表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

153/383

153話 鍛錬室の温度

 中に入ると、そこは幾つかのエリアに区切られた訓練所だった。

 手前には、アクリルの壁に囲われた部屋が幾つもある。


 その一つ一つは、8~10メートル四方で出来ており、部屋の周囲を一周出来るようになっている。壁がアクリル質なので、中の様子を確認できる。


 ……天井もアクリルで覆われている。


 恐らく中で模擬戦闘を行い、それを周囲で見学できる造りになっているのだろう。

 実戦で学び、休憩中も見て学ぶわけだ。


 部屋自体は横に二部屋並び、一定間隔を置いて奥まで続いているのが分かる。……まあ、このホテルの従業員数と"実働員"の数を考えると、この位の設備が必要なのだろう。


「お兄ちゃこれ!」

「ああ、そうだな」


 サナが指差したのは、両壁に並べられた武器類だった。


 刀、薙刀、槍、鎖鎌、グローブ……色々あるが、刀でも長刀から短刀、特殊な反りのある物まで様々ある。槍や鎖鎌も同様だ。


 それらは全て、シリコン材質で出来ている様に見える。

 一つ一つを見ながら、試しに手前の刀を手に取ってみる。


 長さは伸ばした片腕の1.5倍ほど、片刃で刃と握りの間に(つば)がある。

 ――日本刀だろう。


 軽い訳では無いが、重い訳でもない。

 手触りに関しても、見た目から想像するよりもリアル(・・・)だ。 


 壁に並ぶ様々な種類の武器類。


 その全てが非殺傷加工が施されているが、重量から質感までが全てリアルなつくりだった。

 ……俺とサナは同じ光景(もの)を見たことが有る。


 ――

 似たような光景を見たのは、最初に訓練を受けた施設だ。

 そこでは様々な武器類の扱い方と、基本的な対処方法を学んだ。


 現代に於いて、目の前にある様な近接武器類で対応する事は少ないらしいが、基本的な対処法を学んでおくことは、その他の様々な事態で役に立つという。


 基礎訓練所では、基礎として様々な事を学んだ。

 基本的には詰め込み方式で、一気に学んだ。

 実習とセットだったので、思い出して復習する事も出来た。


 一部『戦争の歴史』や『権力史』等の講習も有ったが、基本的に聞けば分かるような事は省いて貰った。と言うのも、俺自身は構わなかったのだが……サナが始まって10分も経たぬうちに寝てしまうのだ。


 そして講師に注意をされた際、サナが『役に立たないなの』と言った為、ちょっとした問題にもなった。しかしそれ自体は、講師の立てた代理とサナが手合わせをして、解決された。


 ――どうやら、サナは"体で覚えるタイプ"らしかった。


 講師は、自腹でプロ(・・)の傭兵に依頼したみたいだったが、短剣を持ったサナに一瞬で意識を刈り取られていた。


 ――この時始めて"縮地"を使っていた。


 一瞬で消えたサナには驚いたが、後で聞いた処『おじちゃんが教えてくれたなの!』と言っていた。


 サナが言う"おじちゃん"は、ある国の元特殊部隊出身の凄腕なのだが、そのおじちゃんはサナの身体能力に惚れ込んだらしく色々と無茶苦茶な事を教えていた。


 後々問い詰めたら、『いやぁ、冗談で"忍術"を教えてみたんだがなぁ、まさか本当に使えるようになるとはなぁ』と言って『ガハハハッ!』と笑っていた。


 少し懐かしい事を思い出しながら、聞いた。 


「実践訓練も出来るのか」 


 俺の言葉に反応して、ミューが答えた。


「こちらは"鍛錬室"となります。主に警護員が使っています」


 "警護員"というのは、"給仕員"の対語なのだろう。

 となると、ハク爺とその子供達も……?


「ハク爺と子供達も使って……居るな」


 言いながら気配を探ってみると、そこには無数の気配があり、中には特徴的な気配がある事にも気が付いた。特徴的――時々気配が揺らぎ、一瞬別の場所に移動したかのように感じる気配だ。


 ハク爺が居る事は分かった。


 ……何をしているのか気になる。


 しかし、それよりも気になるのは、目の前で起きている出来事だ。


 目の前の部屋には、二人の子供と一人の大人が入っていた。


 子供達が手に持っているのは短刀で、大人の方は素手だ。中で行っているのは"実践訓練"だろう。 


 中に居る三人は、何度か打ち合ったのか額に汗を浮かべている。


 二人の子供は、一人の周りをゆっくりと円を描くように回っている。


 最初に動いたのは、何方かというと"好戦的"に見える少年だった。

 大人の男性の左後ろから、太ももを狙っている。


 それを見て、男性の右斜め前にいた少年も動いた。

 少年の髪は灰色がかっており、その瞳もそれに習うかのように薄い光を宿していた。


 太ももを狙った少年に対して、男性は体の位置を動かす事で対処した。

 ――左足を一歩出し、その動きで体を捻る。


 攻撃をスカした少年は、横から迫り来る回し蹴りに対応しようとする。

 ――体を更に低くして左手を地面に付き、右ひざを屈めて足に力を溜める。


 それに対して男性は、回した足に手を添える事で、そのまま振り下ろした。

 振り下ろされた足は、真下にあった少年の背中を捉える。


 ――が、男性は少し片方に気を取られ過ぎた。

 

 それ迄の間、段階的に気配を薄くしていた少年が動いていたのだ。

 ――今や、背中は少年に対してがら空きだ。


 しかし、少年は一瞬こちら(・・・)を見ると、跳躍した。


 軽く跳んだ少年は、そのまま男性の肩に着地し、その首元に短刀の刃を当てた。


 その直後、部屋の入口に付けられていた青いランプが赤く灯った。


 そして、入り口の透明のドアが開いた――


 正巳は歩いて行くと、入り口に取り付けられたパネルを見た。

 そのパネルには『300/s』、『5/Lv』、『20/℃』、『50/%』という表示があった。


 どうやら、このパネルで制限時間やその他の設定を弄るらしい。

 あらゆる環境下で"戦闘訓練"を出来るようにしているのだろう。


 今日中にこの部屋を使える可能性は低いが、今度頼んでみよう。


 ……負荷を掛けての訓練と言うのは少しだけワクワクする。もっとも、一番ワクワクするだろうは、"訓練中毒者"とも言えるハク爺だろうが……


 それに、もしかしたらマムと今井さんに相談すれば、案外簡単に作ってくれるかも知れない。後でそれとなくお願いしてみよう。


 部屋から出て来た二人の少年と、一人の男性に声を掛けた。


「二人とも強くなったな」


 そう話しかけると、其々嬉しそうにして言った。


「アニキが帰って来るって言ってたからな!」

「お父さんは何時着いたんですか?」


 二人を見ながら言った。


「ついさっきだよ」


 そう答えると、二人で『最初に見て貰えた!』と喜んでいた。

 そんな二人の様子を、苦笑気味に見つめていた男に声を掛けた。


「久し振りだな佐藤、三カ月ぶりくらいか?」


 そう話しかけると、男はまたまた苦笑して答えた。


「いえ、4カ月と13日ですね……正巳様はお変わりなく"順調"なようで安心しました」


 佐藤は途中で、俺の胸元に付いた記章を見ると、なにやら感慨深いと言った表情を浮かべていた。そして、そのままサナの事を見ると、頭に手を当てて数秒黙り込んだ後『そうなりましたか……』と呟いていた。


 元々この佐藤という男は、戦闘職ではない。

 何方かというと、戦略を立てるのが上手い。


 だからこそ、今回アキラとハクエンと訓練をしていたのだろうし、ハクエンに一本取られる結果となったのだろう。


 それにしても、アキラもハクエンも二人とも、見違えるほどに動きが良くなった。

 ハクエンなど、自分の気配を未熟ながらも操作出来るようになっている。


 何となく、気配の消し方がハク爺に似ているのは、クセが移ったのかも知れないが……今度、綺麗に気配を消すコツを教えておこう。


 ――と、それ迄静かにしていたサナが、二人にちょっかいを掛けていた。


「ケツのあおいガキなの!」


 サナが二人を馬鹿にするようにして言う。

 すると、声を掛けられたアキラとハクエンは――


「生意気だな!」

「お父さんと一緒にいたからって!」


 まんまと乗せられていた。


 ……これは、サナが教官の一人に陰口を叩かれた時に言われた言葉を、そのまま言っただけだったのだが。そんな事、アキラもハクエンも知る訳が無い。


 まんまと誘いに乗せられていた。


 ……因みにだが、サナを挑発した教官は、ぷんぷんと怒ったサナのパンチによって、全治4カ月の怪我を負う事になった。まあ、その後その教官とは仲良くなったらしかったので、良いのだが……


 どうやら、サナは"教官"から悪知恵も教えられていた様だ。


 やる気満々のアキラとハクエンに対して、サナは『掛かって来るなの!』と更に挑発している。そんな様子を見ながら、(このまま押さえつけるより、拳で語った方が良い事もあるか)と考えて、訓練室に入って行く三人を佐藤に任せた。


 当然だが、三人にはきつく『致命傷は避ける事』と言っておいた。問題は無いと思うが、怖いのは、サナがプロとの感覚でそのまま相手をしてしまう事だ。


 その為にも、佐藤には見張りを頼み、マムにも『いざと言う時の"治療薬"は有るか?』と確認もしておいた。マムは『治療薬はレベル5まで揃っています』と言っていたので、最悪の事態でも大丈夫だろう。


 結果はある程度予測が付くのと、俺が見ている事で変に力が入っても困るので、先に進む事にした。壁に戻すタイミングが無かったので、そのまま日本刀の形をした"訓練武器"を持って来てしまった。


 隣を歩いているのは、ミューとユミルだ。

 一応サポート要員として、ホテルの従業員も後ろで控えている。


 ミューはサナの事が気になる様だったが、『見ていても良いぞ?』と言うと、『いえ、お兄さんを案内するのが仕事ですから!』と言われてしまった。


 ユミルは『サナ様も気になりますが、私は正巳様の執事ですので』と言っていた。

 ……いつの間にか、俺の執事になっていたらしい。


 まあ、以前ユミルに『執事として~』という話をしたのを、覚えていたのだろう。


 何となく、ミューがユミルに向ける視線に警戒する色が混ざった気がするが、執事と給仕は別だろう。……うん、取り敢えずミューには『給仕とは別だからな?』と言っておいた。


 今度、きっちりと給仕の仕事範囲を、決めておいた方が良いかも知れない。

 給仕の子達には、俺達全体の給仕サポートをして貰えれば良いと思う。


 そう、『俺の給仕』では無く『全体の給仕』をして欲しいのだ。

 そんな事を考えながら、透明な"鍛錬室"を幾つも通り過ぎて行った。


 鍛錬室の中には、其々組み手をする子供から基礎的な型の確認をする子供、柔軟運動をする大人まで色々と居た。


 そして、ミューの姿を見つけると、皆が一様に手を振っていた。

 一部の子供達は、俺の方を見て訓練内容を変える子供も居た。


 ……柔軟運動をしていたのに、急に"武の型"の動きを取り出した子供を見て、可愛いなと思いながら微笑ましかった。


 七割以上が男の子だったが、想像以上に女の子が居て驚いた。


 どうやら、女の子が早熟と言うのはある程度本当らしい。

 さらっと見ていく中で"武の型"の完成度が高かったのは、女の子だった。


 筋トレをしている子供がほとんどいなかった事から、子供は"武の型"と"柔軟性"、"肺活量"等の基礎的な部分を鍛えている事に気がついた。


 恐らく、成長期に筋肉を付けすぎるのを、避けているのだろう。


 筋肉を付けすぎると、背が伸びなくなる。

 一定年齢までは、基礎的な部分を鍛えるのが良いのだ。


 ……それにしても、少し数が少ない気がする。


 ここ迄で見て来たのは多くても百数十人だ。

 明らかに、三百余名には届かない。


 この鍛錬室の終わりも見えて来た。

 目の前にある、部屋が最後だ。


 ……アクリルの壁の周囲に、沢山の子供達が集まっている。


 近づいて行くと、皆の邪魔をしない様に気配を抑えて後ろから伺った。


 中には白髪の男と小麦色の肌の男が対峙しており、その隣には半年前残る事を決めた少年――いや、青年テンが居た。


 数日前に先に戻っていたデウだったが、ハク爺とテンと訓練をしていたらしい。


 半年間デウも色々と頑張ったのだ。


 特に、日本語を身に付けるのに苦労していた。


 正巳は夜寝る必要が無いため、野宿の際などに体を横にして、見張り交代の時間まで精神統一している事が有った。その際マムに日本語を教わりながら、すすり泣くデウの声が聞こえたものだった。


 少し感傷に浸っていると、動きがあった。


 いや、その"気配"がした。


 僅かに、デウがその重心を後ろに動かしたのだ。

 それに合わせる様に、テンが持っていた獲物――棒の先端を動かした。


 テンが持っているのは、両手を広げたのと同じほどの長さを持つ棒だ。

 恐らく、棒の長さは160cm~170cmの間だろう。


 テンとは対照的に、デウは棍棒に似た武器を持っている。

 その先端がしなりとしている事から、"ブラックジャック"と呼ばれている武器だろう。


 ブラックジャックは、棍棒と同じく殴打武器だ。

 その特徴は、柔軟性を持ち外傷が残らず衝撃が体内に蓄積する事だ。


 そして、この『鎮圧武器』とも言われる武器は、ストッキングや靴下に砂や砂利を入れれば自作できる事から『喧嘩武器』、『市民武器』とも呼ばれる。


 この武器を二人が用意したのは、恐らく"勝つ為"だろう。


 デウは元々スラム生まれで、幼いころからブラックジャックに馴染みが有ったと聞いている。恐らくは、テンも棒にその適性が有ったのだろう。


 意外だったのはハク爺だ。


 ハク爺も両手に曲がった短刀――通称"ククリ"を持っていた。

 確か若い時のハク爺が持っていたのも、ククリナイフだった。


 しかし、両手にククリとは……


 何故か"本気"になっているハク爺の様子に驚きながら、その結末を見守る事にした。


 ――鍛錬室の温度は高かった。

いつも誤字報告ありがとうございます!

大変助けられておりますヾ(。>﹏<。)ノ゛

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ