ペドロ聖伝 外伝 ペドロとゴメスとプレイボーイの秘密
「やっちまった。俺はついにやっちまったんだよ」
物言わぬ友の亡骸。
男の手には発砲して間もないリボルバー式の拳銃。
狂喜。
だが、男の横顔には微かな悲哀を感じさせる何かがあった。
「ゴメス。俺はとうとうやっちまった。袋とじつきのプレイボーイを、憧れの愛川翔子ちゃんのヌード写真が掲載されているプレイボーイを買っちまったんだよ」
しかし、ゴメスは何も言わない。
今もまた彼の眉間から流れ出る血がその理由を語る。
かくも雄弁に。
死者は黙して語らず。
そしてかさぶた剥がしを失敗したゴメスもまた語る術が無かったということなのだ。
痛い。
ものすごく痛い。
いつもならペドロの馬鹿話につきあってやるところだが、今度ばかりはそうはいかないのだ。
暇つぶしに剥がした眉間のかさぶた。
これが思いのほかに血を流し、今となっては気が遠くなるという始末である。
ペドロ、少しは俺を心配してくれよ。
涙を流しながら親友を見入る上杉ゴメス。
しかし、当のペドロはカッターナイフを握りしめ興奮するばかり。
ああ、ペドロ。
お前はどうしてペドロなのだ。
ゴメスは薄れかけた意識の中でそんなことを考えていた。
愛川翔子。
俺が二十六年の人生で、愛したただ一人の女。
その女の生まれたままの姿を見る。
ぶしゅー!
ペドロは鼻血を出した。
公の僕たるペドロに危害を加えたのだから愛川翔子は公務執行妨害によって罰せられるべきだろう。
だが、かわいいから許す。
限りなくBに近い、Cを拝めるというのだから俺は全てを許す。
ペドロのアガペーはこの時、地上に降り立ったどの聖人のそれよりも光り輝いていた。
「待て。ペドロ。少しでもいい、俺の話を聞いてくれないか?」
禁断の園に土足で踏み込まんとするペドロの肩に乗せられたゴメスの手。
ペドロは驚きのあまり冷やし中華の中に入っている錦糸卵のように美しい金髪を躍らせる。
死んだはずのゴメスが冥界から俺の邪魔をしにきたのか。
ペドロは錦糸卵をよけてキュウリに箸を伸ばす、というような心境に陥っていた。
おいしいものは最後まで取っておけ。これはペドロの父の遺言でもある。
「ゴメス。俺の愛の成就を邪魔するなら例え相手が親友のお前でも決して俺は許さないだろう。それでもお前は俺の邪魔をするというのか?」
ペドロ、お前はそこまで愛川翔子の事を愛していたのか。
実際に会ったこともない女を。ゴメスは薄れゆく意識の中でとある出来事を思い出していた。
それは以前にテレビで放映していたバラエティー番組でアメリカのいけてない青年たちがわざわざ東欧のウクライナまで行って嫁探しをするというものだった。
ゴメスの結婚願望は強いとは言い難い。
しかし、番組で連れ込みバーみたいなところでお見合いをして目を爛々と輝かせるいけてない白人の青年たちの姿を見てげんなりしたのは事実だ。
今のペドロのテンションにはその時のファッキンアメリカンたちと同様のものを感じる。
ペドロ、目を覚ませ。
ウクライナ女たちの左手の薬指をよく見てみろ。きっと指輪の跡があるぞ。
それはただの美人局だ。ゴメスは涙を流した。
「邪魔はしない。だけどよく考えてみろ、ペドロ。青い半透明のテープが貼ってない雑誌にお前の望む南国の果実めいた写真が写っていると本気で思っているのか。目を覚ませ、ペドロ。その袋とじの下にはお前の望むパライソは存在しない」
時すでに遅し。ペドロはカッターナイフで切り取り線を当てる。
そこからすっとナイフの刃を滑らせていたのだ。
どや顔のペドロ、まるで俺は「地球に来たベジータを殺せる側の男だ」と言わんばかりだ。
馬鹿め。それでは神様やピッコロさんが復活できないではないか。
いや待て、ドクターゲロの研究が完成しないわけだから案外そのほうがいいのかもしれない。
「お前はつくづく否定ばかりする男だな、ゴメス。失敗しない。努力しない。他人を認めようとしない。たしかにそういう生き方をすれば大けがをすることもなく普通に生きることは可能だろう。だが、俺は違う。努力と研鑽を重ね、成功と失敗を繰り返し、勝利と敗北から自分以外の人間の存在を知るようになった。この瞬間、俺の世界は広がったわけだ」
何という事だ。
たかが人間はプレイボーイの袋とじにカッターナイフを入れるだけでそこまで増長できるものなのか!
だがペドロの手にあるプレイボーイが英知の光を放っているのも事実。
正直俺も読んでみたい。
南国体験してみたい。
ゴメスは地に平伏し、ペドロの許しを請う。
ペドロは超然とした表情でゴメスの頭に手のひらをかざす。
「お前は自らの過ちを認め、主に許しを願った男。顔を上げろ、同胞よ。お前にそんな顔は似合わない。さあ、一緒に翔子のあんな姿やこんな姿を楽しもうではないか」
「ペドロ!」
聖導師となったペドロの手を取るゴメス。
二人は手に手を取り合いプレイボーイに手を伸ばす。
いざ、人の見果てぬ夢パライソへ。
ペドロとゴメスはこの時各々の人生の中でもっとも充実した時間を体感していた。
そうであった、と思いたい。
しかし、現実は過酷。
袋とじの中はTシャツを着た愛川翔子ちゃんが自分の写真集を両手に持って「続きは来月発売の私の写真集で見てネ!」というものだった。
結果、ペドロは絶望で心を閉ざし、ゴメスは虚無はさらに強いものになってしまった。
この話がペドロ・サーガ、第三集「皇帝シーザーの野望」の話の発端になるのだ。