魔犬ガルム
俺達は、ナイトクエストの討伐目的モンスター、魔犬ガルムを探しに、モノヒースの南方にある森へと向かった。
システム的には魔犬ガルムを倒し、その魔石を冒険者ギルドに持ち帰ることで、クエストの完了としているらしい。
そして持ち帰った魔石は報告と同時にその場で砕くようだ。これは魔石を使いまわして、何度もクエスト完了を偽装する者がいるので、そうなったとミトラから聞いた。
「ぶるぶる。くらいのこわいのですー」
「02、悪いな付き合わせちゃって」
「いいのです! ソウタどののためにもがんばるです! ふしゅー」
02は、月光も差し込まないような、夜の森の暗さに怯えながらも、決意を口にした。
誰よりも少し前に出て、後に続く俺達守ってくれているようで、なんか微笑ましい。
「あらあら、ソウタちゃん、すっかり仲良しさんねぇ〜。羨ましいわぁ〜ん」
「……本当、よく懐かれたものだわ」
後ろから生温かい視線や、声がかけられるも、ひとまずスルーして森を進む。
森の入り口から、それほど距離もないところで、獣達の威嚇するような攻撃的な唸り声が聞こえてきた。
02はビクッと身体を揺らし、辺りを警戒している。
「初級のモンスターとはいえ、噛まれれば痛いし、実際に魔犬ガルムによって死人もでてるわぁ〜。なるべく、フォローするけど、ソウタちゃんも、身構えておいてねぇん」
「……わかった、やってみるよ」
武器はない。武器は無いけど、ピンクうりぼうを拳で殴ったとき、消滅した。……って事は、魔犬ガルムとやらにも、この体術と近接格闘でいけるはずだ。
大丈夫。
近所の野良犬には、子供の頃よく追いかけられた。
落ち着け、俺は出来る。
ーーザシッ……ザシッ……。
巨木の陰から現れたのは、身の丈2メートルを優に超えるほどの魔犬ガルムだった。その表情は顔全体を激しい憎悪で歪ませたような、恐ろしいものである。
「……………………でかくね?」
想像していたのと違う。
舐めてた。完全に舐めてた。
ピンクうりぼうが小さかった手前、魔犬ガルムなどと凶悪な名前が付けられようとも、どうせ可愛い小型のモンスターだと決めつけていた。
「あらぁ〜……。かなり大きいわねぇん……」
「でっかいわんわんですな……」
「…………顔、怖いわね」
「これだけ大きければ、魔石も大きいはずよぉ〜! 一匹だけだし、ここはソウタちゃん、頑張ってねぇん!」
「ソウタ、落ち着いてね」
「ソウタどの、おーえんしていますです!」
……え、これ、俺がやる流れなの?
マジで言ってる?
完全に熊レベルの化け物じゃん。
…………まあ、やるしかないよな……。甘えてばかりはいられない。
なんて非日常体験なんだ。素晴らしい日だ、くそったれ。
「来い!」
腰を深く落とし、ガルムを睨みつける。相手は人間ではない。野生の獣だ。
不規則な動きを想定しろ。
野生の勘や本能を警戒しろ。
鋭い牙から目を離すな。
少しの動きも見逃すな。
『グルゥガァァァガガァァァァァァ‼︎』
ガルムは大地を蹴る。
わずか一度の跳躍で、俺とガルムの距離は、目と鼻の先まで詰められた。
ガルムの荒々しい呼吸が聞こえる。
「あぶッ……‼︎」
視界に巨大な何かを捉え、咄嗟に顔を守るために、防御行動をとる。
腕と腕を組み合わせてつくられたガードを、易々と吹き飛ばす、重みと威力。
ガルムの攻撃は、ガードごと俺を吹き飛ばした。
「いたた……。なんて重い攻撃だ……」
体感的に、車に衝突されたくらいの衝撃がある。
こんな凶暴なモンスターが初級クラスのクエストだって?
……正直、冗談がきつい。
『グガァァァアアアアアアアア‼︎』
一度は離れたガルムとの間合いだったが、すぐさま距離を詰められて、また近接距離になる。
このガルムというモンスターは、相当頭が切れる。俺が武器を所持していないのを見抜き、近接、それもほぼゼロ距離を保ち、意図的に、強く踏み込ませないようにしているようだ。
踏み込めないという事は、正拳突きにも足蹴にもパワーや重みがのらない。威力の無い攻撃になってしまうということだ。
……そう、普通の人間ならば。
「シッ‼︎」
ゼロ距離、互いの息が触れるほどの超近接で、ガルムに向けて拳を放つ。
迫る拳をガルムは避けようとはしなかった。
おそらく、助走も、踏み込みも無し、その拳をくらってもダメージは無いと判断したためだ。
……だが、それがそもそもの間違いだ。
『ギャヒィィイイイン‼︎』
俺の放った拳は、ガルムの顔面、そのド真ん中を捉えた。
魔犬といえど、痛覚はある。
ガルムは、苦痛のあまり悶絶し、叫びをあげた。
助走が無くても、踏み込みが無くても、威力を出せる。祖父に叩き込まれた技術の一つが、この気功だ。
助走も、踏み込みもいらない。体内で螺旋のように練り上げた気の流れを、拳から放つ。
それがガルムにダメージを与えられた理由である。
何度この気功術で、祖父に殴られたことか。
……死ぬほど痛いのだ。これが。
「やっぱりぃ〜! ソウタちゃん、何か武術の心得があると思ったのよぉん!」
ミトラが、手を叩いて喜んでいる。
「お前に恨みはないけど、ごめんな」
苦しみもがくガルムを思い切り蹴り上げる。
ガルムは声も出さず、宙に舞うと少し大きな魔石を残して消滅した。