。
そんな視線を誤魔化す様にして、口を開いた。
「さ、さあ、素晴らしい技術を見る事が出来たな。次に行こうか!」
しかし――
「いえ、パパ……すみません。非常事態です」
「状況は?」
訓練のおかげだろう、反射的に聞いていた。
「ホテルにて事象発生、現在警護員が対処しています。逆巻がバックアップ、有事に備えてホテル側にも"最高クラス"の戦力提供依頼を発注済みです」
……どうやら、本当に不味い事態らしい。
「分かった。戻るまで如何にか耐えてくれ」
「承知しました」
答えたマムに頷くと、急いで元来た道を戻り始めた。
リルとミューはユミルが抱えて、先にエレベーターの元迄戻っていた。
今井さんの方を見ると、今井さんが『いざと言う時の為に、ここの戦力をバックアップとして起動しておく!』と言っていた。そんな今井さんに頷くと、先輩と並んでエレベーターに乗り込んだ。
隣に居たマムが何やら呟いていた気がしたが、ホテルの皆が心配な正巳はそれ処では無かった。
その後、地上へと戻った正巳達は再び車両に乗り込んだ。
途中まで姿が見えなくなっていたボス吉だったが、いつの間にか車両内に居た。
「マム、飛ばしてくれ!」
「はい、パパ! 飛ばしますので、シートベルトを締めて下さい!」
走り始めた車両内でどうにかベルトを締め終えた正巳は、ユミルには先輩、ミューにはリルを守るようにと言って於いた。
どの様な非常事態なのかは分からないが、マムがホテルに"依頼"する位なのだ。並大抵の事態では無いだろう。
途中、マムが『緊急時低空加速を行いますので、しっかり掴まっていて下さい!』と言った。何の事かよく分からなかったが、何となく嫌な予感がしたのでボス吉をしっかりと抱えた。
ユミルがリルを支えているのを横目にした所で、何か燃焼する音と共に強烈な加速によるGを感じた。ふと、近くの窓から外を見ると車体の下部が変形しており、小さな"翼"の形を取っていた。
「これは……飛ぶのかっ!」
直後感じたのは、離陸時のそれと同じ浮遊感だった。
「にゃぁぁぁーー!」
「飛んでるよっこれ飛んでるよー!」
「お兄さん、これなんですか~」
「正巳、如何にかしてくれっ!」
車内に悲鳴が響いている中、地上から数メートル浮かび上がった車体は、青い炎を上げて疾走していた。そのスピードは車のそれでは無かったのも相まって、上空を追い越された車の運転手達の中には、巨大な火の玉が直ぐ上を通過したように錯覚した者も多かった。
その後、10分もしない内に帰還した正巳だったが、ホテルに近づくに連れ感じ始めていた"気配"に違和感を覚えていた。
「マム、対象は外部からの侵入者じゃないな?」
半ば確信を持って聞いた質問だったが……
「あの、はいパパの言う通りです」
マムの答えを聞いた正巳は、安堵と同時にため息を漏らしていた。
「理由は当事者に聞くが、話しておく事は有るか?」
「話しておく事……そうですね」
既に駐車場内に着いているが、外からの襲撃では無いという事が分かったので、マムの話を最後まで聞いてしまう事にした。
「今回の事は予め予期出来た事なのに、マムはパパに報告をしませんでした」
「理由は?」
「パパには、マムの事を見て欲しかったのです」
「……」
マムが言っているのは、先程拠点でも言っていた『一番はマム作戦』とやらと関係しているのだろう。半年間、通信機を使ってマムとはやり取りをして来た。しかし、それ以上にサナや他の人達とのかかわりの方が濃かった。恐らくは、それらの情報を正確に測ったマムは"嫉妬"していたのだろう。
人工知能であるマムだが、既に"感情"と言って間違いないモノを持っている事は分かっている。が、それこそ感情が芽生えてから一年も経過していないマムは、まだまだ感情の成長期なのだろう。
「そうだな、分かった。今後は出来る限りマムも付いてくる事を認めよう」
正巳がそう言うと、マムは両手を上げた。
「ぱ、パパ、約束ですね!」
「ああ、約束だ。っと……そろそろ行かないと不味そうだな」
膨らみ始めた気配を感じて車両を出た正巳だったが、途中でふと振り返ると、満面の笑みを浮かべたマムとその後ろでユミルに抱えられたまま、気絶しているリルの姿が見えた。
その様子を見ながら(やっちまったな)と思いつつ、それ迄抑えていた気配を解放した。
これでホテルに居るメンバーにも、俺が戻った事が伝わった筈だ。
そして何より、一番気配が大きくなりつつある者にも。
「何でサナがキレてるんだ……あれか? 置いて行ったのが悪かったのか? ……そうだな、せめて一言言ってから出るべきだったな」
一人呟いた正巳だったが、すぐ後ろを付いて来ていた中型犬ほどになったボス吉が"仕方ない事です"と言った風に、一鳴きした。
そんなボス吉に『そうだよな……』と返しつつ、気配が集まっている中央ロビーへと飛び込んで行くと、そこには白髪の少女を囲むようにして陣取った四人の子供達と、その後ろで険しい表情を浮かべている老人の姿があった。




